第16話

今日は放課後に執行部の仕事がない。

 中庭で気心の知れた友達とお茶を楽しむことになった。

 学校の購買部にみんなで行って、今日はスイーツパーティーだとキャッキャ言いながら甘いスイーツを買い込む。

 やっぱり甘いものは最高ですよね。甘いものとおしゃべりはストレス発散の良薬。

 わたしは大好物のドーナツを選んだ。


 ちょうどいまは深緑の季節。

 寒くも暑くもなく、風が心地良い。

 中庭の木々の葉が日々濃くなり、緑色の綺麗なコントラストを描いている。

 この学園の中でのわたしのお気に入りの場所でもある。


 中庭のテーブルにお菓子を広げて、友達3人と楽しくお買い物や小説の本の話などで盛り上がる。

 先日殿下と行った観劇の報告をする。

 もちろん、ずっと手を繋いでいたことは黙っておいて、劇についての報告。


 その時だった。

 キャロル嬢とアーサシュベルト殿下が木々の間から出てきた。

 ふたりは笑いながら歩いている。

 いつも殿下のそばにいるセドリック様はいないようだ。


 こちらには気づいていないようだ。

 殿下の見たこともない楽しそうな表情。キャロル嬢との会話が弾んでいるようだ。

 いつにも増して、甘く優しい表情をされてキャロル嬢を見つめられているように見える。

 わたしはそんなふうに殿下から、見つめられたことはあったのだろうか。


 その様子を見て、なにか自分の心の中で確信するものがあった。


  やっぱり夢の中の小説どおりなのね。


 仲の良さそうなふたりを見て、また胸がモヤッとしている。

 黒い黒いドロッとしたものが自分から出てきて、支配されそうだ。

 本当なら、わざと手を振って、ここにいるとわたしの存在をアピールしたい。

 そして、木々の奥でふたりだけでなにをしていたのか知りたい。


 でも、ここで楽しそうなふたりの前に急に飛び出し現れたら、ふたりにはわたしの顔が遠い国の伝説の夜叉の如く怖い顔をしているように見えるだろうし、ふたりの仲をケンケンと問い詰める悪役令嬢にはなりたくない。


 ふたりに気づいた友達がわたしに目くばせをしながら小声で聞いてきた。


「あれ、殿下と転校生でしょう。ほっといていいの?わたし、声を掛けて来ようか?」

「ありがとう。でも、そっとしておきましょう。ここに婚約者であるわたしがいるのがバレたら気まずくなりそうだしね」


 ふふと笑うわたしを見て、友達同士が顔を見合わせている。


 もう殿下にもキャロル嬢にも近づかないようにしよう。

 小説どおり、ふたりの仲が親密になっていくのであれば、決して邪魔をしてはならない。

 だって、小説ではふたりの仲が親密になるほど、わたしは悪役令嬢になっていった。


 「ねぇ、みんな。お願いがあるの…」


 気心の知れた友達に内緒のお願いをしよう。

 3人と頭を突き合わせて、ヒソヒソと声を潜めてお願いをする。

 みんな、最初は戸惑っていたが協力を心よく引き受けてくれた。


 まずはアーサシュベルト殿下と距離を取るために、近いうちにセドリック様にはこれからは忙しくなるので、ランチの介助と執行部のお手伝いは難しくなると伝えよう。

 

 そんな決意をして、翌日の昼休みに執行部に向かったのだが、驚いたことに今日の殿下は右手に包帯をしていなかった。


「アーサシュベルト殿下、もう右手は使えるようになったんですか?」

「うん。これね。お医者様から、もう通常通りにしても良いと許可が出たんだ。」

 ブンブンと右腕を振って見せてくださる。なにも不具合がなさそうだ。


「本当に良かったです。利き手だったし、後遺症もなにも残らなくて本当に良かったですね。なんだか、ホッとしました」

 心底、殿下が回復されたことをうれしく思う。


 わたしを守るように抱きしめ庇ってくださった腕の怪我だけに、回復具合がずっと気になっていた。

 わたしの体重が重すぎて、折れてしまったのでは、と少しは反省もしていた。


 セドリック様も嬉しそうに頷いていらっしゃる。


 これでなにもかもが通常に戻るのね。

「じゃあ、これからはわたしがいなくても大丈夫ですね。わたしはこれで失礼します。」

 自分で言っていて、なんだか胸が締めつけられるような哀しさに襲われる。

 

 殿下の顔を見ると、作り笑顔さえも歪んでしまいそうなので、俯きながらいつも以上に綺麗なカーテシーをきめて、扉のノブに手を掛ける。


「エリアーナ、待って。」

 アーサシュベルト殿下が慌てるようにわたしに声を掛けられる。

 扉のノブに手を掛けようとしていたのをやめて、殿下の方を振り返る。


「き、今日は俺と一緒にランチを食べないか?エリアーナもお弁当を持ってきているんだろう」

 少し頬を染めて、恥ずかしそうに微笑まれている。


 その笑顔にさっきまでの、距離を置くという決意がぐらりと揺らぎそうになる。



「今日は遠慮させていただきますね。また、後日によろしくお願いします」

 ここはグッと堪え、慌ててニコリとして扉を出た。


 とにかく、誘われてうれしくなる気持ちと、これではダメだ。といろんな気持ちが交差する。


 なんだか恥ずかしくて、執行部の部屋から少しでも離れたくてパタパタと小走りになる。


 キャロル嬢とすれ違う。

 お互いに軽く会釈をする。

 わたしは少し小走りをしてキャロル嬢から距離を取ってから足を止めた。

 キャロル嬢にバレないように後ろを振り向くと、キャロル嬢が執行部に入っていくのが見えた。


 やっぱり。


 ランチを断って正解だった。

 もう少しで間違えるところだった。

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