第10話 鬼ごっこ


 路地裏を走る二つの人影。ミツヤとフアラだ。


「み、ミツヤ、大丈夫なの?」

「俺は大丈夫、うまくテントで跳ねられたから。それよりフアラは? 走れる?」

「このくらい、平気」

「ゼネビルじいさんが言っていたのは本当だったみたいだ。とにかく俺のトレーラーまで走ろう。考えるのはそれからだ」


 ふと顔を上げたミツヤは、ネオアトの制服を着た男が自分たちの方へと走ってくるのが見えた。


「こっち!」


 ミツヤの急激な方向転換に、手を引かれたままのフアラがよろめく。が、倒れずになんとかその先の路地に駆け込んだ。路地は狭く、やっと人一人が通れるくらいだった。


 次の十字路に差し掛かった時、見つけたぞ、という声が上がったのを二人は聞いた。


「ミツヤ」

「大丈夫、俺に任せて!」


 ミツヤはフアラを背負うと、路地の両側に建つレンガ造りの建物の壁を、それぞれに引っ掛けた手足でバランスを取りながら、力に任せて上った。そしてある程度の高さまで上ったとき、真下をネオアトの男たちが駆けていくのが見えた。


「ふう、何とかなったか」

「あ、あの、ミツヤ」

「何?」


 自分の首筋にしがみつくフアラに振り返りながらミツヤが言うと、


「私、スカートなの。下から見られたら、」


 そんなこと気にしてる場合かよと思わないでもないミツヤだったが、恥ずかしそうに頬を赤くするフアラを放ってはおけない。ミツヤは滑るように地上に降りフアラを背中から下ろすと、そのまま彼女の手を引いてネオアトの兵士が駆けて行ったのとは違う方向へと走り始めた。



 どのくらい走っただろうか。途中何度も見つかったり撒いたりを繰り返しながらも、ようやく二人はトレーラーの停めてある駐車場へ辿り着いた。運転席のドアを開け、ミツヤはふらふらとシートに体を放り投げた。


「あいつら、一体何が目的なんだ? フアラは何か知ってる?」

「……分からない」

「まあ、そうだよな。でもまさか、ネオアトに追われるなんて思いもしなかった」

「私のせいで、ごめんね」


 隣を見れば、しゅんとした表情で俯くフアラの姿がある。


「い、いや、良いんだよ。別に。フアラはただ空の向こうに帰りたいだけなんだろ。何も悪いこと、してないじゃないか」

「でも、ミツヤに迷惑、かかってるから」

「だからってあいつらに大人しく掴まってやるのも俺らしくないし。こうなりゃ競争だよ。ネオアトより先に遺跡について、君を逃がせたら俺たちの勝ちだ。それまでの辛抱さ」

「……うん」

「大丈夫だよフアラ。絶対俺が連れてってやるから。空の向こうってやつにさ」

「うん」

「とにかくネオアトの奴らに見つかる前にここを出よう。俺も北の遺跡ってやつにちゃんと辿り着けるか分からないし」


 ミツヤはトレーラーを発進させ、ラグウの街の門をくぐって外の荒れ地へと出た。


「ねえ、ミツヤ」

「何?」


 フアラから話しかけて来るなんて珍しいな、と、運転しながらミツヤは思った。


「ミツヤは空の向こうまでついてきてくれるの?」

「そりゃ当然でしょ」

「でも、空の向こうまでいったら、戻って来れないかも」

「え?」

「それでもいいの?」

「えーと……」

「なんでミツヤは、私に優しいの?」


 ミツヤは言葉に詰まった。理由なんて考えてもいなかったからだ。


 一体自分はどうしてこんなに一生懸命になっているのだろう。

 ミツヤは考えた。ネオアトといえば犯罪者を取り締まるような強い力を持った組織だ。そんな組織に狙われながら、なぜ自分はこんなにフアラのために何かをしようと思うんだろうか。


 それは多分フアラに惚れたせいだ、と、ミツヤはゼネビルに言われたことを思い出しながら結論付けた。そして、答えた。


「俺はフアラが行くところ、どこまででもついて行くつもりだ。理由なんて関係なく」

「……そう。たとえばそこが、空気も水もなくて、毎日人と人が殺し合ってるような場所でも?」

「そんな場所なら、なおさら俺がついて行かなきゃ。誰がフアラを守ってくれるんだよ」

「ミツヤ」

「なんだよ」

「私のために―――」


 フアラが何か言いかけた時、前方から飛来する物体に気づいたミツヤは急ハンドルを切った。車体が横に流れ、さらに着弾の衝撃で揺れる。


『わーっはっはっは! 待っていたぜ、青いSF!』


 前方に見覚えのある機体が立っているのをミツヤは見つけた。人型モードのラガタンだ。


「あいつら、こんな急いでるときに!」


 ミツヤは歯ぎしりし、運転席を飛び出した。ファルアリトで出るつもりなのだ。


「ミツヤ、待って」


 それを追ってフアラも運転席を降りたが、その時には既にミツヤはファルアリトを起動させ、立ちあがらせていた。北からの冷たい風に、ファルアリトに被さっていた幌が揺れる。


「……!」


 フアラは何よりも、先ほどまでどこまででもついて行くと言っていたミツヤが自分を置いて行ったことがショックだった。その様子をミツヤはファルアリトのモニターで見ていた。


『そこで待っててフアラ! すぐ片付けるから!』


 ファルアリトの外部スピーカーを通じてミツヤの声が響いた。


 フアラの気持ちなどお構いなしに、ミツヤはフアラの頭上を越えてラガタンの方へ機体を進ませた。その姿をフアラは見送るしかなかった。ここから声を上げても、ファルアリトのコクピットには届かないのだ。


「ミツヤ……」


 思わず呟いたフアラは、後ろの方に気配を感じて振り返った。


「そ、そんな怖い顔しないで欲しいッス。ウチらッスよ」

「ウワナ様が男同士の戦いだから降りろっていうんだよ。だからあたしらはフアラが心配でこっちに来たんだ。そしたら案の定、置いてかれちまってたみたいだからさ」


 気配の主は、サナエとハナエだった。


「……行っちゃった、ミツヤ」

「男って、馬鹿ッスよね。口では現実的なことを言いながら、本当は意地とか見栄で動いている」

「ま、ウワナ様のそーゆーところも魅力なんだけどね。……フアラ、あんたはどうなんだい」

「え?」


 フアラは背の高いサナエを見上げた。


「あんたはミツヤを愛してあげられるのかい?」

「私は……」


 口ごもるフアラ。その時、金属と金属のぶつかる激しい音が大気を震わせた。


「始まったッスね! ラガタンが廃車にならなきゃいいんスけど……」

「いいじゃないか、機械なら修理すりゃ乗れるだろ?」

「う、ウチにとってラガタンは自分の子どもも同然ッスから……」


 三人の視線の向こうには、取っ組み合うファルアリトとラガタンの姿が見えた。フアラはその時になってようやく、ファルアリトよりもミツヤの無事を願う自分に気が付いた。



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