ファルアリトの閃光

抑止旗ベル

第1話 惑星アス周辺宙域


 惑星アスは、水の星である。


 豊かな自然と大地は人類の生命と文化を育んできた。


 やがて人類はより広大な生存域を求め、宇宙へ進出した。その人類の第二の故郷となったのが、半径数十キロの平べったい円形をした人口の大地、「ネスト」と呼ばれる居住空間だった。人々はそれらを中継地点に、より宇宙の深淵へと足を踏み入れていったのだ。


 しかし人の闘争の本能は、たとえ宇宙空間での生活を可能にするほど技術が円熟したとしても克服されることはなかった。惑星アスを象徴として崇めるコスモ原理主義と、各ネストが結びついて出来上がったネスト大連合の間でついに戦争が勃発したのである。その戦争は終わりを知らず、いつしか百年が経とうとしていた。



◇◇◇



『二番機、三番機は俺が輸送機に近づいたらフォーメーションを展開しろ。このまま接近する』

「了解」


 ネスト大連合所属のパイロットであるヤルフ伍長は小隊長であるユウ少尉の指示のもと、ペダルを踏んで自機のバーニアを吹かした。先頭の小隊長機の後をつけるように、二機の巨人が加速を始める。


 サピエンスフレーム―――通称SFと呼ばれる全長15メートルほどのこの巨人は、宇宙という広大な空間において人類が自らの手足の延長として用いている兵器である。ヤルフ達パイロットはSFの腹部辺りのコクピットに搭乗し操縦する。現在宙域を飛行しているこの三機のSFは角張った形状が特徴のネスト大連合の量産型SFで、『ウオリア』と名付けられていた。


 その三機のウオリアが目的の輸送艦の目前に迫る。輸送艦は識別コードこそネスト大連合のものを示していたものの、ユウ少尉以下の小隊が監視を務めるこのアス周辺空域の航路を通過する予定のなかった輸送艦である。さらに無線にも応答しないとなればこれは明らかに不審だ。そこに加えて本部から直々に偵察の任務が出たということは、何か面倒を抱えている輸送艦なのだということくらいは想像がつく。


 まったく、とウオリアの腹部コクピット内でヤルフ伍長はヘルメット越しに呟いた。


「こんなちゃちな輸送艦が戦略兵器でも積んでるって、『蜘蛛の巣』の連中は本気で考えてるのかよ……」


 この怪しい輸送艦の為に、仮眠をとっていたヤルフは叩き起こされ、そしてユウ小隊長と同僚のカークスと共に出撃する羽目になったのである。


『ヤルフ、聞こえてるぞ。俺が隊長じゃなきゃ今頃お前は営倉行きだ』

「す、すみません」


 ユウの言葉に慌ててヤルフはヘルメットの無線機能のスイッチに手をやるが、今更遅い。そもそも作戦行動中に無線をオフにするのは軍規違反であった。


 ユウの一番機、カークスの二番機、そしてヤルフの三番機は散開し、輸送艦を包囲していく。輸送艦は速度を緩めず、三機はそれに並走する形になった。


『こちらはネスト大連合所属、アス宙域第十三小隊だ。直ちに停止し、貴艦の所属を答えよ』


 輸送艦は停止する気配すら見せない。ヤルフは輸送艦のブースターをメインモニターに捉えながら、もし輸送艦を装った敵のスパイならさっさと投降してくれりゃ楽なのに、ということを考えていた。


『返答がない場合は貴艦を撃墜する許可も下りている。賢明な判断を―――』


 ユウが言いかけた時、輸送艦の右翼へ回っていたカークスの機体が爆発した。輸送艦の対空機銃が火を噴いたのだ。


「―――ッ!」


 咄嗟にヤルフは輸送艦から離れた。遅れて輸送艦の射撃がヤルフの機体を追って来る。


『連中やる気だ。ヤルフ、応戦するぞ』

「し、しかしカークスは!」

『お、俺なら無事だ! コクピットに直撃はしなかった』


 慌てたようなカークスの声が無線から聞こえたのにほっとしたのも束の間、自機を掠める対空砲火にラルフの体を戦闘の緊張感が走った。


『カークスは後方から援護。くれぐれも機体を誘爆させないようにな。ヤルフは俺についてこい。接近して叩く』

「了解!」


 彼らの会話が聞こえたのか、輸送艦はさらにその速度を上げた。このままいけばスペースデブリの暗礁地帯へ逃げ込まれてしまう。

 ヤルフはウオリアのフットペダルをいっぱいに踏み、機体を急加速させた。ユウ機はそのヤルフよりもさらに速く輸送艦へ接近していく。そのため、ヤルフのウオリアはユウ機の残した光跡を辿っていく形になった。


 ウオリアの腰部にマウントしてあった専用のライフルを右手に構えさせたラルフは、コクピット内のディスプレイに表示される照準器が輸送艦を捉えると、迷わず一気に引き金を引いた。命中。輸送機が煙を上げる。


 やった、とヤルフが心の中で喝采を上げたのも束の間、


『連中まさかアスに突っ込む気じゃないだろうな』


 無線が拾ったユウの呟きに正面モニターを見て見れば、たしかに輸送機は対空砲火を絶やさずに進路を変えつつあった。その先には惑星アスがある。


「でも隊長、輸送機じゃアスのアトモスフィールドには耐えられませんよ。途中で燃え尽きるはずです」

『馬鹿野郎、本来不可侵領域にあるアスに追い込んだ責任を俺たちに負わされてみろ、軍法会議ものだ』

「そ、それじゃどうします?」

『ここで落とすしかないだろう』

「しかし――敵の兵器が引火性のものだったら? 誘爆すると大変じゃないですか?」

『そんなものがアスに運ばれてもみろ、軍法会議じゃ済まなくなる』

「やるしかないってわけですね」

『その通りだ』


 前方のユウ機は輸送機の火線をかいくぐりながら更に加速すると、輸送機めがけてありったけのライフルを撃ち込んだ。しかし輸送艦は各部を誘爆させながらも止まろうとしない。そこへ、ヤルフの機体が追いついた。


「隊長!」

『撃て、ヤルフ!』


 了解、と答えるより早く、ヤルフの指は息も絶え絶えの輸送艦へライフルを打ち込むアクションをしていた。弾丸が吸い込まれるように着弾していき、今度こそ輸送艦は爆発四散した。破片が飛び散っていき、爆煙が漂う。


 ヤルフはため息をついた。ようやく片付いた。


『…………』

「どうしました、隊長?」

『いやに多い煙だと思ってな』


 モニターに映った爆発は確かに、輸送艦のそれにしては煙の量が尋常ではなかった。


「積み荷に誘爆でもしたんですかね?」

『さあな。爆発しちまったものは確認のしようがない。カークスを回収して帰還するぞ』

「了解」


 旋回し再び機体に加速をかける前に、ヤルフは何気なく背後を振り返った。

 人類発祥の星、アスが目の前で青く輝いている。遠近感のない宇宙空間では正確な距離を掴むのは難しいが、少なくとも手が届くように見えるあの星が、実際は遥か彼方にあるのだということくらいは、ヤルフは理解していた。


「いつか俺も、あそこに行けるのか……?」


 そう呟いたヤルフは、ディスプレイに映るアスの片隅に落下していく何かを見つけた気がした。


「……?」


 その箇所をモニターに拡大させる。しかしそこにはアスの青色が映るだけで、何も見えなかった。


「気のせいかな」


 きっと隊長が余計なことを言ったせいだ、とヤルフは思った。


『ヤルフ、何してるんだ。さっさと戻るぞ』


 ユウの声が無線を通じて響く。ヤルフはもう一度アスを眺めてから、機体を翻し、バーニアを吹かした。



◇◇◇

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