第10話

 あれから昼休みは毎日アーサシュベルト殿下の食事の介助をしている。

 そして、お決まりのようにセドリック様はなにかと言い訳を作っては、大ダッシュで執行部の部屋を出られて、いつもふたりきりに強制的になる。


「エリアーナ、今日もありがとう」

 

 殿下は階段から落ちて、腕の骨を折っただけでなく心まで弱っているのか、わたしに毎日お礼を言われるようになった。

 それとも頭も激しく打って、塩対応の方法を忘れた?


 深いグリーンの瞳を真っ直ぐわたしに向けて真剣にお礼を言われる。


 殿下の綺麗な瞳にわたしが映る。


 いままでこんな経験がなく、あまりにも恥ずかしいのでナイフとフォークを持つ手を見ながら首を縦にふる。


「どうぞ」

「ありがとう。エリアーナに食べさせてもらえるなんて、俺は幸せだよ」


 こんな甘い毒を吐きながら、眩しいキラキラ笑顔をわたしに向けられる。

 やっぱりアーサシュベルト殿下は階段の事故からおかしくなった。

 これにはどう返事して良いのか非常に困惑してしまう。


 最近は殿下の提案で、介助の後にわたしも持参したお弁当を執行部で食べて、その後にお茶を一緒にするようになった。

 

「実はエリアーナにお願いがあるんだ」

「なんでしょう?わたしに出来ることでしたら」


「うん。実は…」

 殿下は少し言い躊躇(ためら)っているようだ。

「アーサシュベルト殿下?」

 わたしに言い躊躇うなんて、珍しいこともある。

 いままでは、嫌味もサラリと出ていたではないか。


「エリアーナ、俺達は婚約者同士だ。アーサーとかアッシュと愛称で呼んで欲しい。それから同級生でもあるし、敬語も使わないでいい」


 な、なにを!

 突然の愛称で呼んでくれ!の訴えに眼をひん剥いて狼狽える。

 

「それは…いくらわたしがアーサシュベルト殿下の婚約者だからと言っても不敬では…」

「アッシュだ。」

 グリーンの瞳が近づいてくるが、あまりにもの圧で目を逸らすことができない。


「エリアーナ、ふたりきりの時だけでいいからアッシュと呼んで」


 わたしの隣に座っていた殿下の左手の指先が私の唇に触れた。


 一瞬、なにが起こったのか、わからなかった。

 触れられた唇が、殿下の指先から熱を感じとる。


「その可愛い唇でアッシュと呼んで。エリアーナだけが呼べる俺の名前を」


 わたしの頬が急に熱を持つ。


「ア…アッ…シュ」


 聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で途切れ途切れ呟く。


 殿下の瞳が大きく見開かれたのがわかった。


「…うれしい、ありがとう」


 殿下はわたしの唇に指を置いたまま、春の柔らかい陽射しのような微笑みをした。

「春の殿下」恐るべし。

 これが噂の春が来たような微笑み…


まともに食らって、クラッときた。


「ねぇ、もう一度」

 眩しい微笑みで殿下からおねだりをされる。


無理… 絶対、もう無理ですから!

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