第6話
久しぶりの登校。
階段事故を見ていた友人たちが、口々に一部始終を教えてくれ、心配をしてくれていた。
家で聞いていたとおりで、アーサシュベルト殿下に抱えられ転げ落ち、医務室に運んでもらったのは本当だったらしい。
朝一番で宰相のご子息でアーサシュベルト殿下の側近で執行部のメンバーでもあるセドリック様が教室に来られて、昼休みに執行部の部屋に集合であることを告げられた。
重い気分で午前中の授業を受け、あっという間に昼休みだ。
友人たちと気楽にランチを食べたい気持ちを抑え、事情は話さず、今日は用事があるとだけ言って執行部へ向かった。
初めて来た執行部。
扉をノックし入室をすると、なにやら楽しそうにセドリック様と談笑をしているアーサシュベルト殿下がいた。
「失礼します。エリアーナでございます。」
わたしの姿を見た途端に殿下から笑顔が消えるのがわかった。
「エリアーナ嬢、昼休みにお呼びだてして申し訳ないです。よくお越しくださいました」
その様子に気づいたセドリック様が申し訳なさそうにされる。
「今日からの殿下のお手伝いのことでしょうか?」
執行部の部屋のソファセットに座るようにセドリック様に促された。
「アーサーは利き手の右手を折っているので、いろいろと学園生活に支障があってね。エリアーナ嬢には、アーサーのランチのお手伝いと放課後の執行部での仕事の補助をお願いしたい」
アーサシュベルト殿下とセドリック様は仲が良いのだろう。セドリック様は殿下のことをアーサーと呼んでいるらしい。
アーサシュベルト殿下はひと言も喋らず、セドリック様の横で深く頷いただけだった。
「承知しました。婚約者として出来る限りの勤めをさせていただきます」
セドリック様がホッとした顔をされた。
「いまからアーサーのランチの介助をお願いしたいんだ。俺は午後からの授業の準備があって無理だから、エリアーナ嬢よろしく頼みます」
えっ?
早速?
「あっ、セドリック様、少し待って…」
「ごめんね。エリアーナ嬢。俺はもう行くから!アーサーのこと、よろしくね!放課後もここに集合だよ」
セドリック様がそれだけ言い放つと、すごい勢いで執行部から出ていった。
まさかのまさかですよね。
ポツンと残されたアーサシュベルト殿下とわたし。
執行部のこの部屋に2人きりですか!!!
無駄に緊張してしまう。
わたしは恐怖でアーサシュベルト殿下の顔を見ることすら出来ずソファに座って俯いたままだ。
そして、長い沈黙が続く。
「エリアーナ…こ、この度は巻き込んでしまってすまなかった。からだは大丈夫か?これからよろしく頼む。」
沈黙の中、殿下がボソボソと口を開いた。
思わず名前を呼ばれ、ガバッと顔を上げてしまった。
名前で呼ばれたのは階段を転げ落ちた時以外、初めてだ。
「あ、こ…こちらこそお見舞いの花をありがとうございました。も、もう、からだは大丈夫です」
あまりにもの驚愕のことに声が震える。
テーブルの上にはランチがきっちり並んでいる。
これをどうすれば…
並べてあるランチに視線を向ける。
「こ…こっちに来て、食べさせてくれると助かる」
わたしが殿下の横に並んで食べさせる?
「アーン」するの?
殿下が座るテーブルに目眩を覚えながら移動をし、横の椅子に腰を掛けた。
ナイフとフォークを握る手がブルブル震える。
肉を切り分け、震える手でフォークを殿下の口元に持っていく。
「アーサシュベルト殿下…どうぞ」
「…ああ」
間近で見る殿下の口元は歯並びも綺麗で唇も程よい厚さで色っぽいことに気づく。
それより上は怖くて見れない。
今日のランチの会話は、
「どうぞ」
「ああ」
の繰り返しだけだった。
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