閑話 弟妹
夕食後、お父さんとお母さんに話を聞いてみることにした。
「お父さん、お母さん……お兄ちゃんがその……殺してしまった人のことって、本当に何も知らなかったの?」
一瞬の間の後、わたしは二人から罵倒された。
知らないと言ったはずだ、親の言うことが信じられないのかこのバカ娘。
要約すると、そんな内容だった。
だからわたしは首を横に振ってこう答えた。
「信じていないわけじゃない。けど、わたし達にもお父さん達にも、どうしてお兄ちゃんはあの人のことを話してくれなかったのか……って思って」
嘘だった、本当は知っているんじゃないかと疑っていた。
だってこの二人があの人のことを知っていたのなら、きっと汐ちゃんが言った通りに。
「と、突発的に通りすがりの人を殺したとか、そういうんじゃないと思うの。多分、ある程度交流があった人、だったんだとおもう……ねえ、お父さん、お母さん、いまさらのように気付いたけど、そういえばお兄ちゃんって……友達とかそういう……大事な人のお話は、ほとんどしてくれなかったね。……わたし達だけだったのかな……お父さん達は、何か聞いたことある……?」
何が言いたい、と聞かれた。
この二人はきっと、お兄ちゃんのことを盲目的に信用していた。
きっとわたし達なんかよりも、ずっと。
だからきっと信じられないのだ、信じられないから目を背けている。
最強で最優の勇者候補であるべきお兄ちゃんに、あんなふうに人を殺してしまう悪意や衝動があったことを。
わたしだって信じられない、信じたくない。
それでも家族だから、きっとお兄ちゃんをあそこまで追い詰めてしまった一端はきっとわたし達にもあるはずだから、それを理解して、何か償いをすべきではないかと思うのだ。
死んでしまったお兄ちゃんにはもう何もできないけど……それでも墓の前で見当違いの後悔や罵倒をしたり、追い縋るよりもまともな言葉を言った方が、まだ浮かばれる気がする。
だから、拙いなりに言葉を連ねる。
「お兄ちゃんは……すごく優しくて、何でもできて、いつも大丈夫だよって笑ってくれて……でも、それって結構疲れることだったんじゃないかなって、それでもお兄ちゃんがずっとそうだったのは、疲れてることなんて一切わたし達に教えてくれなかったのは……そうしていいって思われるような信用を、わたし達全員に持っていなかったからだったんじゃないかって、思って……だから、大事な人のことも、話してはくれなかった……そういうことだったんじゃないかって、思ったの」
頬をぶん殴られた。
意識が一瞬飛んだと思う、身体もぶっ飛んだらしく、いつの間にか床に転がっていた。
そーちゃんが叫んでいる、もうやめろと
――そういう時ってご両親に対して『やめろ』って言うのが普通では?
いつだったか大事なお友達に言われた言葉、あの時はそんなことないよって答えたけど、本当はどっちが正しいのだろう?
わたしは多分今、言ってはいけないことを言っているし、考えるべきではないことを考えている。
この家でお兄ちゃんは絶対、それ以上にお母さんが絶対で、お父さんはさらに絶対。
だから、わたしみたいな出来損ないがその絶対を疑うことは、本当は許されないのだけど、そのままだと前に進めない。
一生お兄ちゃんの本当のことに一歩も近づけないまま、ただ理不尽に混乱して、時が過ぎるのを待つだけだ。
そんなのは、いやだ。
わたし達に笑ってくれたお兄ちゃんがたとえわたし達のことが本当はものすごく大嫌いだったのだとしても、それでもお兄ちゃんがわたし達きょうだいを助けてくれたその事実は、何一つ変わらない。
だからやっぱり、ちゃんと向き合うべきなのだ。
嘘で塗り固められていたとしても、わたしはわたし達のことを助けてくれたあの人に、せめて何か報いたい。
きっと自己満足以外の何でもないのだろうけど、それでも。
お兄ちゃんが本当はこの家に苦痛を抱いていたというのであれば、それを全部隠して笑っていたというのなら、今はせめてその苦痛を、少しでもいいから理解したい。
盲目的にお兄ちゃんの綺麗な部分だけを信じずに、そういう綺麗なところしか見せられないような状態に追い詰めてしまった、わたし達の罪を、自覚すべきなんだと思う。
わたしとそーちゃんは頭のいいお友達のおかげで少しだけ前に進めた、だけどこれはわたし達だけの問題じゃない、残った家族全員で向き合うべき問題だ。
だからわたしは禁忌を口にすることにした。
「だって! だってだってだって!! あんなふうに殺して!! あんなふうに死んじゃった後も絶対に離れないように呪いで互いの体を縛り付けて!! 最後は互いの身体が区別できなくなる灰になるまで燃やしちゃうくらい、絶対に離れたくなくて、すごくすごく好きな人だったってことでしょう!! ……ねえお父さん、お母さん、お兄ちゃんがもし、そんなふうに大好きな人がいるって教えてくれたら……二人はその好きな人のことを受け入れていた? 違うんじゃないの? 勇者候補に恋人なんて不要とか何とか言って、無理矢理別れさせたりしたんじゃないの……!? そういうふうに思われてたから、お兄ちゃんはなんにも話してくれなかったんじゃないの!?」
一瞬、耳が痛くなるくらいの沈黙が世界を覆った。
今の言葉に、果たして幾つの『罪』が含まれていたんだろうか?
わからないけど、きっとこの家の全員がバラバラに吹っ飛びかねない爆弾発言だったとは、自分でも思う。
果たしてどんな反応が返ってくるのか。
身体が再び吹っ飛んだ、痛い、けれどこの程度なら予測範囲内、この程度なら慣れている、だから……
「……え?」
転がってしまった身体を起こしたら、頭が真っ赤なそーちゃんが、床に落ちていた。
待って、顔の大きさがおかしい、頭が小さすぎる、というかあれ? 形もおかしくない?
「そーちゃん……?」
手を伸ばす、見たくない、身体に力が入らない、それでも床を張って、気づきたくない、違う違う違う違う違う。
そーちゃんのあたま、うえはんぶんない。
つぶれてる、ほねっぽいのもとびちっている。
「…………あ」
その瞬間に、自分がかばわれたことに、ようやく気付いた。
本当だったらいま、頭が潰れているのは自分であるはずだった。
けれど、そうなる前に、そーちゃんはわたしを突き飛ばして、かわりにあたまをつぶされてしまった……という??
なにこれ、わかんない。
しずかなこえで、おとうさんがこのできそこないがといいました。
ちまみれのおおきなこぶしがふりあげられて――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます