第2話 ファルアリト、落下


 毛布にくるまり寝転がったミツヤは、自宅代わりにしている大型トレーラーの運転席の窓から夜空を眺めていた。


 今日の彼の仕事も上々。星の瞬きから落下地点を見事に割り出し、どの回収屋よりも早く資源を回収した。その鉄くずは明日ジャンク屋に売り渡すために荷台に積まれている。


 妙に目が冴えて眠れなくなった彼は、運転席の後部座席に設置したベッドから体を起こすと、外の空気を吸うためドアを開けた。夜の冷えた空気がミツヤの肺を満たしていく。


 ミツヤは運転席から降りて荷台に腰かけると、今日起こった出来事を思い返してみた。


 まだ誰も見つけていない、荒野の真ん中に落ちて来たばかり巨大な鉄資源。高熱を帯びているそれを荷台に積める程度に切断し、回収屋同士の取り合いに巻き込まれないうちにその場を離れる。そうして安全な位置を確保しながら、仲間に獲物の落下位置を連絡するのだ。我ながらいい手際だったと、ミツヤは自画自賛した。


 再び夜空を見上げたミツヤは、そこに輝く尾を引く星を見つけた。


「流れ星」


 呟いてみてから、それが流れ星ではないということに気づく。その星は燃え尽きもせずに地上めがけて落ちてきているのである。落下が予想できる地点は、ミツヤのいる位置からそう離れてはいないように見えた。


「……大物だ!」


 もしかすると今日手に入れた以上の獲物かもしれない。高鳴り始める胸をそのままに、ミツヤは運転席に飛び込み、トレーラーのエンジンをかけた。


「まだ誰も見つけてくれてるなよ……!」


 徐々に加速しながら荒野を駆けるミツヤのトレーラー。その先には、夜空を切り裂きながら地上へと近づきつつある物体があった。

 回収屋とは、時折地上へ落下してくる鉄資源を回収し、資源の再利用業者であるジャンク屋へ売り渡すことを生業とする職業である。


 ミツヤはまだ幼いうちに両親と離別し、回収屋の祖父に預けられた。その祖父も数年前に他界し、今では祖父の遺した大型トレーラーと共に落下してくる資源を探し求める日々である。


 ミツヤは頭上の落下物が、予想より速いことに舌打ちした。このままでは落下時の衝撃に巻き込まれてしまう。衝撃に耐えられるギリギリのところで踏みとどまるのが、長生きするコツなのだ。


 ミツヤはブレーキを踏んだ。急なブレーキにトレーラーの車体が軋む。と同時に落下物が地面へ届きそうになるのを見たミツヤは、慌てて座席の下に体を滑り込ませた。


 ……しかし、何秒経っても衝撃は訪れない。こわごわ体を起こし、強化フロントガラス越しに落下物を見たミツヤは目を疑った。


 未だ上空にあった落下物は青白い光に包まれ、先ほどまでの高速が嘘のようにゆっくりと落下していたのだ。それはまるで、蝶が風にのって舞っているようだった。


「なっ……? 空を飛べるのか?」


 思わずミツヤは呟いた。


 徐々に光を弱めた落下物は、光の収束に合わせて柔らかく地上に着陸した。その光景に見惚れていたミツヤは、思い出したように再びトレーラーを走らせ、落下物に接近していった。


 距離が縮まっていき、徐々に落下物の姿が明確になっていく。どうやら人型をしているようだ。それは、片膝をつくような形で地面に立っていた。


「やっぱり、ただの鉄くずじゃない……!」


 それがミツヤの最初の驚きだった。普通彼らが回収するのはぐずぐずになった金属の塊なのだ。


「SFなら人型ってのは納得できるけど、なんでそれが空から落ちて来たんだ?」


 ミツヤの頭に浮かんでいたのは、時々物好きの回収屋や金持ちが使っている作業用の人型重機であるSFの姿だったが、あれほどの質量をもったものが先ほどのように軽やかに宙に浮くというのは、彼には信じがたかった。


 人型の落下物の前にトレーラーを停めたミツヤは運転席を降り、恐る恐るそれに近づいて行った。


 蒼白い色をした体をもつその巨人が、どうやら人工物であるらしいということに、まずミツヤはほっとした。恐らくSFの一種であることは間違いないらしい。


 しかし、目の前の機体が見たことがない種類であることに変わりはない。


「もしかして、人が乗っているかもしれない」


 その事実に思い当たったミツヤは早速、コクピットがあると思われる巨人の腹部へよじ登り始めた。不思議とその装甲は冷え切っていた。


 まず足首から膝へ、そして太腿に当たる部分から、コクピットらしきでっぱりのある腹部へ飛び移る。巨人が膝立ちで停止していることも手伝って、それほどの手間もかからずにミツヤはコクピット部分と思しき箇所へ辿り着いた。


 ミツヤはすぐにコクピット周りに外部から操作できるようなスイッチの類はないか探し始めた。すると、出っ張りの上部にそれらしきレバーを見つけた。滑らかな機体の表面に足を滑らせながらも、なんとかミツヤはそのレバーに辿り着き、思い切り引いた。


 ぷしゅう、という空気が抜けるような音がして、コクピットのハッチが上下に分かれるように開き始めた。それが完全に開いてしまうのを見届けてから、ミツヤはハッチの上部にぶらさがるようにしてコクピットに足を踏み入れた。


 ぎょっとする。


 その座席には確かに人が座っていた。妙にぴっちりと体全体にフィットした独特のスーツと、頭全体を覆うようなヘルメット。それが宇宙線や対Gに抜群の性能を誇るパイロットスーツということを、ミツヤは知らない。

 浮き出る細い体のラインから女ではないかと思ったミツヤは、そのぐったりとした人影に近づいた。


 その人影の指先が動いたのは、その時だった。


 再びぎょっとしたミツヤは、弱々しく自分の方へ伸ばされたその手を思わず握った。スーツと一体になった手袋のかさかさした手触り。


 その時、光の加減で見えなかったヘルメットの中身がようやく見えた。女の子だ。


「あ、ちょ、ちょっと待ってろ、すぐに外してやるから」


 ミツヤは少女のヘルメットを掴み外そうとした。しかし、スーツと繋がっているのか、外れない。


 その時になってようやくミツヤは少女の首元にヘルメットの留め具があることに気づいた。慌ててそれを外し、そしてようやくミツヤは少女のヘルメットを外した。


 ヘルメットから解放された少女の長い銀髪が夜の風になびく。ミツヤは、なんだか甘い匂いがしたような気がした。


「あ……」


 ミツヤは言葉を失った。目の前に現れた少女の白い肌や唇、そして長い睫毛に見惚れてしまったのだ。


 その少女の瞳は、まっすぐにミツヤを見つめている。少女の唇が震える。


「……あなた……は……?」

「お、俺は回収屋のミツヤ」


 少女の消え入りそうな声に、ミツヤは反射的に答えていた。そしてようやく様々な疑問がミツヤの頭の中に浮かび始める。だがそれらを口にする前に、立ちあがろうとしてよろめく少女を支えなければならなかった。少女はミツヤに体重の全てをかけるように倒れ込んだ。ミツヤは彼女を再びシートに座らせながら、


「む、無理に動いたら駄目だ。君、名前はなんていうの?」

「フアラ……。ミツヤは、ネスト大連合の人? それとも、コスモ主義……?」


 シートに体を預けるようにしてフアラと名乗る少女はミツヤに問いかけた。そのどちらも、ミツヤには聞き覚えのない名称だった。


「俺はどちらでもない。君は、どこから来たの?」


 少女は何も言わず、力なく震える指で天を指した。


「空……?」

「うちゅう」

「うちゅう……?」


 フアラの言葉をそのまま言うことしか出来ない自分に、ミツヤは少し苛立った。


「ファルアリトを、帰さなきゃ」

「えっ」


 ミツヤが間抜けな声を上げるのと、少女の腕がずるりと垂れ下がるのがほぼ同時だった。そのまま横へ倒れ込んでしまったフアラを見て、ミツヤは慌てた。


 羽のように軽いフアラの体を抱えながら、ミツヤはフアラの言った「うちゅう」と「ファルアリト」という言葉を頭の中で繰り返した。そして、少なくともこんな狭いコクピットよりは、トレーラーの方がフアラも休まるだろうとも思った。



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