第7話 助っ人


 そのころウワナは、ある酒場のカウンター席で人を待っていた。

 適当に頼んだ酒をグラスですすりながら、先日の機体を思い出す。


「あれは……何か尋常じゃねえ気配を感じるぜ。あるべき世界を間違えたような……」


 ウワナは元々資材の商売で名を馳せた家の生まれだった。しかし自分の可能性を試すため、裸一貫で家の外の世界に飛び込んだのだ。今は盗賊まがいのこともやるが、いずれは自分の生家をも凌ぐような大きな商売を始める予定だ。でも未だにその具体的な方法は見つかっていない。


 だがウワナは行き詰りかけている自分の未来を打破するようなパワーをファルアリトに感じたのだ。砲撃を受けても傷つかない装甲や、精密な動きをする手足の駆動系など、そのノウハウさえ手に入れば間違いなく巨額の富を築ける。そしてそれを手に入れるためには、なんとしても先日の機体を奪わねばならない。それは、自分についてきてくれるサナエやハナエの為でもあった。


「よう大将、悩み事かい」

「レキル……。待ってたぜ」

「珍しいな、お前が俺に頼み事なんて」


 金髪を後ろで無造作に束ねたレキルはウワナの隣に腰を下ろすと、酒場の主人に度数の高い酒を注文した。


「実はな、すげえ獲物を見つけたんだ」


 レキルへ顔を寄せるウワナ。


「おいおい、この前だってそんなこと言ってなかったか? あの遺跡を掘り返した時さ」

「あれはあれで使い道は考えてあるんだ。無駄になったわけじゃない。ただな、今回はちょっと違うぜ。心して聞け」

「へえ。そこまで言うなら聞かせてもらおうじゃねえか」

「バルカン砲を受け付けない装甲を持ち、弾丸を弾き飛ばすような器用な駆動をするSFだ。俺はそいつが空から降って来るのを見た」

「空から? 鉄くずにもならずにか?」

「ああそうだ。俺はそいつに俺の人生を懸けた。お前も手伝え」

「手伝うのは構わねえけどよ、ウワナ、具体的に俺は何をやりゃいいんだ」

「残念ながらその機体はもうミツヤって男に奪われちまってるんだ。だからなレキル、お前には俺たちと一緒にそいつを手に入れる手伝いをして欲しいんだ」

「そのミツヤって野郎からSFを奪おうってんだな? なるほど。お前の話が本当なら、面白そうじゃねえか」

「だろ? さすが一流のSF乗りだぜ」

「加えて親友の頼みとありゃ断れねえよ。分かった、手を貸そう」


 ちょうどレキルの前に酒のグラスが置かれた。二人は乾杯した。



「それじゃ、ハナエもサナエもありがとう。機会があったらまた会おうぜ」

「お互い命には気を付けてな」


 日も傾いた頃、ようやく買い物を終えた四人は手を振りあって別れた。

 街の中へ消えていくミツヤとフアラの背中を眺めながら、


「家出ッスかねえ、あのくらいの子どもだったら」


 ぽつりとハナエが呟いた。


「なんだい、急にノスタルジックになっちまって」

「ウチも家出だったッス。ウワナ様に拾われなきゃ、今頃なにやってたか分かんないッス」

「そりゃあたしも同じさ。家が取り潰されちまってねえ」

「人生色々ッスよねえ……」

「あの子たちも事情があるんだろうけど、幸せになれるといいね」

「そうッスねえ……。とても初めて会ったとは思えない、良い子たちだったッス」

「ミツヤって名前も、なんか聞き覚えあったしねえ」

「さて、ウチらもそろそろ戻るッスよ」

「ウワナ様も帰ってきてるかもしれないし」

「……あ、修理のこと忘れてたッス」

「今日は徹夜かもねえ」


 二人はがっくりと肩を落とした。



 こんこん、とミツヤはカーテンで中が見えないようになったトレーラーのドアをノックした。


「フアラ、もう終わったかい?」

「まだ」


 少しだけ開いた窓からフアラの返事が聞こえる。

 車内でフアラが着替えているのだ。ミツヤの頭の中では不純な妄想が目まぐるしく浮かんでは消え、浮かんでは消えしていた。時々わずかに揺れる運転席がそうさせるのだ。


「ねえフアラ、あの人たち良い人だったね。フアラも服、買って貰えたし」


 サナエとハナエはフアラの服選びに付き合うだけでなく、金も出してくれた。それは、金銭的に余裕のあるわけではないミツヤにはありがたかった。


「ミツヤ、ああいう人、好き?」

「え? まあ、好きと言えば好きだね」


 ミツヤは車内から聞こえたフアラの声に何気なく答えた。

 背が高くシャープな感じのするサナエは頼れる感じがするし、幼く見えるハナエはハナエで可愛らしいと思えた。


「ふうん、そう」


 フアラの返事が妙に冷たいのを不思議に感じるミツヤだった。


「それで、そろそろ着替え終わった?」

「うん」


 運転席のドアが開き、着替えを終えたフアラが下りて来た。ひざ下まである長袖の青いワンピースだ。


「似合ってるじゃん」

「……そう。ありがと」


 ミツヤにとってはフアラのボディラインがはっきりとしたパイロットスーツ姿が見れなくなるのは残念なことだったが、仕方ないと割り切った。実際、今のふわふわとした柔らかなワンピースも良く似合っているのだ。


「じゃあ、そろそろ行こうか」

「次、どこ?」

「回収屋軍団の本部があるラグウの街さ。急いで行けば明日の朝には着くよ」

「分かった」


 そう言って二人は運転席のカーテンを外し、シートに乗り込んだ。

 ミツヤは大型トレーラーのエンジンをかけると門をくぐり、門番に手を振りながらリーアの街を後にした。



『おいウワナ、あいつら街を出たようだぜ』


 修理中のラガタンのコクピットに、無線でレキルの声が響く。

 リーアの街から少し離れた岩場。ウワナを始めとする三人組はファルアリトを載せたトレーラーがやって来るのを待ち伏せていた。


「了解だ。レキル、このまま監視を続けてくれ。奴らの進路は?」

『お前の読み通りだぜウワナ、多分あいつらラグウの街へ行くつもりだ』

「珍しい獲物を手に入れた回収屋はとりあえず本部へ行くものだからな。よし、作戦通りいくぞ。俺たちが岩場で奴らを足止めする。それであの青い機体が出て来たらお前が背後から襲え」

『挟み撃ちだな? 了解した。でもよ、ウワナ。獲物のトレーラーをリーアの街で見つけてたんなら、なんでその時に襲わなかったんだ?』

「街中でドンパチやってみろ、ネオアトに目を付けられちまう。それにそういう闇討ちみてえな卑怯な真似は、男らしくないぜ!」


 そう言うウワナの声を、ラガタンの砲身を補強していたサナエとハナエは聞いていた。


 そして二人は思ったのである。挟み撃ちも卑怯な真似なのではないか、と。


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