第5話 二足歩行人型戦車
『逃げずに出てきたことだけは褒めてやる。だがな、このラガタンは一筋縄じゃ行かないぜ! サナエ!』
『ラジャ!』
ラガタンの主砲が火を噴いた。亜音速で撃ち出された弾丸がファルアリトに迫る。
「う、うわああああ!」
ミツヤは滅茶苦茶に操縦桿を動かした。するとファルアリトは右手を横に薙ぎ、弾丸を払いのけた。逸れた弾丸があらぬ方向に着弾し、爆発する。
その様子を見ていたウワナたちは、ファルアリトの器用な動きに愕然とした。ラガタンの三人掛けのコクピットが騒がしくなる。
「おいおい、SFってあんなことが出来るのかよ?」
「最新型のジクでも無理ッスよ、あんな動き!」
「ええい、一発で駄目ならもう一発だよ!」
轟音を轟かせ、ラガタンが大砲を連射する。ファルアリトのコンピュータはその攻撃の軌道をモニターに表示し、どのタイミングで迎撃すればいいかを教えてくれた。ようやくそのことを読み取ったミツヤは、先程の感覚を思い出しながら、正確なタイミングで迫りくる弾丸を払いのけ続ける。
「あの機体、あたしを馬鹿にしてーッ!」
「さ、サナエ、やめるッス!」
ファルアリトの挙動に苛立ったサナエがラガタンの引き金を引いた時、その主砲が暴発した。衝撃で揺れるラガタンのコクピットに、ウワナ達三人はそれぞれ悲鳴を上げた。
「ミツヤ、今」
「分かってる!」
敵の砲撃が止んだ瞬間を見計らって、ミツヤはファルアリトを突撃させた。ぎこちない動きだが、それでもそれなりのスピードを持ってファルアリトはラガタンへと駆けていく。
「チッ、仕方ねえ。ハナエ、俺に操縦系を回せ」
「ウワナ様?」
「ラガタンの真の姿を見せてやる!」
「わ、分かったッス!」
操縦桿を握っていたサナエは足元にある三本のレバーの内の一本を引きながら、
「へーんしん!」
目の前のラガタンが奇妙な挙動を取るのを見て、ミツヤはファルアリトを急静止させた。シートに掴まっているだけのフアラがつんのめる。
「わっ」
「ご、ごめんフアラ!」
「どうして止まったの、ミツヤ」
「いや、あの戦車、なんか様子が……」
ミツヤがそう言っている間に、ラガタンは変形を始めた。車体の部分がせり上がり、縦にのびる。キャタピラの部分が展開して脚部になって、立ちあがる。車体の縦に伸びた部分の両側からは腕が生え、それぞれに伸縮して手を形成した。そして主砲は右肩に当たる部分にずれて、元々主砲かあった箇所からは頭が出現した。
戦車だった機体が、人の形へと姿を変えたのだ。
二足歩行人型戦車、ラガタンである。
「わはははは! どうだ見たかコンチクショウ! これがラガタンの真の姿、人型モードだ!」
上機嫌のウワナが、座席の両脇にある操縦桿を握る。
「SFどうしの格闘戦なんて……!」
動揺するミツヤの膝の上に、ぴょんと横向きにフアラが腰かけた。パイロットスーツごしに伝わるダイレクトなフアラの肉感に、ミツヤはさらに動揺した。ただでさえフアラのパイロットスーツ姿はその体型をありのままに表しすぎて、目のやり場に困るのである。
「ちょ、ちょっとフアラ、」
「こっちの方が、安全」
そのフアラの頬は心なしか赤い。
「ミツヤならやれる。だいじょうぶ」
照れ隠しのようなフアラの言葉は、一人の少年をやる気にさせるには十分すぎた。
「よっしゃあああ! やってやらあああ!」
「向かってきやがるか! いい度胸だ!」
拳を振りかざしながら迫るファルアリトを見て、ウワナはにやりと笑った。
ファルアリトとラガタンでは、大きさが違う。ファルアリトの方が数メートル大きいのだ。それがミツヤを油断させた。
右腕をラガタンめがけて振り下ろしたミツヤは、すでにその姿が目の前にないことに気づいた。
「なっ……」
「ミツヤ、後ろ!」
「えっ?」
次の瞬間には背後にバルカン砲の直撃を受けていた。ラガタンの右手に仕込まれていたものだ。ラガタンはホバー走行で瞬時に背中に回り込んでいたのだ。ファルアリトのコクピットが揺れる。
「わはははは! 強力なんだよ、このラガタンはなぁ!」
「クソッ!」
ミツヤは振り向き様に左手をラガタンに向けて振るアクションをしたが、その時には既にラガタンはファルアリトから離れていた。
「ウワナ様、奪うはずの機体に傷、つけちゃっていいんスか?」
「なあに、あのサイズなら鉄くずにしたっていい値段が付く。元は取れるさ……」
と、そこでウワナは正面モニターのファルアリトに、傷ひとつ付いていないのを見つけた。
「馬鹿な、至近距離からの直撃だぞ!」
一方ミツヤは敵の攻撃によるダメージがそれほどではないことを知ると、再びファルアリトをラガタンに突撃させた。
「うおおおお!」
「チィッ!」
ばばばばっ!
ラガタンの両手のバルカンがファルアリトを包み、その度に閃光が上がる。しかしそれでもファルアリトは歩みを止めない。
「くらえーっ!」
ファルアリトの正拳突きが目の前に迫るのを感じて、ウワナは咄嗟にラガタンを戦車モードに変形させていた。行き場を失った右手が空振りし、戦車モードのラガタンが後退していく。
『名前はなんつーんだ、お前!』
「み、ミツヤ」
ウワナの問いかけに思わず答えるミツヤ。
『ミツヤか。覚えたぜ。この借りはいつか必ず返すからな!』
捨て台詞を吐いて、ラガタンは土煙を上げながら遠ざかっていった。
ふぅ、とミツヤはため息をついた。体中に漲っていた緊張感が抜けていく。
「ありがと、ミツヤ」
自分を見上げるフアラの瞳に吸い込まれてしまうような気がして、ミツヤは目を逸らした。
「なんてことないよ、大丈夫。フアラこそ、どこも怪我してない?」
「うん。へいき」
「朝ごはんの続きにしよっか」
「うん」
ミツヤはファルアリトを片膝立ちの姿勢でしゃがませると、コクピットのハッチを開放した。太陽はすっかり昇りきっていて、空気の暖かさが昼を感じさせた。
フアラがミツヤから立ち上がり、コクピットを降りようとする。ミツヤは膝に残ったフアラの感覚を思い出しながら、
「あ、あのさフアラ」
「何?」
フアラがミツヤを振り返った。フアラの髪の毛が日の光を浴びてきらきらと煌めく。ミツヤはその輝きに見惚れそうになったが、すぐに雑念を振り払って、
「俺が君を空の向こうまで届けてあげるからさ、一人でどこにも行くなよ」
「分かった。信じてるね、ミツヤ」
フアラはミツヤに笑ってみせた。初めて見せたその笑顔は、一人の少年を虜にするには、やはり十分すぎた。
◇
それとほぼ同時刻に、ファルアリトの存在を捉える影があった。惑星アスの軌道上を周回する監視衛星である。
その衛星が撮影したファルアリトの映像は『ネオアト』と呼ばれる組織に転送されていた。
「あー、こりゃ良くねえな。アスの不可侵コードに触れちまってる」
私室のモニターに映し出されたファルアリトを眺めながら呟いたのは、『ネオアト』のSF部隊、『グラビリー』の隊長を務めるエモトという男だ。エモトは手元の電話機の受話器を取ると、
「キラムか? グラビリーの第一から第三小隊に召集をかけろ。ああ、さっきお偉方から送られて来た映像の件だ。第一レベルに相当する禁忌事項に間違いない。手遅れになる前に片付ける。ああそうだ。急いでな」
がちゃ。
受話器を置く音だけが、薄暗いエモトの私室に響いた。
◇
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