第12話 共闘
「―――何? ミツヤの坊ちゃんが?」
回収屋軍団本部の代表室で、ゼネビルは受話器の向こうへ訊き返した。
「そうか……ネオアトの連中がそれだけ本腰を入れているのなら、相当なものだな。分かった、レーギン。奴らのアジトが分かったのなら、直ちに潜入してみてくれ。偵察でいい。ああ。頼むぞ」
そう言ってゼネビルは受話器を置いた。
「全く、空の向こうで何があっているのか知らんが、ネオアトの連中もやることが大雑把すぎる。回収屋軍団もナメられたものだ」
ゼネビルは葉巻に火を付けると、煙を吐き出した。
◇
「く、くそっ、放せよ!」
「大人しく入ってろ」
ミツヤの必死の抵抗も、両脇を抱えるネオアト兵士には通用しなかった。そのまま牢に放り込まれるミツヤ。兵士たちの足音が鉄の牢屋に反響しながら遠ざかっていく。
「畜生、どこだよここは……!」
ゴルモのレールガンの衝撃で気絶したミツヤは、いつの間にかファルアリトから引っ張り出され、そしてそのまま牢に連れてこられたのだ。状況すら把握できていないのも仕方がない。
ミツヤが入れられたのは薄暗い、鉄格子で区切られた檻の中だ。似たような檻が他にも並んでいる。檻の中にはベッドらしきものと簡易的な便座があるだけで他には何もない。
「……フアラ……」
思い出すのは、モニター越しに見えたフアラの顔。ミツヤは、目を閉じるたびにその悲痛なフアラの表情が浮かぶのだ。
どうにかして彼女を助け出さなければならない。しかし、今自分がどこにいるのかさえも分からないし、仮に分かったとしても牢の中から出られなければ何もできない。
「とにかくここから出なきゃなあ……」
ごろん、と冷たい鉄の床に寝転ぶミツヤ。その時、重たい鉄の扉が開く音と共に、喧騒が部屋に中に入って来た。
「手前ら、俺を誰だと思ってやがる! ここから出せよ、おい! この! 聞いてやがんのか! クソ!」
男はネオアトの兵士ともみ合いながらも、抵抗の甲斐なくミツヤの目の前の牢に入れられた。男はその後もしばらく牢の中で暴れていたが、やがて諦めたように静かになった。
どういった男が入って来たのだろうとミツヤが目の前の牢を覗き込むようにしていると、
「お、なんだ。俺の他にも人がいたのか」
「ねえ、ここがどこだか分かる?」
「言葉遣いがなっちゃいないな。俺の方が年上だぜ、多分。まあいいや、俺は心が広いから見逃してやるよ。……多分な、ここはネオアトの秘密基地だ」
「ネオアトの?」
「そうだ。間違いねえ。俺はネオアトのマークの入った機体にやられて連れてこられたんだ」
「へえ、奇遇だな。実は俺もそうなんだ」
「っつーことは、お前もSFに乗るのか?」
「ああ、少しね」
「そうか……。俺の機体はネオアトの奴らがどっかに持って行っちまった。どうにかして取り返したいけどな」
「俺が乗ってた機体もなんだ。借り物だから絶対取り返さなきゃ」
「それだけじゃねえ。俺は俺の妹分もここの連中に連れていかれちまったからな。あいつらも助けてやらなきゃ」
「俺も、ええと、一緒にいた女の子がネオアトに捕まっちゃって」
ミツヤはフアラをどう言い表すか迷った。友達というほど打ち解けてはいないし、だからといってそれ以上の関係というわけでもない。だから、一緒にいた女の子という他なかった。
「へへ、俺とお前、どうやら似たような境遇にあるらしいな」
「そうみたいだね」
「ここはひとつ手を組んで、ここから脱出しようぜ」
「分かった」
薄暗い中、ミツヤには向かい側の牢にいる男がニヤリと笑ったのが見えた。
「よし、今から俺とお前は兄弟だ。お互いに助け合おうじゃねえか」
「ああ」
「それじゃまずは名前を教えて貰わなきゃな。いつまでも『お前』って呼ぶわけにもいかねえ。俺はウワナだ。よろしくな」
「俺はミツヤ。よろしく、ウワナ」
「そうか。ミツヤか。不思議と聞いたことのある……あ? なんだって、ミツヤ?」
「……あんたがウワナだって?」
この時お互いの頭にあったのは幾度か対戦したお互いの機体……つまり、ファルアリトとラガタンだった。あの中に乗っていた人間が生身で目の前にいるということに二人は驚いた。
奇妙な沈黙が牢屋に広がる。
その沈黙を破ったのはウワナの笑い声だった。
「うわっはっはっは!」
「何がおかしいんだよ?」
「だって面白えじゃねえか。つい数日前まで命張って戦ってた俺たちが今や同じ牢屋の中だぜ? こんな妙な事があるかよ」
「だ、大体俺がネオアトに捕まったのもお前が俺たちを足止めしたからだろ!」
「細かいことは言いっこなしだぜ、兄弟。ここは引き続き共同戦線だ。幸か不幸か俺たちの目的は一致してる。俺は妹分とラガタンを、お前は彼女とあの青い機体を取り返したいんだろ? ここで俺たちがいがみ合ってても仕方ねえ」
「……分かった。できる限り協力するよ」
「じゃあまずは、ここから出なきゃな」
「え? でも、どうやって?」
「こうやってさ」
ウワナはどこからか鍵を取り出すと、牢の中から器用に鍵穴に突き刺し、そして回した。カチッという音と一緒に牢の扉が開く。
「あんた、いつの間に鍵なんて……」
言いながらミツヤは、多分さっきネオアトの兵士ともみ合ってた時だ、と思いついた。
「よっしゃあ、見つからねえうちに出るぞ」
牢から出たウワナは、手際よくミツヤの牢の鍵も開ける。ガラガラと音を立てながら鉄格子の扉が開いていく。
「ありがとう、ウワナ」
「なあに、お前らが捕まったのが俺のせいだっていうんなら、その分の落とし前は付けさせてもらわなきゃな。よし、まずは俺の妹分を助け出す。ついて来い」
◇
開けた窓から日の差し込む、豪奢な作りの部屋。それがフアラの入れられた部屋だった。
その部屋でフアラは、ネオアトの兵士たちに囲まれながら、エモトと向かい合っていた。尋問と言ってもいいかもしれない。
「……そろそろ喋って貰えると嬉しいんだけど。君はどの陣営の人間だ? アス出身って訳じゃないだろ?」
フアラは固く口を噤んだまま動かない。その目には頑なな意思が宿っている。エモトはため息をついた。
「このままじゃ君の友達の安全も保障できないぜ。いいのか?」
相変わらず微塵も変わらない表情のフアラ。エモトは観念したように右手を振って、
「お前たち、下がっていいぞ」
「しかし隊長、」
「お前らがいると空気が重たい。俺はこのお嬢さんともっと楽しいお喋りがしたいんだ」
「…………」
フアラとエモトを囲んでいた兵士たちが部屋から出ていく。背後で木製の扉が閉まる音がすると、エモトは前かがみになってフアラに顔を近づけた。
「これは単純な興味なんだが、あの機体、そのまま空の向こうまで行けるのか?」
「…………」
「俺はさ、空の向こうまで行きたくてネオアトに入ったんだ。だが知っての通り、俺に与えられた仕事は君のような不法着陸者を取り締まることだけなんだよな。だからさ、せめてそのくらい教えてくれたっていいだろ? 俺だって空の向こうのことが知りたいんだ」
フアラはエモトの目に、ミツヤと同じような光があるのに気が付いた。好奇心の光だ。
「あれに、それだけの推力は、ない」
「そうか。じゃあ単独では空の向こうまでは行けないんだな」
「…………」
うっかり喋ってしまったフアラは自分を恥じた。
「俺としてはさ、また自由に空の向こうと地上を行き来できるようになって欲しいわけだよ。だから今向こうで起こってるいざこざなんてのはさっさと終わって欲しい。しかし、それはまだ当分先の話だ。俺たちアスの人間は黙って待つしかねえ。……俺が君に出せる選択肢は二つだな。ここで空の向こうへ行けるようになる時代を待つか、妙な抵抗をして殺されるか」
「……違う」
「あ?」
フアラはエモトをまっすぐに見つめた。
「ミツヤが助けに来る。絶対」
「君が囚われの姫君であいつが白馬の王子様ってわけか? となるとさしずめ俺は悪い魔法使いってところか。へへへ、面白いじゃねーか。じゃあ俺は悪役に徹するとしよう」
と、その時、部屋のドアがノックされた。
「入れ」
「はっ!」
エモトの声に返事をして、ネオアトの兵士が入って来る。
「何かあったのか?」
「牢に入れていた者が脱走しました!」
「男の方か? 二人共?」
「はっ! 二人共であります!」
「バカヤロー、何やってたんだよ」
言いながらエモトが立ち上がり、部屋を出て行こうとする。フアラはその顔に薄い笑いが貼りついているのを見つけた。
「…………」
再び扉が閉まり、フアラは部屋に一人取り残された。
◇
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