第8話 覚醒の力
◇
何も知らないミツヤのトレーラーは、ウワナの待ち構える岩場に差し掛かった。もう辺りはすっかり暗闇に包まれた頃である。
「そろそろこの辺で休憩しよっか、フアラ。眠くなっただろ?」
「……眠い。けど、ここは、やめた方がいい」
「え?」
「嫌な感じ」
助手席のフアラの不安げな表情をミツヤが不思議に思った時だった。
『わーっはっはっは! 待っていたぜ!』
「この声、ウワナか!」
ブレーキを踏んでトレーラーを停めてみれば、正面のひときわ高い岩の上に月明かりを受けて輝く人型のSFがあった。仁王立ちしたラガタンである。
『少し時間をやる。このままラガタンにやられたくなけりゃあの青い機体でかかってきな』
「い、言われなくても!」
ミツヤはトラックから降りると積んであったファルアリトのコクピットに飛び乗った。後から駆けて来たフアラがその膝に収まる。
「フアラ! 危ないよ?」
「ミツヤと一緒がいい」
殺し文句である。ミツヤは体中に力が漲るのを感じた。
「ようし、分かった。俺に任せろ!」
前回やった動作を思い出しながら、ミツヤはファルアリトの計器に火を入れた。重低音と共にファルアリトの機関部が目を覚ます。
ウワナはファルアリトへ乗っていく人影が二つあったのと、それが思いの外小さいのに驚いた。
「あんな子どもが……?」
しかしそんな余計な躊躇をしていて勝てる相手ではない。ウワナは気持ちを切り替え、操縦桿を握り直した。もはや仕掛けてしまった勝負である。引き返すわけにはいかなかった。
しかし、ウワナの前の座席に座るサナエとハナエは違った。画質の荒いモニターに映った二つの人影に見覚えがあるような気がしてならなかったのだ。
「……サナエ、ウチの考えてること、分かるッスか?」
「後から機体に乗った方の子のスカート、あたしらがあの子に買ってやったのとよく似てたね」
「名前は確か、ミツヤとフアラだったッスよね」
「でも今ラガタンの操縦系は全部ウワナ様が持ってるし。あたしらに出来ることはないよ」
二人は同時にため息をついた。強敵との戦闘に緊張するウワナは、それに気づかなかった。
「かかって来やがれ青いSF!」
幌を払いのけ、荷台から立ちあがったファルアリトのデュアル・アイカメラが光る。
ラガタンは崖を滑るように降り、そしてファルアリトと対峙した。
「行くぞ!」
前回の戦闘でラガタンの攻撃は効かないということを知ったミツヤは、臆することなく機体を突撃させた。
「馬鹿め!」
その直線的に突っ込んでくるファルアリトを見て、ウワナは迷うことなくトリガーを引いた。右肩の主砲が火を噴き、発射された弾丸がファルアリトに直撃する。
「う、うわ!」
ファルアリトのコクピットが激しく揺れた。ダメージを受けたことを示す表示がモニターに浮かぶ。
「パワーアップした主砲に加えてこの距離だぜ! 効かないはずがねえんだ!」
体勢を立て直そうとするファルアリトに向かって、今度はラガタンが仕掛けた。両手のバルカンで相手を牽制しながら、体当たりをぶつける。
「な、ナメるな!」
ラガタンのボディは小さい。ミツヤはその体当たりをファルアリトの両腕で受け止めた。激震がお互いの機体を襲う。
「うおおおおお!」
「どりゃあああああ!」
拮抗する二機の押し合い。場が膠着したかと思われたその時、ファルアリトのバックパックに弾丸が直撃した。
「ど、どこから!?」
思わずミツヤは後ろを振り向いた。そこをウワナが狙う。
「油断したなっ!」
ラガタンはファルアリトに押し当てるようにしてバルカンを掃射した。ダメージはほとんど無いにしても、それはパイロットであるミツヤを恐怖させるには十分だった。
「うわああああ!」
「きゃああああ!」
ミツヤとフアラの悲鳴。ファルアリトが地面に腰をつくように倒れる。それを見下ろすように立つラガタン。
『ウワナ、良い援護射撃だったろ?』
ホバー走行で近づいてきた銀色の機体があった。レキルのSF、ヴァシルだ。大型の携行用バズーカ砲を両腕で抱えている。
『ああ、さすがレキルだぜ。……さて、そこの青いSF。降参するなら今の内だ。何度も言うがそのSFを売っ払った分け前くらいはくれてやる。ここで俺たちにとどめを刺されるのとどっちがいいか、今すぐ決めるんだな』
「畜生……!」
ミツヤは呻いた。背後には銀色のSF、そして目の前にはラガタン。そしてフアラは自分の体にしがみつくようにしてモニターを見つめている。
このまま至近距離で砲撃されればさすがのファルアリトも無事じゃすまないだろう。けれど、どちらかさえ片付けば……!
「フアラ、しっかり掴まってろよ」
「うん」
ミツヤの膝の上のフアラが、ぎゅっとミツヤの袖を掴む。それを合図にしたように、ミツヤはファルアリトの機体を跳ね起こした。激しい反作用がコクピットを揺らす。現にミツヤは体中の血液が後方に押さえつけられるような感じがした。シートに座っていてそれなのだから、フアラにはさらに強い負荷がかかったことだろう。
『な、何ぃ!』
ウワナが驚愕の声を漏らす。ファルアリトはまるで人間がするように跳ね起きたのだ。そしてそのまま正面のラガタンを突き飛ばし、バーニアを一杯に吹かして岩陰に飛び込んだ。とても機械のする挙動ではない。
レキルはその直前にバズーカ砲を一発放ったが、ファルアリトは器用にしゃがみ、それを回避した。
「あんな動きを、SFがするのか?」
ヴァシルのコクピットで、レキルは思わず唾を飲んだ。
『レキル、追うぞ。お前は奥から周り込め。俺たちは正面から行く』
「わ、分かった」
岩陰に隠れたファルアリトのコクピットでは、機械音が徐々に近づいてくるのが聞こえていた。
「フアラ、大丈夫か?」
「……うん、大丈夫」
ミツヤを見上げ、力なく笑うフアラ。このままではマズいことくらいミツヤには分かっていた。先ほどのような無理な挙動を続けていては、機体が無事でも中に乗っている自分たちが駄目になってしまう。
ミツヤはモニターに映る周囲の景色を見渡した。もうすぐあの二機のSFが襲ってくるだろう。それまでに何か手を打たなければ……。
『へっへっへ。遂に追い詰めたぜ、青いSF!』
右モニターがラガタンの姿を映す。続いて反対方向からヴァシルが現れた。
「あいつら……ッ!」
このまま自爆覚悟でどちらかのSFに突っ込むしかないだろうか。いや、でもそれではフアラを守れない。かといって敵にやられるわけにはいかない。ミツヤは軽いパニック状態に陥っていた。
「ミツヤ」
「安心してフアラ。きっと俺がなんとかする―――」
「ううん、私に任せて」
「え……」
ミツヤが言葉に詰まっている間に、瞳を閉じたフアラは両手を祈るように握った。それに同調するようにモニターに青い文字列が現れ始める。
「な、なんだ、これ?」
コクピットの中が青い光で包まれた。そればかりではない。外から見ていたウワナやレキルは、ファルアリトの機体全体が青く光り出したのが分かった。
「おいおい、なんだこりゃあ……!」
レキルは一瞬その輝きに目を奪われたものの、すぐに自分の機体の異常に気が付いた。
「システムがダウンしているのか……!?」
同じ現象がラガタンにも起こっていた。操縦桿を引いても押しても、ピクリとも反応が無いのである。
「そんなバカなことがあるか! ハナエ、何とかできないか!」
「ウチにも分かりません! 整備は万全だったはずッス!」
「まあ……二対一なんて卑怯なことしたから、バチが当たったのかもしれないねえ……」
「ひ、卑怯だって、サナエ?」
言ってからウワナは気づく。確かにいくら相手が強敵でも二人掛かりで倒そうとするのは卑怯だ。男なら男らしく一対一の真っ向勝負を挑むべきだったのでは……?
「うわあああああ! お、俺はなんて卑怯な真似をおおおおおっっっ!」
頭を抱え絶叫するウワナ。その周りでは次々にモニターがブラックアウトしていき、ついにラガタンそのものも動きを停止した。
同時にコクピット内が暗闇に包まれた。
「……フアラ、一体、何をしたんだ?」
ファルアリトのコクピットからは、機能不全に陥り沈黙するラガタンとヴァシルが見えていた。
「任せてって、言った、でしょ……?」
ずる、とフアラの体が崩れ落ちた。気を失ったと言ってもいい。その顔からは血の気が失せ、唇も真っ青になっている。力なく自分にもたれかかるフアラの姿に、ミツヤは慌てた。
「ふ、フアラ? フアラ!」
呼びかけても返事はない。とにかくこの場を離れ、フアラを安静にさせなければと
思ったミツヤは、周りに佇む二機のSFにお構いなしにファルアリトを走らせた。
ようやくウワナたちがコクピットを開けて外に出た時には、既にミツヤとフアラの大型トレーラーは発進した後だった。
顔を見合わせるウワナとレキル。
「……なあウワナ、俺はあの機体とは関わらないことにしておくぜ」
「どうしてだ」
「感覚の話だがな、あれは尋常じゃない。悪いことは言わねえからよ、ウワナ、お前もあいつとは関わらないでおけ」
「忠告は受け取っておく」
「じゃあ、俺はこの辺でおさらばするぜ。貴重な体験をさせてもらった。また困ったことがあったら呼んでくれ。じゃあな」
レキルは再びヴァシルのコクピットに飛び込むとエンジンをかけ、夜の暗闇の中へ消えていった。
「……畜生、次は勝つからな……!」
ウワナが誰ともなく呟いた時、
「ウワナ様、エンジンかかったッスよ!」
「分かったよ!」
戦車に姿を変えたラガタンは夜の荒野をラグウの街へと進んでいった。
◇◇◇
「エモト隊長、第一から第三小隊、出撃準備完了です」
ネオアトの鉱山基地にあるSF格納庫。駆けて来たキラムの報告を聞いたエモトはつまらなそうな顔をした。
「そうか……もっと手間取ってくれりゃよかったのにな」
「は?」
「なあキラム、お前、空の向こうに行ってみてえと思ったことねえか?」
「空の向こうですか? いえ、想像したこともありません。そんなこと、可能なのですか?」
「おいおいキラムよ、お前ネオアトのくせにそんなことも知らねえのかよ」
恥ずかしながら、とキラムは呟く。
「まあいいけど。とにかく俺は空の向こうってやつに行ってみたかったんだ。少なくともネオアトに入りゃそのチャンスくらいはあるんじゃねえかと……。でも現実はどうよ? アスと空の向こうは果てしなく遠いんだぜ。あいつらがくだらねえ戦争を止めねえせいで俺たちは行けるはずの空さえ自由に飛べない」
「そんなこと言ってたら、上に目を付けられますよ?」
「上が出来ることっつったらソファに座ってハンコを押すくらいだろ? 構やしないさ。ただな、キラム。俺は思うんだよ。空の向こうへ行きたかった俺が、空へ行こうとしてるやつらを捕まえなきゃなんねえのは、皮肉だってな」
エモトは振り返り、薄暗い格納庫の中にそびえ立っていた自らの機体である『ゴルモ』のコクピットへと歩いて行った。
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