第4話 始動する蒼の巨体


 携帯コンロの上のフライパンに油が跳ねる。ミツヤはその上に卵を割って落とした。ジュウ、と音を立てて焼き上がっていく卵。


「それじゃフアラは、記憶喪失ってこと?」

「……そう、みたい」


 トレーラーの横に並べた折り畳みの椅子に並んで座ったミツヤとフアラは、朝食の準備をしていた。


「じゃあ、どうして空から落ちてきたのかも分からないんだ」

「……最後の記憶は、地面に落ちる前」


 ミツヤは缶詰の蓋に缶切りを突き立てながら、昨日のあの蒼い光を思い出していた。


「君の機体が青く光って宙に浮いてたのを見たよ。あれってどういう仕組み?」

「……分からない。ごめん」

「謝ることないけど、困ったな。空の向こうっていうんじゃ俺のトレーラーじゃ送ってやれそうにないし」

「あなたが、私を助けてくれたの?」

「ただあの機体から降ろしてベッドに寝かせただけだよ。大したことはしてない」


 焼けた卵を皿に移し、その皿に缶詰の肉を盛る。


「はい、フアラの分」

「……ありがとう」


 そういってフアラはミツヤから朝食の乗った皿とパン、そしてスプーンを受け取った。


「とりあえずゼネビルじいさんのとこにでも行ってみるかな。あのじいさんなら何か知ってるかもしれない。それに、フアラの着替えも買わなきゃ。今のままじゃ目立って仕方ないよ」

「……心配、いらない。食べ終わったら、すぐに行く」

「行く? どこに?」

「ファルアリトがあれば大丈夫。ミツヤは何もしなくていい」

「え、いや、ちょっと待てよ。まだ体だって本調子じゃないんだろ」

「これ以上迷惑、かけない。ヘルメット、どこ?」

「君が被ってたあれなら、多分コクピットの中だけど……」

「分かった」


 フアラは手早く朝食を食べ始める。ミツヤも自分の分を皿によそって、パンをちぎって口に放り込んだ。

 このままじゃフアラは本当にファルアリトとかいうSFに乗ってどこかへ行ってしまうんだろう。別に深く関わるつもりもないが、いまいち釈然としないミツヤだった。


 そしてミツヤがスプーンを卵の黄身に突っ込んだ時、荒野に激震が走った。


「な、な、なんだ?」


 思わず料理の乗った皿を取り落としかけたミツヤは慌てて立ち上がり、辺りを見渡した。


 遠くに、戦車らしき形状をした車両が見えた。その戦車は不釣り合いなほど大きな砲身を持っていた。恐らく先程の揺れは、その砲身が火を噴いたせいだろう。


『わーっはっはっは!』


 荒野中に響く笑い声。どうやらあの戦車から発せられているものらしい。


『泣く子も黙る荒れ地の王者、ウワナたぁ俺のことだぜ! そっちに獲物があるってことは分かってるんだぜ! このラガタンの主砲の餌食になりたくなけりゃ、さっさと積み荷を渡しな!』


 その台詞を最後まで聞くことなく、危機を察したミツヤは手早くコンロと椅子を片付けるとフアラの手を引いてトレーラーに飛び込み、そのまま急発進させた。状況の変化に目を白黒させるフアラ。


「ミツヤ、あれ、何?」

「ウワナって名前は聞いたことある。強盗まがいのこともやる悪名高い回収屋だよ!」

「……じゃあ、敵?」

「だろうね!」


 ハンドルを握ったミツヤは助手席にしがみつくフアラに怒鳴った。その横を戦車ラガタンの放った弾丸が掠めていく。その狙いは正確だ。弾丸が着弾するたびに、トレーラーが大きく揺れた。


「……ミツヤ、停めて」

「そんなことしたら狙い撃ちにされちゃうだろ!」

「じゃあ停めなくていい」


 そう言うとフアラは猛スピードで走るトレーラーの窓から身を乗り出し、運転席の屋根に上り始めた。


「わ、バカ、危ないぞ!」


 フアラは、屋根から荷台へ乗り移ろうというのだ。車を停めようにも今急停車してしまうと反動でフアラがどうなるか分からない。仕方なくミツヤは出来るだけまっすぐ、揺れが少ない運転を心掛けた。


 が、それが裏目に出た。ラガタンの放った弾丸が、ミツヤのトレーラーを先回りするように着弾したのだ。直線的な動きを読まれたのである。


 急ブレーキを踏んだ時には、すでにトレーラーは横転しかけていた。ミツヤはなんとかハンドルを立て直すとトレーラーを停車させ、運転席を飛び出してフアラのいるであろう荷台へ急いだ。


「フアラ!」

「……だいじょうぶだいじょうぶ。へーきへーき」


 フアラは荷台の縁に掴まるようにしてぶら下がっていた。ずいぶん揺さぶられたのだろう、その顔色は悪かった。


『今のは手加減してやったんだ。これ以上逃げるんなら、次は直撃させちまうよ!』


 先程のウワナの声とは違う、女の声が荒野に反響する。砲撃手のサナエだ。ラガタンとかいう戦車には、二人以上の人が乗っているみたいだ、とミツヤは判断した。キャタピラの音を立てながらラガタンが近づいてくるのが見える。


「ここにいたら危ない。逃げよう、フアラ」

「ファルアリトを狙うのは、敵。倒さなきゃ」

「でも相手は戦車だよ? 君のいうファルアリトには武器が付いてないじゃないか」

「ここにいるより安全。ついてきて」


 いうが早いかフアラは荷台に乗ったファルアリトに器用に飛び乗ると、あっという間に開きっぱなしになっていたコクピットの中へ体を滑り込ませた。


「どうなっても知らないからな!」


 あんな可愛い子と一緒に死ぬのも悪くないかもな、と思いながら、ファルアリトに被さる幌の留め金を外したミツヤもフアラを追ってコクピットに入った。


 トレーラーが動きを停めたのを見て、ウワナは操縦席の天井にある出入り口から、メガホンを片手に身を乗り出した。


『さあ、おとなしく出てきな! このウワナ様は心が広いからな、分け前くらいくれてやってもいいんだぜ?』


 メガホンで拡声されたウワナの声が荒野に響く。しかし、相手に反応はない。


『なるほどなるほど、だんまりってわけかい。痛い目に合わなきゃ分からねえようだな。サナエ、やっちまえ!』

『了解だよ、ウワナ様』


 回線が全開になっているのか、中の会話は外に筒抜けだった。まあ、筒抜けになっているからどうという話でもないのだが。


 ウワナが再び三人掛けのコクピットに引っ込み、ラガタンの砲身がトレーラーに定まる。


『さあガキども、覚悟するんだね!』


 そう怒鳴るサナエの声を聞いたファルアリトのコクピットのミツヤは、


「ま、まずいよフアラ。このままじゃ二人ともやられちゃうぜ」

フアラは操縦用のシートに座り、ミツヤはその傍らにしがみつくように立っていた。

「ファルアリト、硬い。あの程度の砲撃は、効かない」

「そうは言ったって、こいつが無事でもトレーラーがやられちゃ移動できないよ。ずっとこの狭いコクピットに乗っとくわけにもいかないだろ」

「……あっ」


 しまったという顔をするフアラ。どうやら本当に考えていなかったらしい。


「とにかくここを離れよう。トレーラーも一緒に攻撃されるのは困る」

「分かった」


 フアラはシートの左右についたレバーを握って動かそうとした。が、すぐにその動きを止めた。


「……フアラ、どうしたの?」

「忘れた」

「え?」

「動かし方、忘れた」


 フアラは横に立っているミツヤを見上げた。

 その顔は真っ青だった。

 ミツヤの背筋に冷たい汗が流れた――が、ミツヤはイヤな予感を振り払うように短く息を吐き、言った。


「仕方ない、俺が操縦する。代わってくれ」

「ミツヤ、出来るの?」


 フアラがミツヤの顔を覗き込む。


「男にはやらなきゃなんねー時があるの!」


 ミツヤは覚悟を決め、フアラと入れ替わるようにシートに座った。昔見たことのある作業用のSFを思い出しながら、正面のコンソールパネルに触れていく。その順番はほとんどでたらめで、今のミツヤの頭を占めているのはフアラの前でカッコ悪い真似はできないということだけだった。


「……ミツヤ、大丈夫?」

「大丈夫だって! 安心して!」


 その言葉は精一杯の強がりである。

 だが、そんなミツヤの姿勢が幸いしたのか、ファルアリトのエンジンが唸りを上げ始めた。

 ミツヤは内心で喝采を上げた。開きっぱなしだったコクピットが閉まり、周囲モニターが外の様子を移し始める。

 そしてコンソールパネルに付属するモニターに『ファルアリト』の文字が表示されるの見て、ミツヤは自信が沸いて来るのを感じた。だが彼はその時、『生体登録完了』という文字も浮かんでいたことに気が付かなかった。


「よし、行くぞ! 掴まってて!」

「う、うん」


 ミツヤは足元のペダルを踏みながらレバーを引いた。

 直後、幌を振り払いながら、ファルアリトの15メートルの巨体が立ち上がった。


「やった、動いた!」


 でたらめの操縦が成功し、思わずミツヤは喝采を上げた。そのミツヤをフアラは不思議そうに見つめる。


「……ミツヤ?」

「あ、いや、当然だよ、こんなの。見てて、あの戦車もどきを粉々にしてやる!」


 慌てて自分の言葉をフォローしながらも、ミツヤはファルアリトをラガタンと対峙させた。モニターが自動的に遠くのラガタンの姿をズームした。



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