某日・最高幹部会議室

 初恋というものは、拗らせるとかなり面倒なことになる。

 それは自分とか、自分の名目上の上司でもあり相棒でもあり幼馴染である男を見ていればわかる。

 自分に関しては向こう、つまりは自分の女房は元々古い知人でかつ向こうから手を伸ばしてくれるタイプだったからまだマシだっただけで、そうでなければどうなっていたのやら。

 自分でさえこんななのに、幼馴染に関しては同級生だっただけでほとんど接点がなかったのだ。

 完全な一方通行、しかも相手からは怖がられていた。

 そんな初恋を二十年以上抱え続けた幼馴染は以前酒の席で『ここまで引きずるとは思わなかった』、『アレよりいい女がいなかった』と。

 元々人間と接するのを嫌がる性質なので、余計幼い頃の初恋を超える誰かと出会えなかったのだろうとも思う。

 話したことなんてほとんどなかったはずだ、関わったこともほとんどない。

 それでもこの、目の前で起こっている惨状を引き起こす程度には、好いていたのだ。

 この国の最上層部、政府の最高幹部が集う会議室は、血と肉片でごちゃごちゃに汚れていた。

 彼女の死から、約十年、アレから十年も掛かった。

 名目上は事故死とされていた彼女の死、その詳細を知ろうとした幼馴染は、謎の妨害を受けた。

 普通だったらそこで諦めるが、うちの幼馴染はその程度じゃ止まらなかった。

 再三に渡る勇者候補への着任令を『面倒』の一言で蹴っ飛ばすような滅茶苦茶な奴である、むしろなぜ上層部はあの程度でなんとかなると思っていたのか。

 妨害を受けた幼馴染は絶対に何かあると自分や部下その他を巻き込み、彼女の死の原因、それを突き止めようとした。

 彼女は最高幹部の一員ではあったとはいえ、数いるうちの一人だったし、しかも末端の方だった。

 だからよほどのことがなければ、その死因が隠されるのは、不自然で。

 そういうわけで色々と探ってみたら、どうにもきな臭い。

 きな臭いだけでなく、どうやら何かを掴みかけたらしい仲間の一人が何者かに殺害されたり、自分達の隊そのものに圧力がかかったり、訳のわからないいちゃもんみたいな冤罪を着せられそうになったり。

 最終的に隊ごと潰されかけたので、反旗を翻して隊ごと反社会組織になったのが、四年くらい前の話。

 その頃には政府側に何かとてつもない『悪』が潜んでいることは明白だったので、こちらも汚い手やら武力行使を使って、ようやく。

 ようやく、答えに辿り着いた。

「つまり……」

 血まみれの幼馴染が、数少ない生き残りに声をかける。

 生き残りはひいと悲鳴をあげた、その老人の喉を引っ掴んで、幼馴染は声を荒げることなく淡々と問いかける。

「十年前に当時の勇者候補が引き起こした心中事件、その動機となる密命をあの勇者候補にテメェらがして、後になってそれに反発したあいつを、お前らクソ共が粛清のために殺した、と?」

 首を掴まれた状態で生き残りが必死に頭を縦に揺らす。

「…………くっだらねえ」

 そう呟きながら、幼馴染は手のひらに力を込めようとしたので、止めた。

「まだ殺さない方がいい。目撃者だろう? 見ていたのなら……」

「わかってる。水鏡ので記憶を写せばそれで確実に確定。……それ以外のクソ共の所業は……」

 背後から軽い足音が、振り向くと星形のメガネの男が笑っているんだか泣いているんだかよくわからない顔で走ってきた。

「たいちょー、たいちょ、ありましたよ。書類だの記録表だの命令の記録だのいろんな証拠が。完全完璧にクロ、まっくろけっけ。十年前の例の事件以外にも、色々、ちょーたくさん……これまでの厄災の何割かが意図的な人災だったっていうのは、ガチっぽですねー。あーあー、こいつぁ暴動が起こるぜ。革命だ下克上だ、上層部のクソ共をぶっ飛ばせー……まったくひっでぇ話だ、いやほんどまじで、まじでやばい」

 最終的には真顔になった星形メガネはキョロキョロと辺りを見渡し、部屋の右側に力無く倒れている太った男を指差した。

「あの辺、殺してもいいですか? 八つ当たりってか仇撃ち? オレの姉が殺されたのも、今カノがひっでぇ目にあったのも、そいつらのせいだったみたいなんで。ねえねえ? いいでしょう?」

 狂気に染まった星形メガネに、幼馴染は無言で首を横に振った。

「ええー、なんでぇー? たいちょーだけいいとこどりってずりぃじゃないですかー、オレにも復讐の機会をくださいよぅ……ずっとここまであんたを信じて忠実に付き従ってきた、カワイイ部下のカワイイお願いじゃねぇですか」

「お前の女に『殺させるな』と脅された。殺させたらてめえを殺す、ってな。あんなの敵にもならんが、加減はできないから……わかるな? これ以上の泥沼は嫌だろう? 俺も可愛い部下の可愛くない恋人を殺したくはない」

 星形メガネは幼馴染の言葉に大きく目を見開いて、数秒後に深々とわざとらしく溜息を吐いた。

「オレのかわい子ちゃんがそう言ったのなら仕方がない、諦めますわー」

 星形メガネはそう言いつつ、軽い足取りで太った男の前に移動して、その右手を思いっきり体重をこめて踏み潰した。

「じゃあ、今はこれで我慢しときますねー。このっ、このっ……おらぁ!! ……うーん、ショック死とかしたらめんどいんでこいつはこの辺で、おっしゃ次!!」

「おい馬鹿。手ェ潰すんだったら拘束手伝え。そろそろ水鏡を使う、電波ジャックの方はどうなってる?」

「へぇーへぇーわかりましたよ。手足ふんじばって魔力封印すりゃオーケーっすか? 電波ジャックは順調に終わってて、さっきから連れてったお偉いジジイと一緒に証拠の品やらなんやらを色々映してる最中でぇ……にっひひひひ……テロって国のてっぺんの施設占拠して電波ジャックで生放送って、ガチでマジもんの悪者みたいでたのしーっすね、オレちょっとワクワクしてきた」

「まあな」

「今、国中が大混乱に陥ってるみたいですよー。そりゃーそーだ、今まで自分達が信じてきたこの国の勇者奇譚、それの半分近くが自作自演で、厄災すら用意されたものだってそんな証拠を突きつけられたらねー……オレのかわい子ちゃん、大丈夫かな、うっすら察してはいたみたいだけれども……すっごく心配、多分ってか絶対泣いてるし、早く帰らなきゃ」

 そう言って、星形メガネは完全に表情を消して、その場にいるクソ共の拘束を開始した。

 自分もその作業に取り掛かる、もう死んでる奴の方が多かったので、すぐに終わった。

 通信機で水鏡を呼ぶと、すぐにきた。

 カメラ係その二である上野もカメラを抱えてやってきた。

「それで? どのあたりを再生します? 『質問』すればその辺り全部うつせますけど」

「まずはあいつを殺したその時のことを。それが終わったら最新から順に厄災任命の場面を……あいつのは、流すな」

「了解。では、『質問』させていただきますね」

 水鏡が質問を連ねると、恐怖に歪んでいた老人の顔は虚になり、その頭上にゆっくりと水の鏡が形成されていく。

 水の鏡は、やがて小さなノイズとともに老人の記憶、つまりは十年前、幼馴染の思い人を殺した、その当時の風景を映し始めた。

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