第9話 回収屋連合
フアラが目を開けると、心配そうに自分を見つめるミツヤの顔があった。その表情が徐々に安心したように緩まっていく。
「良かった、フアラ。もう目を覚まさないかと思ったよ」
「……ここ、は?」
「ラグウの街さ。君、丸二日寝たきりだったんだぜ」
重たい体を起こしてみれば、そこはいつものトレーラーの運転席ではなかった。木のいすやテーブル、そして向こう側には台所らしきものもある。
ミツヤは不思議そうに部屋を眺めるフアラを見て、
「ああ、そんなに不安がらないで。ここは俺の部屋だよ。って言ってもほとんど帰って来ないんだけどさ。二日前の明け方ここについて、急いで君を運んで来たんだ。医者も呼んだけど、あいつら役に立たないんだぜ。原因は不明ですの一点張りさ。……まだ顔色、悪いね。お腹空いただろ? ちょっと待ってな、すぐ仕度する」
と、慌ただしく台所へ入っていった。
天井の裸電球が灯っている。カーテンも閉め切られていて時間が分からないが、恐らく夜だろう。
そこでフアラは、自分が寝間着に着替えさせられていることに気が付いた。ミツヤがしたのだろうか、と思うと少し恥ずかしくなった。
少しすると、ミツヤがお粥をのせた皿を運んで来た。
「お待たせ」
「あ、あの、ミツヤ」
「何?」
ミツヤはベッド脇にお粥の皿を置いて、自分は傍の椅子に座った。
「私の服、脱がせたの?」
椅子ごとひっくり返るミツヤ。ぶつけた頭をさすりながらミツヤはよろよろ立ち上がり、
「そんなわけないだろ、ここのおかみさんにやってもらったの!」
「そ、そう。よかった。ミツヤに見られちゃったかなと思って」
「何を?」
「私のハダカ」
再びミツヤはひっくり返った。
◇
さて、ちょうどその頃、ラガタンがラグウの街近くの岩場に停まった。ウワナ達三人組が到着したのだ。
「一体何だったんスかね、あの青い機体の力は」
ハナエがラガタンの安全装置をオンにしながら言う。
「ますます興味深いぜ、あのSFはよ」
「あのまま動けなくなってたら大変だったよ。ウワナ様、これからどうするんだい?」
「決まってら。今度こそあいつを一対一で仕留めんだよ」
言ってから、ウワナは車内に流れる妙な空気に気が付いた。
「……どうした、お前たち。目配せなんかして」
「あのー、ウワナ様、ウチらは別にあの機体を奪いたいとは思わないッス」
「なんだって? あれが手に入れば今度こそ俺たちは大金持ちなんだぞ」
「実はあたしら、あの機体に乗ってる子たちに会っちゃったんだよ」
ウワナは前部座席から自分を振り向くサナエとハナエの顔を交互に見た。
「つまりそれは、情が移っちまったってことか?」
「そうッス。あの子たちが可哀そうになって来たッス」
「子どもから何かを奪おうっていうのは、卑怯なんじゃないかって思うんだよ」
「む……」
腕組みをしたウワナは、そのまま座席に体を預け、何かを考えるように眉間に皺を寄せた。そして、
「よし、分かった」
「それじゃ……」
ハナエが声を上げる。
「お前らの言うことももっともだ。だが俺は男だ。男にはプライドを捨ててでも手に入れなきゃならないものがある」
「え?」
「だからさ、あと一度だけ俺にチャンスをくれ。お前たちは何も手伝わなくていい。ラガタン一機貸してくれりゃ、あとは俺がやる。最後にあの青い奴と一戦交えて、それで駄目なら俺も諦める。頼む」
ウワナは座ったまま膝に手をつき、サナエとハナエに頭を下げるようにした。二人は慌てた。
「う、ウワナ様、ウチらにそんな気を遣わなくてもいいッス! ちょっとウチらも口が滑っただけッス!」
「そうだよ、だから頭を上げておくれよ。ラガタン一機くらいウワナ様の好きにすればいいさ」
「……すまねえな。これで最後にする」
ようやくウワナは顔を上げると、コクピットのハッチを開け、そこから出て行こうとした。
「ウワナ様、どこに行くんだい?」
「ちょっと風に当たって来るのさ」
夜の風は、冷たい。ウワナはその冷たい風を感じながら、向こうに見えるラグウの街明かりを眺めた。
「あの機体のパイロット……ミツヤとか言ったな……次で決めてやる。それにしてもまあ、俺も焦りすぎてたのかな。まさかあいつらに諫められるなんてな……」
と、ウワナは自嘲気味に笑うのだった。
◇
次の日になると、ミツヤは早速回収屋軍団の本部へ向かった。空の向こうへいくための方法を教えて貰うためだ。
本部の建物は木造の二階建てで、それほど大きいわけではない。ただその代表であるゼネビルという男は、ただ者ではない。彼は一代で、かつて無法者の集まりだった回収屋の中に規律を作って見せたのだ。その結果が回収屋の中に生まれた繋がり、つまり回収屋軍団である。いまや回収屋は誰もが認めるメジャーな職業となった。そうしたゼネビルの活躍の陰には、ミツヤの祖父の協力があったというのも有名な話だ。
シンボルである旗が立てられた回収屋軍団の本部の前に、作業用SFの『ジク』が立っているのをミツヤは見つけた。
「おーい、レーギンさん!」
ミツヤがジクに手を振ると、ジクの胸部のハッチが開き、中から浅黒く日焼けした男が現れた。副代表のレーギンだ。彼は十数メートルの高度からミツヤに手を振り返すと、
「ミツヤの坊ちゃん、今日は代表に何の用だい?」
「ちょっと訊きたいことがあってさ! ゼネビルじいさんは中に居る?」
「いらっしゃるよ! 代表室だ!」
「分かった、ありがとう!」
そしてミツヤは本部の木製のドアを押し開けた。
「……なんだって? ラグウの街に不法着陸者が? ……そう言われても、我々も全ての落下物をチェックしているわけではないんだから。どこの誰が管理しているなんて知らんよ。ああ、当たり前だ」
ミツヤが代表室のドアを開けると、白い口髭を蓄えた老人、ゼネビルは受話器を片手に何やら怒鳴っていた。
彼はミツヤが入ってきたことに気づくと、ミツヤを自分の目の前のソファに座るように促した。
「すまんが来客だ。あんたたちの話は後からまた聞かせてもらう。それではな」
ゼネビルは受話器を置き椅子に座ると、ソファに座るミツヤと向かい合った。
「ミツヤの坊ちゃんかい。今日はどうした?」
彼は笑みを浮かべてミツヤに話しかける。
「あのさ、ゼネビルじいさん。空の向こうに行く方法って知らないか?」
「空の向こうだって? なんでそんなところに行かにゃならん」
「実は、空から降って来たSFに女の子が乗ってて。その子が空の向こうへ連れて行ってくれっていうんだ」
ミツヤの言葉を聞いた途端、ゼネビルの顔に焦りの表情が浮かんだ。彼は立ちあがると素早く窓のカーテンを閉め、外部から覗かれないようにして、また座った。
「ミツヤ、まさかそのSFは青い色をしているんじゃないだろうな」
「よく知ってるね。青くて、すごく硬いんだ。じいさんとこのジクなんかよりよっぽどだぜ」
「……悪いことはいわん。すぐにそのSFから手を引け」
「どうしてさ」
ゼネビルは落ち着きなく自分の髭に触った。
「さっきネオアトの連中から電話があってな、地上へ落ちて来た青いSFを探しているから、何か知っていることがあったら話せと言ってきおった。……ミツヤ、お前はネオアトに狙われとるぞ」
「俺が? ネオアトに?」
ネオアトと言えば、犯罪者を取り締まる警察組織なのだ。ミツヤには自分が狙われる理由が分からなかった。
「奴らの言う青いSFってのは十中八九お前さんの言っているSFだ。このままじゃろくな目に合わん」
「でもじいさん、そのSFには人が乗ってたんだ。放っておくわけにはいかないだろ」
「まあ、それは、そうだが……」
ゼネビルは再び立ち上がり、部屋を歩き回った。
「ネオアトに狙われてるったって、きっと何かの間違いだよ。とにかく俺はあの子を空の向こうへ連れて行ってやらなきゃならないんだ」
「うむう……」
ふと、ゼネビルが立ちどまる。
「どうしたの、じいさん」
「お前、その子に惚れたな?」
「は? え、いや、まさか、そんな……あ、でもそうなのかな? ううん……」
面食らうミツヤを他所に、ゼネビルは言葉を続ける。
「このラグウの街から北へずっと行ったところにな、遺跡がある。そこには旧世紀時代の打ち上げ用ロケットがまだ手付かずで残っていると聞いた。儂が知っているのはそのくらいだ」
「旧世紀?」
「人類が空の向こうへ行くことのできた時代だ。かつて人々はロケットと呼ばれる乗り物で空の向こうへ飛んで行った」
「今はどうして行けないんだ?」
「百年ほど前に禁止されたのだ。……こんな話をしている場合じゃない。その青いSFに乗っていた人間は今どうしとる?」
「俺のアパートでおかみさんに見てもらってる。どうも具合が悪いらしいんだ」
「そうか。……儂には恩人の孫をネオアトのような連中に売る真似はできん。だがな、回収屋の長という立場もある。分かってくれるな?」
「じいさんの言う遺跡ってやつは当てにしていいんだろ。とにかく行ってみる」
「くれぐれも気をつけてな」
「ああ。ありがとね、じいさん」
ミツヤが部屋を出ていくのを見届けてから、ゼネビルは再び受話器を取った。
「……ああ、儂だ。回収屋軍団に通達してくれ、持てる戦力を全て結集しておけと。いや、まだ表立って動くな、時機を見てからだ。だが手遅れにならんうちにな……職権濫用だと? ふん。今更何を。たまには儂の我儘に付き合え。恩人の孫を守らねばならん」
◇◇◇
「お帰り、ミツヤの坊ちゃん。お嬢さんがお待ちだよ」
「ありがと、おかみさん」
ミツヤがアパートへ戻ると、入り口の所を掃除していたおかみさんが迎えてくれた。階段を上がって二階の自分の部屋のドアを開けると、あの青い長袖のワンピースに着替えたフアラが、ベッドの縁に腰かけていた。
「ただいま。待たせてごめん、でも空の向こうへ行く方法が分かったよ」
「本当?」
フアラの顔が明るくなる。ミツヤはちょっと得意げに、
「まだ行ってみなきゃ分かんないけどね、ここから北の方へ行ったところに遺跡があるらしいんだ。そこにある打ち上げ……なんていったかな、とにかくなんとかなりそうなんだ」
「……良かった」
「じゃあ、早いとこ行っちゃおうよ。すぐに仕度をしよう」
「うん」
と、フアラがベッドから立ちあがった時、部屋のドアがノックされた。おかみさんだろうと思ってミツヤが返事をすると、静かにドアが開いた。
「……ミツヤ君かな? 俺、エモトっていうんだけど」
そこに立っていたのはネオアトの制服を着た、くたびれた風貌の男だった。背後に部下らしき人間を三人ほど連れている。ミツヤは動揺を押し隠し、答える。
「ミツヤは俺だけど、おっさん、何か用?」
「あー、説明するのは面倒だな。端的に言えばまあ、お前たちを捕まえに来たってことになるんだけど」
ミツヤの頭の中で、先ほどのゼネビルの話と目の前の男が繋がった時、ミツヤは咄嗟にエモトの方へ机を蹴りだして、そのままフアラを抱え開けっ放しになっていた二階の窓から飛び降りた。
「……へえ、やるじゃん」
エモトが机を飛び越え窓から外を見下ろした時には、フアラの手を引くミツヤは遠くの路地を曲がっているところだった。そして窓の真下には穴の開いたテント屋根が見えた。
「エモト隊長、どうしますか?」
部下の一人が訊くと、
「鬼ごっこに誘われてんだ、付き合ってやるのが礼儀だろうよ」
エモトは愉快そうな笑みを浮かべながら言った。
◇
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