第15話

 先日の劇は最高だった。

 ずっと見たかった作品だけに、上演中は舞台に釘付けだった!と言いたいが、殿下と上演中はずっと手を握ったままで、殿下は離す素ぶりも見せずだったので、わたしは離してほしいとも言えず、時々意識がそちらにどうしても向いてしまった。


 手に汗握るシーンでは、本当に手に汗をかいてしまったので、ずっと手を握っている殿下に、汗をかいているのがバレてしまうのではないかとヒヤヒヤしてしまった。これについて、なにも言われなかったので、バレなかったんだろうと胸を撫で下ろしているけど、本当のところはどうなんだろう。


 その後は劇場近くのカフェでお茶を少ししてから帰宅した。

 お茶をして会話が続かなかったらどうしようかと心配だったけど、最近は昼休みをふたりで過ごしていることもあって、意外に会話が続き、殿下に貸した原作本を殿下は徹夜で読破されていたおかげで、かなり話しは盛り上がったので、杞憂で終わった。

 アーサシュベルト殿下と共感できたことも、共有したことも初めてで、殿下と一緒に共感や共有をするとこんなに楽しいものなんだと、初めて知った感情だった。



 今日もお昼は執行部に直行だ。

授業が少し押してしまい、いつもより遅くなってしまった。


 パタパタと廊下を走り、忙しなくノックをして、勢いよく執行部に飛び込んだ。

「遅くなってしまってすみません。」

 3人が一斉にこちらを向く。


 ん?いつもより人が多い。


 アーサシュベルト殿下にセドリック様、そしてキャロル嬢がそこにはいた。


 「エリアーナ様、こんにちは。たまたま執行部に寄ってみたら、アーサのランチがエリアーナ様待ちだったので、先に始めてしまいましたよ」

 そういうと、キャロル嬢はすぐに殿下の方を見て、フォークを持ち直す。

「そうだったんですね。アーサシュベルト殿下、大変ご迷惑をお掛けしました。そして、キャロル嬢ありがとうございます」

 キャロル嬢がこちらを向いてくれない。


 「はい。アーサ、どうぞ」

 キャロル嬢が上手に切り分け、おかずをフォークで殿下の口元に持っていく。

 それを表情を変えることなく、殿下はパクッと食べている。


「キャロル嬢、ランチを食べる時間が無くなってしまいますよね。わたしが交代しますね」

「大丈夫ですよ。わたし、こういうお世話が得意なんです。やらせてください」

 キャロル嬢はこちらをようやく振り返ると、満面の笑みだ。

 殿下を見ると、何かを言おうとしているが口に食べ物が入っていて、答えられないようだ。

 チラリとセドリック様を見ると、困惑の表情を浮かべていらっしゃる。


「あ、でも、それはわたしの仕事ですし…」

「大丈夫です。わたしに任せて、エリアーナ様はランチを頂いちゃってください」

「でも…」

「大丈夫ですから」

 ピシャリとキャロル嬢に言われる。

 そこまで言われると引き下がるしかない。

「では、お願いします」


 わたしの仕事なのに…

 急いできたのに…

 なんとも言えない黒い気持ちが心を支配する。


 とりあえず、なにもしない訳にはいかないので、お茶の用意が置いてある棚に向かい、茶器の準備を始めると、セドリック様が横に来られた。


「エリアーナ嬢…」

「あら、今日はセドリック様は急ぎの用事はないんですか?」

「う…うん。今日はね」

 セドリック様の歯切れが悪い。

「そうなんですね」

 

 少しイラっとしたので、セドリック様にこれ以上は当たってはいけないと気持ちを抑え、これ以上会話を続けるのをやめて、ただ黙々と茶器の準備を進める。


 あちらのテーブルでは、なにを話しているのかはよく聞こえないが、楽しそうなキャロル嬢の笑い声がよく聞こえる。


 今日は来なければ良かった。

 

「セドリック様、茶器の準備が整ったので今日は帰りますね。わたし、次の授業の準備を頼まれていたのを思い出しました」


 準備を頼まれていたなんて、嘘だ。

 ただ、いまはこの空間からいなくなりたい。


「え、それは…」

「セドリック様、3人分を用意しておきました。あとはよろしくお願いしますね」

 気持ちを抑えて、精いっぱいニッコリと微笑む。


 持ってきたお弁当をガシッと掴み、2人のところに挨拶に行く。

 とっても申し訳なさそうな顔を作る。


「おふたりとも申し訳ありません。次の授業の準備がありまして、今日はこれで失礼させていただきますね。お茶の用意は出来ておりますので、あとはごゆっくりされてください」

「エリアーナ、ここでお弁当を食べる時間もないのか?」

「殿下、申し訳ありません。準備を頼まれていたのを思い出しまして…」

「少しだけでもいれないのか?」

「アーサ、エリアーナ様の邪魔をしてはいけませんよ」

 エリアーナ嬢が殿下を宥める。

 殿下がグッと言葉を飲むのがわかった。


「それでは失礼します」

 頭を下げて、逃げるように扉に向かった。


 扉を閉めて、ようやく呼吸をした。


 これが嫉妬。


 わたし、キャロル嬢に間違いなく嫉妬した。

 最近は気付けば、殿下と一緒にいても嫌にならなくなっている。

 婚約破棄も考えなくなっていた。

 むしろ、一緒にいて楽しいと思う時もあったよね。


 わたし、殿下に恋をしたのね。


 ゆっくり廊下を歩きながら、中庭の濃緑に生茂った木々を眺める。


 そして、また頭の中にあの鮮明な夢が甦る。


 キャロル嬢に嫉妬したわたしは、悪役令嬢になっていく。


 嫌だ。夢のようになりたくない。

 もし、正夢になったら…


 でも、このままこれが続いたらこの黒い気持ちをわたしは抑え続けられる?

 自信がない。


 いまなら、まだ引き返せる。

 嫉妬に支配されそうになったら、殿下への恋心なんて打ち消して、逃げてしまおう。

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