第9話

(殿下視点)


 前世の妹がリビングのテーブルに置きっ放しにしていた女性向けの可愛い令嬢を麗しい王子が抱きしめているイラストが表紙の小説。

 何気なく手に取ったそれは…


「失恋しそうなので悪役令嬢になりました」


 というタイトルだった。

 内容は、婚約者同士で恋人同士でもある仲睦まじい王子と公爵令嬢の関係が、あるひとりの女性の登場で崩れ始め、すれ違い、最後は王子に婚約者である公爵令嬢が婚約破棄を言い渡され、絶望した令嬢が崖から身を投げて終わる悲恋。


 妹に「現実味がないな」と言った覚えがある。「兄はこれを理解できる恋愛をしたことがないのね」と揶揄されたっけ。


 驚いたことにその小説に出てきた登場人物の王子と俺は同じ名前。公爵令嬢で婚約者の名前もエリアーナ。国の名前さえも全てが一緒だった。


 まさか… 俺は小説の中と同じ世界にいまは生まれているのか。


 小説の中に転生。


 階段から落ち、理解し難いが前世を全てを思い出したいま、俺の腕の中で気を失っているエリアーナを見つめる。


 このままだと、エリアーナは俺との仲を壊す女が登場したら、悪役令嬢になって、最後は俺の言葉で追い詰められ死を選ぶのか?


 愛しいエリアーナをそんな目に合わせたくない。

 彼女を抱き上げる。


 この時、階段から落ちた痛みさえ感じなかった。

 心のほうがずっとずっと痛かった。


 俺が変わらなければ。

 小説と同じ運命をエリアーナに辿らせない。

 俺がエリアーナに気持ちを打ち明け、ずっと溺愛するなら彼女は絶望なんてしないはず。

 俺が他の女に心変わりするなんて、あり得ない。

 エリアーナと婚約する前から俺はずっと好きだったんだ。

 きっとエリアーナは幼い頃に出会ったことを覚えていない。

 拗らせてしまったけど、愛しているんだ。

 なんだ。小説の中のあの可笑しな卒業パーティーの断罪。俺はそこまで浅慮じゃない。


 エリアーナを傷つけるだなんて、もうしたくない。

 でも、よく考えたら婚約してからの3年間、エリアーナに贈り物ひとつしてこなかった。

 このままでは絶対に駄目だ。


 エリアーナに俺を好きになってもらう努力をしよう。

 全力で愛そう。

 そして、愛し合える仲になろう。



 側近であり、親友でもあるセドリックに前世を思い出したすべてを打ち明けた。

 笑わずに真剣に聞いてくれた。

 持つべきものは友だ。


 ここまでエリアーナとの関係が酷いものだと知らなかったセドリックは最初はひどく驚いていたが、こんな俺に婚約者と協力してくれるとのこと。

 

 エリアーナに死を選ばせない。

 俺を選んでもらう。

 

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