第14話 世界を売った男
追手を振り切りながらしばらく彼らが走っていると、分かれ道に出た。左側には格納庫を、右側には客間を示す矢印が書かれていた。立ち止まる四人。
「格納庫か……。確か俺がラガタンから引きずり降ろされたのも格納庫って書いてある場所だった気がするな」
「もしそうなら先にそっちに行っていいよ、ウワナ」
「フアラはどうするんだ」
「俺が一人でなんとかする。サナエ、フアラは同じ牢じゃなかったんだよね?」
「うん? ああ、そうだよ」
「だったら多分、この客間とかいう所にいるんだと思う」
「どうしてそう言えるんだよ」
ウワナがミツヤを見下ろす。
「だってフアラはファルアリト……あの青いSFに元々乗っていたんだから、もしネオアトの連中がその機体を狙ってるんだったら、奴らがフアラを特別に扱っててもおかしくない。とにかく俺は客間ってトコに行ってみるからさ、ウワナ達はラガタンを奪い返して来なよ」
「ひとりで行けるッスか?」
「フアラに、どこまでもついて行くって言っちゃったから。ここは俺にカッコつけさせてもらわなきゃな」
「へへ、言うじゃねえか。それじゃどこで落ち合う?」
「俺はファルアリトも取り返さなきゃなんないし、そうなるともう脱出して外で会うしかないよな」
「お前ら、ここを脱出した後どこに行くつもりなんだ?」
「北の遺跡だよ。フアラを空の向こうへ打ち上げるロケットってのがそこにあるらしいから……どうしたの?」
ミツヤは奇妙な表情をするウワナを見上げた。
「なあミツヤ、お前その遺跡の話、誰から聞いた?」
「え? ゼネビルじいさんだけど」
「あのクソジジイかよ。ったく、何でもお見通しってわけかい」
「どういうこと?」
「いや、こっちの話だ。……まあ、ここで俺たちが出会ったのも何かの縁だろう。北の遺跡までは俺が案内してやる」
「本当? でも、その前にここから出なきゃさ」
「分かってる。問題はどうやって連絡をつけるかってことなんだが……」
ウワナは腕を組んで考え始める。そこへ、ハナエが割って入った。
「ネオアトの奴らが使ってたトランシーバーがあるッス。使われてない周波数もある見たいッスから、これで連絡を取り合ったらどうッスか?」
「ナイスアイデアだぜ、ハナエ! よしミツヤ、この作戦で行こう。お前はフアラとその青い機体を手に入れたら連絡を入れろ。そしたら俺たちも脱出する。それから外で落ち合おう」
「分かった。よろしく頼むよ」
「任せろ」
「じゃ、これが無線機ッス」
「ありがとう」
「ああそうだ、これも持っていきな」
サナエは無線機と一緒に銃も渡そうとしたが、ミツヤは首を振って、
「銃って重いからさ、動きが鈍くなる。それに俺、使い方分からないし」
「そうかい。それなら仕方ないね」
残念そうに銃を持ち直すサナエ。
「ピンチになったらすぐに呼べ。俺たちが必ず助けにくる」
「あてにしてる。それじゃ、また後で」
ミツヤはハナエから受け取った無線機を握りしめ、客間の矢印の方向へ走り始めた。三人組はその姿を少しの間眺めていたが、追手の足音が近づき始めたのを聞いて、すぐに格納庫へと駆けだした。
◇
『精神波、ファルアリトのシステムと共振していきます』
『発光確認。順調に機能している模様』
『無線接続、神経の限界点に到達。脳波、脈拍、共に正常値』
懐かしい椅子、体中に繋がれた管、頭に装着したヘッドセットに、ガラス窓の向こうから自分を眺める白衣の大人たち。
夢だ、とフアラは思った。過去の記憶が夢として目の前に現れている。
目を固く閉じて再び開ければ、場面が変わっていた。初老の博士が、自分の目を覗き込むように目の前にしゃがんでいる。
『いいかい、フアラ。私たちは本当に平和を願っているんだよ』
「……はい」
『ファルアリトの性能を引き出せさえすれば、争いは起こせなくなる。少々荒っぽい手段だが仕方がない。このままでは宇宙移民者は死を待つのみだ。己が手によってな』
「…………」
気づけばフアラは、パイロットスーツとヘルメットを装着してファルアリトのコクピットに収まっていた。訓練で見慣れた計器たちが目の前に並んでいる。
『今我々はネスト連合の輸送艦に偽装している。アス周辺さえ超えてしまえばもう安全だ』
―――安全なはずだった。運悪くパトロールに見つかりさえしなければ。
艦内に鳴り響く警報。崩壊していく船体。そして、真空の宇宙へ放り出される機体。
『フアラ、逃げろ―――』
最期の通信。大きな爆発と共に散っていく輸送艦が、どんどん遠ざかっていく。何か大きな力に引き寄せられている。―――アスの重力だ。
機体がいうことを聞かない。制御不能のままアスに突っ込む。真っ赤に燃えさかる装甲がモニターに映る。このままでは燃え尽きてしまう。……死ぬ?
「死にたくない……」
そう呟いた時、機体が蒼く発光し始めた。だが落下は止まらない―――。
次に目が覚めると、自分は地面の上にいた。人工のものではない、本物の地面。目の前の見知らぬ少年が不安そうに自分を見つめているのが、ヘルメット越しに分かる。
少年が覚束ない手つきで自分のヘルメットを外す。空気、有り余る自然の中の空気が肺に満たされていく。
「……あなた……は……?」
「忘れたの? ミツヤだよ、フアラ」
フアラはハッとなり、ようやく自分がコクピットではなく豪奢な客間のベッドで横になっていることに気が付いた。しかし目の前のミツヤは消えない。
「ミツヤ……? どうして?」
「どこまでも君について行くって言っただろ」
そう言ってミツヤはフアラに笑ってみせた。
◇
客間を出た二人は、兵士に見つからないように気を配りながらも素早く廊下を走った。前を行くフアラを追うミツヤ。
「フアラ、ファルアリトの場所が分かるの?」
「あの機体は私の精神に感応しているから」
「かんのー?」
「呼び合ってる、ってこと」
廊下の交差点で一度立ち止まり、辺りを確認してから再び走り出す。
「大丈夫だった、フアラ?」
「私は何もされてない。ミツヤは?」
「俺もさ。ウワナって奴に助けられて……」
「ウワナ?」
「ええと、説明するのが難しいな。また後で」
「うん。……ファルアリトは、この向こう、だと思う」
大きな鉄の扉の前で立ち止まったフアラに続いて、ミツヤも歩調を緩めた。
「よし、そうと決まればさっさと行こう」
ミツヤが扉を引き開けようとした時、その足元を銃弾が跳ねた。遅れて銃声が反響する。
振り返ってみれば、そこにはエモトが立っていた。拳銃を握った右手をこちらへ向けている。
「おいおい、そう簡単に逃げられるとでも思ってるのかよ?」
「お前、ネオアトの!」
「君がその娘の王子様ってわけだな?」
ミツヤはフアラを体に隠すように前に出た。
「俺たちを殺すつもり?」
「いや、俺が殺すのは君だけだ、ミツヤ君」
「!」
「ほら、ありていに言えばこういう話だ。ええと、君の後ろの娘をこっちに渡して貰おうか。さもないと君を撃ち殺す」
「どうして俺を?」
「その娘には謎が多くてね。色々話してもらいたいことがあるから、ここで殺すわけにもいかないわけよ」
「チッ……」
サナエから銃を借りておけば良かったと思うミツヤだったが、今更そんな後悔をしても遅い。何か状況を打開する手がないかとミツヤが辺りを見回した時、
「……ミツヤを殺すなら、私も死ぬ」
凛とした強さを持つ声が通路に響いた。
「フアラ……」
「大丈夫だよ、ミツヤ」
ミツヤに向かって頷くフアラを見て、エモトは観念したように両手を広げた。
「いやあ、困った。こうなるとは思わなかった。確かに今君に死なれちゃ俺たちも大変だ。それじゃあミツヤ君を殺すわけにはいかねえな」
「今の内だ、行こうフアラ」
ミツヤがフアラの手を取り扉の向こうへ足を踏み出した時、再び銃声が鳴った。エモトの威嚇射撃だ。
「だからと言って今お前らを見逃すわけにはいかねえってのが俺の仕事の辛いところよ」
「じゃあ、どうするっていうんだ」
「とりあえずミツヤ君、その娘をこっちに渡したまえ。そうすりゃ君は無罪放免にしてやろう。いや、君だけじゃない。あのウワナとかいう男とその仲間も一緒だ。どうだい? 悪い話じゃないだろ」
「もしそれが本当でも、フアラは渡さないぜ。だって俺はフアラを空の向こうに帰すって約束したからな」
「そうか。それじゃミツヤ君、こういうのはどうかな? もし君がそのフアラという娘の言う通りに彼女と青い機体を空の向こうへ送っちまったら、この世界は滅びるぜ」
「は?」
「おっと、何が言いたいか分からないって顔してんな。じゃあまず一つ質問をしよう。空の向こうには何があると思う?」
「そりゃ、星とか……」
「それも正解だ。でもそれだけじゃない。君たち回収屋は落ちて来た鉄くずを拾い集めるだろう? あれは人工物だ。となれば、どうだ? 空の向こうにも人間が住んでいると考えられないか?」
「そ、そうなのか、フアラ? ああ、いや、普通に考えりゃそうだよな。そうじゃなきゃ、空の向こうに帰りたいなんて言わないよな」
ミツヤは背後のフアラを振り返ったが、フアラは唇を固く結んだままだった。
「ミツヤ君、俺も君くらいの頃はなあ、空の向こうに憧れて多少ヤバいこともやったもんだよ。今からする話はその時の俺の経験から導き出した、空の向こう側に関する考察だ」
「…………」
今なら逃げ出せるのではないかと思ったミツヤだったが、エモトの銃口は常に自分たちに向いている。下手に動けば本当に撃ってくるだろう。
「まずな、この俺たちがいる地上と空の向こうの境界線、そこには外からの侵入を許さない膜のようなものがある。地上に落ちてくるのがぐずぐずの鉄の塊になってるのはそいつのせいだ。じゃあどうして鉄くずが落ちて来るのかって言えば、百年前から空の向こうの人間と交流を絶ったことなんかを考えてみると、多分良からぬことが起こってるからだろうな」
「良からぬこと?」
「ああ。例えば人間同士の戦争とかな」
ミツヤはフアラが言っていたことを思い出した。―――たとえばそこが、空気も水もなくて、毎日人と人が殺し合ってるような場所でも?
「……それで、あんたは何が言いたいんだ?」
「俺たちネオアトの仕事はこの星を空の向こうと隔絶させておくことだ。その隔絶によって、空の向こうの戦争の飛び火がこっちまで降りかからないようにしてある。もし君があの青い機体とその娘を空の向こうに帰しちまえばそれは戦争に協力したことになる。この星が空の向こうのいざこざに巻き込まれちまっても文句は言えなくなるんだ。分かるか?」
「つまりあんたは、俺がフアラを帰してしまえば、今までと違うことが起きるって言いたいんだよな?」
「まあ、そうだな」
「あんた、多分いろんなものに縛られすぎてるんだ。見えないものに怯えていたら、いつまでたっても空の向こうなんて行けやしないさ。俺はフアラを連れて飛ぶよ」
「……正気か?」
「当たり前じゃん」
内心ミツヤはひやひやしていた。エモトの気まぐれでいつ殺されてもおかしくないのだから。しかし背中のフアラのためにも、そんな怯えを顔に出すわけにはいかなかった。
長い沈黙。そしてそれを破るように、エモトが笑い声を上げる。
「ふっふっふ。面白い。せいぜい重力に引かれんじゃねえぞ、ミツヤ君」
エモトは銃を下ろし振り返ると、廊下の向こうへ消えていった。
安堵のため息を漏らしたミツヤは背後の扉に再び手を掛け、開けた。冷たい空気が流れ込んでくる。
「……行こう、フアラ」
「うん」
ミツヤはフアラの手を引くと、扉の向こうへと足を踏み入れた。ファルアリトがそこで待っている。
◇
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