第13話 逃走経路


「エモト隊長、あの娘と何を話していたんです?」

「あの青い機体についてちょっとな。なにか分かったこと、あるか?」

「やはり地上には存在しない技術で作られています。操作法自体は単純ですが、システムも外部からでは見られないようになっている部分が大半で、何のために作られたのかも分かりません」

「そうか……。所属も分からないんだな?」

「はい。ネスト側でも、原理主義側でもないようです。恐らく一点ものの試験機だろうと思われます」

「アトモスフィールドを突破できる性能を持つ機体だからな。必ずどちらかが関与しているはずなんだが……上の連中は何か言ってるか?」

「はい。できるだけ早急に機体を運搬しろと」

「じゃああいつらがあの青い機体を取り返すチャンスはこれが最初で最後って訳か」

「そうなりますね」


 廊下を歩いていたエモトは、不意に足を止めた。一瞬遅れて、その背後に付いていた兵士も立ち止まる。


「隊長、どうされたんですか?」

「あの機体は、他のSFのシステムを一時的にショートさせる能力があったよな?」

「映像ではそう見えましたが、理論上ありえないことだと技術班も言っています。恐らくあれは別の原因があったのでしょう」

「……まあいいさ。脱出者の位置特定、急げよ」

「はっ!」

「それと、例の侵入者の正体もはっきりさせといてくれ。回収屋軍団のあの食えないじいさんがなにか仕掛けてきたのかもしれねえ」

「はっ、了解であります!」



 警報が鳴り響く。その音を、サナエとハナエの二人は牢の中で聞いていた。


「なんだか騒がしくなってきたねえ」

「ウチらもそろそろここを出るッスか?」

「いい加減飽きてきた頃だしね。ウワナ様も助け出さなきゃ」

「余力があればミツヤとフアラもッス。それにしてもネオアトの奴ら、どうしてウチらを捕まえなきゃなんなかったッスかね?」

「分からないけど、あたしはあの青い機体が怪しいと思うね。なにせ空から落ちて来たんだからさ。きっとあいつらも欲しくなったんだよ」

「欲張りッスねえ。いけ好かない連中ッス!」

「さ、お喋りはこの辺でおしまいだ。仕事にかかろうじゃないか」

「言われるまでもないッス!」

「じゃ、任せたよ」


 そう言ってハナエから一歩分離れるサナエ。ハナエは自分の口の中に手を突っ込むと、中から細い糸のようなものを取り出した。糸の先には黒っぽい塊が付いていて、ハナエはそれを鉄格子の錠前に括り付けると糸の端の方を自分の側へ伸ばし、そして次は耳の中から何か小さい部品を取り出した。


「細工は流々、あとは仕上げを御覧じろッス」


 ハナエが小さい部品を使って散らした火花が、糸に引火する。火は糸を伝って錠前まで到達し、そして小さく爆発した。錠前ははじけ飛び、扉が開く。


「やるじゃないか。さすがあたしらのメカマンだよ」

「ま、このくらいウチにとっちゃ朝飯前ッス。さ、行くッスよ!」


 意気揚々と二人が牢から外へ足を踏み出した瞬間、外の通路へ通じるドアが開き、中へ一人、ネオアトの兵士が入って来た。彼は牢の外にいるハナエとサナエを見つけると、慌てたようにライフルを構えた。


「な、なぜお前たち、外に出て―――」


 しかしその時には既にサナエが動いていた。彼女は一瞬で兵士に近づくと、彼が手に持っていたライフルを叩き落し、そのまま肘で敵の顎を砕いた。低いうめき声を上げてサナエの足元に倒れ込む兵士。


「ひゅう、やるッスねえ」

「なあに、大したことないよ。それより、変装セット一丁上がりだ。ウワナ様と合流してさっさとここを出よう」



「いたぞ、こっちだ!」


 一方のウワナとミツヤは、ネオアトの兵士をやり過ごすために廊下の陰に身を隠していた。二人は顔だけを廊下側に出して辺りを窺う。


「なんでこんなにあっさり見つかるんだよ!」

「そりゃウワナが無鉄砲に飛び出すからでしょ」

「ええい、こっそり行くつもりだったんだけどな。仕方ねえか。……っと」

 向こう側から兵士たちが走って来るのを見た二人は再び廊下の陰に頭を引っ込めた。どたどたと兵士たちが駆けていくのを確認してから、ようやく顔を出す二人。

「よし、どうやら行ったみてえだな」

「戻って来ないうちに、ウワナの仲間を助けに行こう」

「そうだな。悪いがお前のガールフレンドは後だ。いいか?」

「良いも悪いも、俺たちは兄弟なんだろ。困った時は助け合わなきゃ」

「言うじゃねえか」


 にやりと笑って見せるウワナ。しかし、その背後にはネオアトの兵士が迫っていた。


「見つけたぞ! そこだ!」

「し、しまった、油断したか!」


 廊下を飛び出して走り出すウワナとミツヤを、兵士たちが追いかける。


「このままじゃいつか捕まっちまうよ!」

「そのくらい俺だって分かってる! クソ、なんとかならねえもんか……」

「あ、あれ!」


 ミツヤが指さしたのは廊下の両脇に設置してある消火器だった。


「でかした!」


 二人はそれぞれに消火器を手に取り、兵士たちに向かって中身の粉末を発射した。廊下中に白い煙が舞い上がり、そこら中が真っ白になる。突然視界を遮られた兵士たちは動揺し混乱した。


「よし、今のうちに離れるぞ、ミツヤ!」

「分かってる!」


 ウワナは中身の空になった消火器を兵士に投げつけると、再び走り出した。ミツヤも同じように消火器を放り投げ走り出す。


「さあて、早いとこおさらばしてえところだが……」

「まさか、道が分からないんじゃ」

「フフフ、そのまさかよ!」

「威張ってる場合かよ! それじゃ闇雲に走るしかないだろ!」

「仕方ねえじゃねえか。ここはあのネオアトの秘密基地なんだぜ。内部構造なんか普通、知らねえって。それでもお前は彼女を助けたいんだろ」

「当たり前だ!」


 待ってろよフアラ、すぐ助けてやるから。そうミツヤが心の中で呟いた時、ちょうど角を曲がった辺りで何者かと正面衝突した。ミツヤとウワナはそれぞれに転んだ。


「痛えな、どこ見て歩いてやが……ん?」


 立ちあがったウワナが開口一番相手に文句をつけようとして、途中でやめた。誰だろうとミツヤはぶつかった相手の顔を覗き込む。その顔には見覚えがあった。


「あれ? 確かあんたたち、ハナエとサナエとかいう……」

「あーっ! ウワナ様ッス!」


 ミツヤの言葉を遮るようにハナエが叫ぶ。変装のつもりだろうか、彼女はその小さい体に男物のネオアトの制服をだぶだぶに着込んでいた。


「やっぱりこの騒ぎはウワナ様が起こしたものだったんだねえ。あたしの読みは当たってたよ」


 片手に銃を抱えたサナエも立ち上がる。ミツヤにはどうしてサナエとハナエがウワナを知っているのか理解できなかった。


「あ、あの、二人ともウワナとはどういう関係……?」

「ん? ミツヤお前、ハナエとサナエを知ってんのか? ……そういやお前ら、あの青い機体に乗ってる奴らに会ったことがあるとか言ってたな?」


 ウワナに言われて、ようやくハナエたちはミツヤに気が付いた。


「ミツヤ君、久しぶりッスね! そうか、君も捕まってたってたッスね? 無事でよかったッス!」

「あたしらがフアラを守ってあげられれば良かったんだけど、すまないね、こんなことになっちゃって」

「い、いや、別にいいんだけど、そんなことより二人はウワナと……」

「言ってなかったか? こいつらが俺の妹分だ」


 ということは、今までこの二人とも戦っていたのか。ミツヤは少しショックだっが、すぐに気持ちを切り替えた。


「それじゃ、もうそっちはみんな揃ったってことだろ?」

「ああそうだ。さあ、そのフアラとかいうのも助けに行こうぜ」

「うん」


 そう言ってミツヤが振り返った瞬間、ネオアトの兵士に見つかった。


「ここに居たぞ!」

「ま、マズい、逃げなきゃ」

「伏せな、ミツヤ!」


 逃げ出そうと足を踏み出したミツヤは、サナエの鋭い声に反応して咄嗟に地面に伏せた。ほぼ同時にサナエの構えた銃が火を噴き、迫っていたネオアトの兵士を撃ち抜いた。それも先頭の一人だけではなく、後続の数人の兵士も正確無比な射撃で次々と無力化していくのだ。まさに職人芸といえる。


「さっすがサナエ、射撃の天才だ!」

「そ、そんなに褒めても何も出ないよ、ウワナ様」


 照れたように頬を掻く、ネオアトの制服姿のサナエ。


「早く逃げるッス! 今の銃声で多分もっと兵士が来るッスよ」

「そうだな、急ごう」


 ウワナ達三人組の後ろを走りながら、ミツヤはぼんやりとさっきのサナエの射撃を思い出してみた。そして、兵士から檻の鍵を抜き取ったウワナの鮮やかな手さばきも。自分には何が出来るのだろう、そう思うミツヤだった。


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