第11話

 調子が狂う。

 塩が急に砂糖になった。

 なんの化学反応?

 毎日がドロドロに甘い。


 今日の昼休みのごはんの時間に、アーサシュベルト殿下にとうとう「アーン」をしてと懇願され、やってしまった。


「エリアーナ、「アーン」というものを知っているかい?」

「アーン?」

「人に食べさせてもらうときは、「アーン」と言ってもらってから、口を開けて、口にごはんを入れてもらうらしい。市井では常識らしいんだ。わたしは全然知らなくて、侍女に教えてもらったんだ」


 侍女となんの話をしているんですか?


 「アーン」は小さな子どもや、ラブラブなカップルが風邪をひいて寝込んだパートナーにしてあげる、アレですよね。


 殿下がアーンをしてもらったことがないのはよくわかる。

 王族に「アーン」は不敬ですからね。

 乳母さんでも許されなかったでしょう。


 それをわたしがするの?


「「アーン」は幼子やカップルがするものですし、殿下にするのは不敬ですし…ちょっと…」


「アッシュだ。」

 愛称呼び、定着させる気ですね。

「いや…アッシュ、無理ですよ。わたし、できません」


「俺達はカップルだろ?違うのか?俺の初めての「アーン」はエリアーナでないとダメだ。」

 カップル…といえばそうなのか?

 婚約者はカップルの枠に入るんだっけ?


 突然の「アーン」発言にプチパニックで正常な判断ができない。


「…えーー、では…アッシュ、「アーン」!!」


 仕方なく折れると、アッシュは満足そうに目を細める。


 何度も「アーン」

 目と目を合わせ、「アーン」ですよ。

 羞恥心でどうにかなりそうだ。


「エリアーナにこうやって食べさせてもらったら、何倍にも美味しいよ」

 グリーンの瞳を潤ませながら、わたしを見つめ、うれしそうに甘い毒を吐き、微笑んだ。


 その瞬間、わたしの羞恥心がブチっと焼き切れた。

 殿下が全部食べ切るまで、放心状態でやり切った。

 

 そして、わたしのお弁当も「アーン」を殿下はしたいと言い張った。

 これはさすがに丁重にお断りをした。

 もう、今日はわたしキャパオーバーです!


 それにしても、私に「アーン」をしたいだなんて、利き手を使えないのにどうするつもりだったんでしょう?



 一体、最近のアーサシュベルト殿下はどうなっているのでしょう。


 わたしは、たまにあの深いグリーンの瞳に見つめられると思わずクラッとすることがあるようになった。


 無駄に眩しい殿下なので、こちらをじっとウルッとした瞳で見られているのに気づくと目のやり場に困るんですが。

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