証言・加害者の弟妹の友人、あるいは被害者の知人、あるいは第一発見者の妹

 元々、猫被りなのとヤンデレさんなんだろうなとは予測してたんですけどね。

 あなた達のお話を聞いて、予測がさらに酷い形で的中してしまったと思いましたよ。

 ……本当は、せめてあなた達くらいには多少隙を見せられる人だったら、もうちょっとマシだったんだろうな、と思います。

 家族にすらそこまで自分のいい面しか見せていなかったのなら……そりゃあ何かしらのきっかけがあればああなるでしょうね、うん。

 ……どうして私がそう予測していたかって? いつも通りのアレですよ。

 そう、呪術師のカン、というやつです。

 これは誰にも内緒にしてほしいのですけど、実は事件発生してから割とすぐ、こっそり事件現場に忍び込んだんですよ。

 ……ちょっとした禁術使ったので、絶対内緒でお願いしますね?

 そうしたら呪いの残り香がベッタリと。滅茶苦茶に濃い呪いの痕跡が、めっちゃくちゃにはっきりと。

 というかまだなんとなく残っていますよ、あの路地裏。

 呪いそのものは見られなかったので詳しいところまでは見切れなかったんですけど……まあどんな感じの呪いだったのかとか、呪いをかけた術者がどんな人間だったのかとかを分析する程度なら……まあ、割と簡単でした。

 そうですね、結構すごい呪いでした。すごいっていうか、めちゃくちゃにえぐい。

 私が人でなしじゃなじゃったら、多分吐いてました、もしかしたら泣いちゃってたかもしれませんね。

 ……なんです? 本当のことだからそう自称してもいいじゃないですか。私は人でなしの外道、そういうことにしておいたほうが色々都合がいいので。

 あー、もう……兄さんみたいなこと言うのはやめてくださいな、今はどうでもいいでしょう。

 ……いえ、普通の呪術師なら時間を掛ければ解けたと思いますよ、私も多分普通に。

 けど、実際に呪いを目にして『解こう』と思えたかどうかは微妙です、そういう意味でえぐかったんですよ、あの呪い。

 呪いというものは普通の魔術と比べると、術者の感情が色濃く反映されやすいものです。

 そもそもは恨みや妬みに魔力を乗せてみたら偶然効果が発揮されたナニカを『呪術』として発展させていったものだから、当然と言えば当然ですけど。

 あの路地裏に残されていた呪いには、その『感情』がものすごく濃かったんです。

 ……そうですね、一番濃かったのは『執着』でした。

 絶対に離すものかと、これは自分のものだという強すぎる執着、一人の人間をひとかけらも余すことなく自分のものにしようとする、ベトベトでドロドロの、感情。

 次に濃かったのは……強いて言うのなら『恋情』でしょうか? ただ恋情と表現するにはあまりにも暗くて重苦しい……あああ自分の語彙力……この程度じゃ伝わり切らない……!!

 それと『憎悪』も。あらゆる存在に向けられた鮮烈な憎しみと、それから絶望と諦観……

 一体何があれば、たった一人の人間があそこまでの呪いを、感情を抱え込むのか……

 ……つまりまあこんな感じです、私の拙い言葉では表現しきれなかったので、今の話の……百倍くらい酷い感情だったと、思って貰えば。

 ええ、だから私はこう思ったわけですよ、おねーさんを殺したこの男、とんでもないヤンデレだ、って。

 ヤンデレって言葉ですら軽いですけどね、なんかもうあれは……もっと重苦しくて、もっと悍ましい……

 ……私は呪いに関して嘘は吐きません、二人しかいないお友達との大事なお約束なので。

 解釈間違いは起こりうるかもしれませんが、今回に関しては私、結構気合入れて解析しましたからね、多少は違っているかもしれませんが大筋は外れていないはずです。

 ああ……解こうとは思えないかもしれないって言ったのは……まあ要するに『引き離したらぶっ殺す』って言う感じの念がぷんぷんしてたからです、私ですら一瞬怖気付きかけました、この私ですら、です。

 まともな呪術師なら触らぬ神に祟り無しと全力で避けたくなるような……呪術に疎い方でもカンがよければ『こいつはやべぇ、てぇへんだ』と尻尾巻いて全力で逃げ出すような、そういう悍ましすぎる『ナニカ』でした。

 ……あなた達のおとーさん、ひょっとしなくても呪いに疎すぎるお方なのでは? よく触ろうと思いましたね、……そんな呪いが染み込んでいる上に塗り込められていたであろうお二人の遺体を。

 いやまあそれは彼らの遺体を回収した警察の人とか、その後二人の遺体を調べたであろう鑑識の人にも言えることですけど……まあそういう方達はプロですし。

 ……無理矢理にでも引き離そうとしたら、灰になるまで燃えてしまう呪い、正確に言うと判別がつかなくなるまで混じり合い、死した二人が引き離されないようにする、呪い。

 他にもまあ色々と、いっぱいあるのでそれは全部割愛しますね。

 それと、あれらの呪いは特に……犯人の血族に対して強く働くようになっていました。

 彼が抱えていた『憎悪』は、とりわけ血族、特にご両親に強く向けられたものであったようです。

 だから、あんな憎悪を向けている家族相手に、欠点なんて一つもない聖人みたいな人間を演じ切ったというのなら……

 そんなの、猫被りの天才としか、言いようがないでしょう?

 ……ええまあ、嫌っていたんだろなって思いましたよ。

 だって、勇者候補としての完璧な子を求められているだけじゃなく、おかーさんのヒステリーの対応して、家事やらなんやらをこなして、歳の離れた弟妹を二人も面倒見させられて……そんなの滅茶苦茶疲れるに決まってますし、それを強要してくるような人達を好きになるわけないじゃないですか。

 ……そんな顔しないでくださいよ、まあショックだったとは思いますけど。

 それでも、時間がもったいないので先に進みましょうか。

 私がこの事件の犯人であるあなた達のおにーさん、鎖倉劍に関して考察した人物像はさっき言った通り、表向きは聖人だけど、実際は家族にすら自身の本性を明かさない究極の猫被りで、ヤンデレでかつ家族、特に両親を憎悪しているという二面性のある人、です。

 その辺りを踏まえた上で今回の事件の概要、そこからおさらいしましょうか。

 まず、七月某日に事件発生、図書館付近の路地裏で、犯人である鎖倉劍が何らかの事情で十塚桜を惨殺し、その後被害者と自身に幾重にも渡る呪いをかけた上で、犯人は自殺。

 呪いにより二人の遺体は固着され、引き離せない状態になっていた。

 その後二人の遺体を発見した中学生達が警察に通報、中学生達はこの二人を図書館近辺にある公園でよく目撃しており、うち一人は被害者の両親が営む菓子屋の常連であったため、この時点で被害者の身元はほぼ断定していた。

 その後、周辺に落ちていた荷物から被害者が十塚桜であることがほぼ確定、警察から両親に連絡が行き、身元の確認が行われた。

 対して、犯人の身元はその時点では一切不明、身元を証明するものが一切発見されなかったため、魔力検査が行われた結果、勇者候補である鎖倉劍であると断定され、両親に連絡がされた。

 ……ここで二人の遺体の状態について、いくつか補足しましょう。

 二人の遺体は呪いで固着していました、引き剥がせば何らかの呪いが発動するのは確実で、その時点で呪いを解くのは不可能だったそうです。

 なので透視によって遺体を確認したところ、犯人には喉に深い切り傷があり、その傷によって失血死したと特定されました。

 対して被害者の遺体には損傷が多すぎて死因の特定はほぼ不可能、数箇所に殴打痕、首には絞められた跡がくっきりと残っていた上に……心臓や目などいくつかの部位が抉り取られていた。

 ……このくらいは知っていますかね? それじゃあ、抉り取られた部位が、どこにあったのかはご存知です?

 …………正解は、犯人の胃の中。

 犯人の口は血で汚れていて、胃には人間の肉と骨が詰まっていたそうです。

 この辺の情報もまあ……やっぱり危ない橋を渡って手に入れた情報なので、絶対秘密でお願いしますね。

 ……犯人はたった二人のお友達のおにーさんですし、被害者はお世話になった人なので……どうしても、知っておきたかったんですよ。

 補足おしまい、犯人の両親により犯人が鎖倉劍であると特定、その後犯人の両親が二人に遺体を引き剥がそうとしたことで呪いが発動、二人の遺体は骨すら残さず灰になるまで燃え尽きた。

 事件の概要は……とりあえず、ここまででいいですかね、その後世間で起こった騒動とか、被害者両親が殺害されてしまった事件は、とりあえず割愛します。

 では次に、何故こんな事件が起こってしまったのかを、私なりに推測したことをお話し……してもいいですかね?

 いえ……そういえばそもそもおにーさんのことを教えてもらう代わりに十塚のおねーさんのことを教えるっていう話だったので……探偵でも警察でもないただの呪術師の私の不正確な推論を話すのは……ちょっとどうなんだろうかと思いまして。

 間違ってる可能性の方が高いですし。

 ……そですか、なら話します。

 それでは……何故事件が起こってしまったのか、拙いですが私が考えた推論をお話ししましょう。

 その前に、一度私の立ち位置を明確にしておきましょうかね。

 実は私……知ってると思いますけど地味にこの事件に関わりのある人間でして、それも複数の立ち位置で。

 まず一つ目はあなた達の友人、つまり犯人の弟妹の友人。

 二つ目は十塚のおねーさんの知人、つまり被害者の知人。

 ……そして三つ目、佐藤千鶴夫の妹、つまり第一発見者の妹。

 この三つの立ち位置と、現場に残された呪いの残り香から……あれ? ……えっ、うそ知らなかったんです? すみません、知っていると思ってました。

 そうですよ、あなた達のおにーさんと十塚のおねーさんの遺体を発見して、警察に『公園でよく見かけるバカップルが死んでる』と通報したのは、私の兄とそのご友人一行です。

 すみません、知ってるものだと、隠してたわけじゃないんです本当です。

 ……と、いうわけでまずはうちの兄が何故この二人のことを『バカップル』だと思っていたのか、その理由からお話ししましょうか。

 まず、うちの兄は図書館付近にある公園でご友人一行とよく駄弁っているのです。

 そしてその公園には、ほぼ毎日、午後三時頃になるとふらりと現れる男女二人組がいました。

 そうです、その二人組が今回の事件の犯人と被害者であるあなた達のおにーさんと十塚のおねーさんです。

 それでほとんど毎日、同じ公園のベンチに並んで座って、おやつを食べていたそうです。

 ……さっきゆーちゃんが、おにーさんが誕生日に誰かから貰った手作りクッキーを食べていた、って言ってましたよね。

 そのクッキーを作ったのは十中八九十塚のおねーさんでしょう、むしろ違ったらそっちの方が変です。

 というのもこの二人が食べていたおやつっていうのは、十塚のおねーさん持参のタッパーに詰められたクッキーやらカップケーキやらの焼き菓子類だったそうです。ごく稀にクーラーボックスでアイスとかゼリーとかを持ってきていたこともあったそうですよ。

 私も十塚のおねーさんが作ったクッキーを貰ったことがあるんですが……滅茶苦茶、ものすごくおいしかったです、流石菓子屋の娘。

 ほぼ毎日食べてたらしいおにーさんが羨ましいです、絶対胃袋掴まれてたに違いありません。

 と、まあ女子が毎日せっせと作ったお菓子を男女二人きりでほぼ毎日一緒に食べているとかいう恋人じみた行動をしている割に、会話はほとんどなかったそうです。

 稀に話していることもあったそうですが、兄達は二人の会話の内容を全く知りません。

 何故ならその会話は、昏夏語……つまりは今から千年ほど前に滅んだ文明で使用されていた言語でされていたからです。

 ただ、声の調子や様子は伝わってきました、被害者はいつも淡々と、犯人はいつも機嫌悪そうに。

 楽しげな雰囲気や甘ったるい空気は感じられなかったそうですが……気やすさ……信頼しあっているような感じが、雰囲気で伝わってきたそうです。

 ……なんにも知らない兄が、この二人は当たり前のようにずっと一緒にいるのだろうと、思ってしまう程度には。

 兄はしばらくの間、被害者となってしまったその少女が、妹……つまり私の行きつけであるお菓子屋さんの娘さんであることを知らなかったそうです。

 ただ、何年か前にお店で手伝っているのを見て、ああ三時にいつも来るあの人は、ここのお店の娘さんだったのか、と。

 ……兄が……兄とそのご友人達があの公園に通い出したのは、だいたい三年くらい前からだったそうですが、その頃にはもういた、と。

 つまり少なくとも三年、あの二人は行動を共にしていたことになります。

 それで……反対に、犯人となった少年の素性に関しては、事件が起こった後に知ったそうです。

 いつもパーカーのフードを目深にかぶっていて、おやつを食べていない時はマスクもしていたので、そもそも顔をまともに見たこともなかったそうです。

 そんな少年に対して、うちの兄はこんな印象を持っていたそうです。

 無愛想でガラが悪い、偏屈っぽそうで陰気、それできっと人間嫌いの陰キャ、捻くれ者のどこにでもいる年相応の少年。

 兄はお年頃の少年なので、勇者候補のことは普通に知っていました、ちょっと憧れていた時期もあったようです。

 強くてかっこよくて優しくて、いつも綺麗に笑ってて、いろんな人から愛されていた、勇者候補のことを。

 だから、そんな印象とは正反対のその少年が、あの勇者候補であるなんて分かるはずもありません。

 そう、全くの正反対。

 あなた達二人がわたしに聞かせてくれたような優秀さ、優しさ、聖人じみた天才という要素は、公園にいた時の彼には全くなかったことになります。

 では、どちらが彼の本性で、本来の姿だったのか。

 ま、普通に考えれば公園での姿が彼の本性でしょうね、人によく見られるために自分を装う人はごまんといますが、逆はそうそういないでしょうから。

 ……要するに、ですよ。

 あなた達のおにーさんは、十塚のおねーさんには自分の本来の姿、最強最優の勇者候補である天才ではない姿を、そのまま曝け出していたんです。

 その姿を晒しても問題ないと思う程度には信用し、親しみのある関係だったのでしょう。

 ……私が思うに、彼はおそらく、勇者候補としての自分を演じることに、強烈なストレスを持っていたのだと思います。

 それでも彼は勇者候補としての自分を演じ切った、世間だけでなく、家族さえも騙し切ったんです。

 ……家って普通に生活の拠点じゃないですか、そこで自分の本性を油断せずに隠し通すって、結構な苦痛だったと思うんですよね。

 家が嫌いで、家がストレスな人なんていっぱいいると思いますが、大抵はその嫌悪感を多少なりとも晒します、隠し通す必要がない人もいれば、隠し通せない人もいて、きっとそれが普通なのでしょう。

 だってそれってものすごく疲れるじゃないですか、元々嫌いなのにそれを隠して笑ってるとか、すごい嫌でしょう?

 けれど彼は違った、聖人みたいな自分を貫き通したんです。

 そんな人がですよ? そんなふうに疲れ切っているであろう人が、その疲れを一切感じる必要がないくらい自分の本性を晒せる人がいるのであれば……

 執着するに決まっているでしょう? 縋りついて縛り付けて、絶対に逃さない。

 十塚のおねーさんがおにーさんの正体を知っていたのかは分かりません、ひょっとしたらおにーさんは勇者候補である自分の正体を隠して全く別の人間のふりをしておねーさんのそばにいたのかもしれません。

 ……とはいえ、十塚のおねーさんなら知ってても全然気にしなそうですけどね、あの人、本当に昏夏関係以外はどうでもいい人だったんで。

 ……ああ、そうだ、ちょうどいいのでこの辺でわたしが知っている十塚のおねーさんについてお話ししておきましょうか。

 まずはお菓子屋さんの娘さんです、お菓子屋さんの子なだけあって、お菓子作りは大得意、甘いお菓子は食べ飽きたと言ってしょっぱい系の焼き菓子をよく作っていました。

 ……チーズとか入ってる系の、そういう感じのですよ。

 美味しいですよ、滅茶苦茶美味しいんです。

 そして、昏夏……千年くらい前に滅んだ時代に関する全てにおいて天才でした。

 昏夏に使われていた言語はもちろん、当時使われていた魔術、文化や歴史に関する知識を、滅茶苦茶持っていたんです。

 要するに、筋金入りの昏夏オタク。

 図書館とかにある昏夏に関する書物を片っ端から読破とかしてたみたいですね、具体的にどの程度すごい人だったのかは知りません、ただ間違いなく天才であったのでしょう。

 禁忌指定なもの以外はほぼ全部知ってたんじゃないかと思いますよ、あの人。

 とは言っても興味のあることには全力出すけど、それ以外には全くやる気がわかないタイプの人だったので……昏夏関連以外のことは全然わからない人だったみたいです。

 学校の成績とかも割とギリギリだったみたいですよ?

 ……え? 私に似てる? ……私は別にあの人ほどすごくはないのですが……まあ似たような系統ではあるな、とは思います。

 そんなふうに天才だったので、おねーさんは小学生の頃に昏夏関連の研究をやっている国の研究室、その室長から直々にスカウトされたそうです。

 それで、中卒でその研究室に入るっていう話もあったそうですが……ご両親の意向で一応高校卒業くらいはしておこうって話になったそうで、高校生やってました。

 でもやっぱり成績悪かったみたいですね……赤点はギリギリ回避してたらしいですけど。

 性格は……なんて言ったらいいんでしょうね……無愛想というには人の話はちゃんと聞く人で……自分勝手という割には突拍子のない問題を起こすわけでもなく……口数は少なくて、それでも思ったことをそのまんま空気を読まずに言い切ってしまうような……そんな感じの人です。

 でも基本的に自分からすすんでお話しする人ではなかったですね、何か話しかけられたらそれにはしっかり答えてくれる人ではありましたけど……

 悪い人ではありませんよ、悪意とかそういうのがあんまりない人で……というか多分、お人よしの類でしたね。

 それで興味のあることにはいつだってアクセル全開、それ以外のことなんてどうでもいい、って感じの人でした。

 暴走機関みたいなところがある人ですが……何というかあんまり他人に被害を及ぼさない人でしたね、何故か。……とはいっても将来的にはなんかとんでもないことしでかしそうな感じはありましたね。

 でも悪意を持って何かをしでかすっていうよりも、自分の興味関心知識欲を満たすために色々やってたら、なんかとんでもない大事件を引き起こしてたってタイプです。

 でも基本的におとなしい人でしたよ、落ち着いているっていうか。

 結構大人びた方でしたが……ところどころですごい隙があるっていうか、すごい子供っぽいなあって思ったらこともあります。

 こういう感じの人だったから、あなた達のおにーさんは十塚のおねーさんと一緒に居続けたのかもしれませんね。

 興味のないことにはどうでもいいくせに、話しかけられればそれにはちゃんと答えてくれる人。

 あの人の前では勇者候補だろうとただのその他大勢の人間、勇者候補だからと崇めることも過度な期待を向けることもなく、興味もない。

 どうでもいいと思いつつ、他者を排斥するような人ではなかったので……結構居心地がいいんですよね、あの人と一緒にいると。

 ……と、おねーさんに関して話せるのはこの程度です。

 そういえば、話し始める前にこんな質問をしましたっけ、あなた達のおにーさんと十塚のおねーさんのどっちが『悪かった』のか。

 私は普通におにーさんの方が『悪かった』って思ってます。

 おねーさんは人に殺されるような悪意のない人で、特別危険な人ではなかったので。

 知識はいっぱい持ってたけど、魔術とかの才能はあんまりなかったんですよね……そうですね、あなた達にわかりやすくいうと、呪いの知識だけある私くらいしか危険度はないです。

 え? それでも十分やばい? そんなわけないじゃないですか、だって呪いのことを知ってるだけで使えないんですよ? 無害に決まってるじゃないですか。

 ……とにかくそんな感じなので、たとえば世間で言われている陰謀説、おねーさんが洗脳やら魔術的な何かでおにーさんを意のままに操ってあの事件を引き起こしたっていうのは、絶対ないです。

 というかですよ? 逆にあなた達に問いますが……貴方達のおにーさんは、他者に簡単に操られるよう人だったんですか?

 例えばおねーさんが昏夏関連の何かを使ってお兄さんを意のままにしようとしたとして、抵抗できないほど弱い人だったんですか?

 おにーさんは、おねーさんが好き勝手にできるくらい不出来な人だったんですか?

 こう言っちゃなんですが、あの人昏夏関連とお菓子作り以外は本当になんの才能もない人だったので。

 魔法とかもあんまり使わない人でした、よく使うのもお菓子の保存魔法とか、アイスが溶けないように威力の弱い冷凍魔法とかを使ってた程度で……

 昏夏関係の呪物の解析手伝ってもらった時も、術式に書かれてた昏夏語の翻訳をしてもらっただけで、それ以外はなんにも。

 それだけの人だったんです、私はあの人のそういうところが好きだったけど、正直言って人に好かれたり愛されたりするような感じの人ではないです。

 本当に無愛想っていうか、興味ないことには無頓着なので。

 ……まあ、だからこそそういうところを憎まれ嫌われ殺された、っていうんだったらあんまり違和感はないんですけどね。

 でもまあなにがあったにせよ……あの事件の犯人は貴方達のおにーさんで、おねーさんはただの被害者だったのでしょう。

 この辺りを踏まえて、何故事件が起こってしまったのかを考えてみましょう。

 あなた達のおにーさんが、おねーさんを殺したその理由、原因。

 真っ先に思いついたのがいわゆる痴情のもつれ。

 喧嘩するなり何なりして、突発的に殺してしまったパターン。

 おそらく計画性はほとんどなかったんじゃないかと思います、事前に計画してたもっと人目につかないところで犯行に及んでいたでしょうから。

 ……もしくは、そんなところに移動する暇がなかったか、元々計画自体はあったけど感情に支配されて突発的にその辺の人目につきにくいところで殺ってしまったのか。

 ……後はそうですね、なんらかの外的要因によって、そばにいられなくなったからそれが許せず殺してしまったとか。

 ……あなた達のおとーさん結構支配的でしょう? おかーさんも癇癪持ち。

 もしもその二人が、もしくは一方が、おにーさんが日中修行もせずにただの菓子屋の娘と駄弁っていたということを知ったら……滅茶苦茶にキレ散らかしそうじゃありません?

 他にもおにーさんの信者の人におねーさんの存在が知られたとか、なんか原因になりそうなことは他にもいっぱいありそうですが、まあそんな感じの何かしらの原因で、おにーさんとおねーさんが一緒にいることが難しくなったとしましょう。

 おにーさんにとっておねーさんは唯一本性を晒せる人で、付き合いやすく居心地のいい人だったはずです。

 ですが昏夏以外に興味も関心のないおねーさんはおにーさんがそばにいようがいまいが、きっとそんなに気にしなくて。

 おにーさん以外の誰かが近寄ってきたら、その人のこともおにーさんと同じように受け入れるのでしょう。

 ……そして、おにーさんはそれが絶対に許せなかった。

 おねーさんを殺してしまう程度には、許せなかった。

 あの呪いに込められた重苦しい執着がその証拠、他者に絶対に奪われまいと縛り付けて、自分だけのものにしようとした。

 この二パターン以外にも何かあるかもしれませんが、今思いついているのは今のところこれだけです。

 どちらにせよ、おにーさんにとっておねーさんは唯一自分が心を許せる……絶対に喪ってはいけない存在であったことはほぼ間違いないのでしょう。

 だから彼は、その喪失に耐えきれずに自ら命を断ち、ついでに死後も自分達が離れぬようにその身体を喰らって、呪いで自分達を縛り付けた。

 死後も離れたくなかったから何重に呪いをかけて、最後は灰になって混じり合った。

 ……私の推測は、こんなところです。

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