第7話

 もう、今日は屋敷に帰って、速攻でベットに潜りたい。

 それぐらい、ドッと疲れた。


 昼休みに執行部から戻ってきたわたしは酷い顔をしていたようで、友人たちになにがあったのかと、心配させてしまった。


 でも、表面上では殿下と上手くいっていると周りに思わせるぐらい普通の仲を装っているので、本当は誰もわたしと殿下の間に谷よりも深い溝があることは知らない。

 いまさっきの殿下との疲れたやり取りを話すこともできず、何もないよと苦笑いでなんとか乗り切った。


 そして放課後。

 本日2度目の執行部訪問だ。

 アーサシュベルト殿下とふたりきりでないことを祈りながら、執行部の扉を恐る恐るノックして扉をそろりと開けた。


 アーサシュベルト殿下、セドリック様、そしてセドリック様のご婚約者でわたし達と同じ学年で執行部のメンバーでもある、伯爵令嬢マリエル様がいらっしゃった。


「失礼します。エリアーナでございます」

「お待ちしておりました。エリアーナ様、よろしくお願いします」

 マリエル様がすごい笑顔で駆け寄って来てくださった。

 マリエル様がいらっしゃって少し安堵した。

 同じ学年なので、会話を交わしたことがあるし、大人しい方でたおやかな印象ではあるが、艶々黒髪ストレートの美人さんでもある。


「エリアーナ嬢、お昼休みはありがとうございました。これからもよろしくね。今日はいまからアーサーの隣に座っていただいて、主にアーサーの代筆の仕事をお願いします」


 これまた、セドリック様がお昼と同様、説明をされ、その間は殿下は無表情で微動だにせず、ただじっと黙って聞いているだけ。

 少しはニコリとしないと、わたしとは会話したくないのがおふたりにバレてしまいますよ。



 利き手を使えない殿下に代わって書類にサインを代筆するお役目をいただきました。

 代筆だけなら執行部の仕事は上手く乗り切れるかも。

 ただ、セドリック様。お願いですから、急にすごい勢いで部屋を出て行って、わたしと殿下の2人きりにするとかはやめてください。

 心の準備も会話の用意もできませんから。

 思わず、セドリック様をジロリと見てしまう。

 セドリック様はわたしのジトとした視線に気づいたようだが、素知らぬ顔をされた。

 

「殿下、この書類のここにサインしてよろしいでしょうか?」

「ああ」

「こちらも同様でよろしいでしょうか?」

「ああ」

「こちらも…」


殿下との初めて?の共同作業は、ずっとこんな調子だ。会話が広がらない。

 

 挙げ句の果てには、書類を取ろうとした瞬間、殿下の指とわたしの指が触れ合ってしまった。

 殿下はものすごい速さで手を引っ込められた。


 わたしはバイ菌か?


「あの…殿下、申し訳ありません。手指を消毒されますか?」

「ああ」


 その瞬間、セドリック様とマリエル様が天を仰いだことは、わたしは知らない。

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