某日・とある少女の部屋
決して解けない方程式を放り込まれてフリーズした機械のように、そーくんはうんうん唸っていた。
そんなに難しい質問を投げかけたつもりはなかった、別に直感的に答えてもらってもいいのに、何故そんなに迷う。
「なんでそんなに迷うんですかね」
「今のは汐ちゃんが悪いよ。あんな質問簡単に答えられるわけないじゃん」
ゆーちゃんがそんなことを言って口を尖らせる。
「わたしだって、お兄ちゃんの方がすごいって言いたよ? 言い切りたいよ?? でも汐ちゃんって呪いだけなら最強じゃん。最強っていうか、超ものすごいプロフェッショナルじゃん……滅茶苦茶すごいの知ってるから、そう軽々とお兄ちゃんの方がすごいって言っちゃだめな気がする……」
「うーん、そんな真面目に考えてくれなくてもよかったのに……ま、そういうことなら答えは出さないでいいですよ。ちょっとした参考程度ですから。その様子だとあなた達のおにーさんが日常的に呪いを使ってたってことはなさそうですね……そですか、そんなひとがあんなものを」
「うーん、お兄ちゃんが呪いを使ってたところは見たことないし、話にも聞いたことないなあ……」
そーくんの方を見ると、無言で首を横に振られた。
つまり、そーくんもおにーさんがどんな呪いを使えたのか、どの程度の力を持っていたのかを知らなかった、と。
「りょーかいです。ふむ、だいぶ見えてきましたよ……ええ、おにーさんについて他に何かあります? 武勇伝的なエピソードではなくて、できれば日常的なお話を……そーですねえ、そういえば家にはどのくらいいました? 放課後とか、お休みの日とか」
「そんなこと聞いてなんになる」
「いやあ、ご家族とどのくらい一緒に過ごしてたのかなとか、ちょっと気になりまして……」
聞くまでもないような気もした、多分それほど家にはいなかったのではないだろうか?
「……平日は大体夜に帰ってきてた、休日も朝から夜までいないことの方が多かった」
「ちなみに外出時に何をしていたのかはご存知で?」
「修行と……あとは仕事だって言ってた、勇者候補関連の」
「ふむふむ……なるほど、なるほどぉ……ちなみに帰ってきたあとはどんな感じでした?」
「基本は部屋で勉強してたよ」
「ほうほう。じゃああんまり時間を取ってご家族と団欒していたわけではないってことであってます? そですね、これだと曖昧ですので質問を変えましょう……おにーさん側からあなた達やご両親に、自らすすんでコミュニケーションを取ろうとしていたことって、どのくらいありましたか?」
そう問いかけると、そーくんは少し考え込んで、そのままの姿勢で固まってしまった。
仕方なくゆーちゃんの方に視線をやると、そーくんとおんなじ顔で固まっていた。
「そういう顔をするってことは、心当たりがほとんどないってことですかね?」
そう問いかけると、二人揃って苦虫を噛み潰したような顔で首を縦に振った。
やっぱりそうなのか。
この二人のおにーさんに関する人物像は、ある程度固まってきた。
この時点で私側の話をしても、きっと何も問題はない。
それでも、私はもう一つだけ聞きたいこと……いいや、物申したいことがあるのだ。
きっとかなり不快な思いをさせることになるだろう、ひょっとしたら絶縁されるかもしれない。
それでも私は言うべきなのだろう、きっととても遅すぎた言葉なのだろうけど、それでも。
「それではもう一つ、気を悪くするだろうことを承知で聞きます。仕事の方は目撃者もいたでしょうからまあいいです……おにーさんが実際に修行をしていた証拠ってあります?」
「兄貴が修行をサボっていたと?」
「ええまあ。とはいっても修行なんてしなくても噂通りの強さを保てたなら別にそれで良くないです? ……そうですね、ちょっと質問が悪かったです。あなた達はおにーさんが修行と称していた事が具体的に何であったか知っています?」
「それは……」
「……やはり、知りませんか。ふむ……つまりおにーさんは修行の具体的な詳細を何も言わずともあなた達や、あなた達のご両親に『何やってるのかはよくわからないけど、兄ならきっとものすごいことをしているに違いない』と勝手に思われる程度には信用されていたってわけですね。悪くいうと、盲信されていた」
「…………あ?」
「だってあなた達、おにーさんのことで何か疑ったことないんじゃないですか? よくないことをやってるとまではいかなくとも、何か都合の悪いことを誤魔化しているなって思う瞬間が、今まで一度もなかったんじゃないですか?」
「……」
「今更いってもどうしようもありませんが、本当にそうであったのならあなた達はその在り方を少しでもいいから変えた方がいいと思います。全幅の信用なんてただの盲信です。……多少は何かしら疑わないと、何一つ気付けない……だからあなた達はおにーさんの悪いところ、欠点を一つも知らないんです」
「……兄貴には、そんなものはなかった。お前相手でも怒るぞ、兄貴は天才だった、それで……!!」
「いいところしかなかった、だなんてそれこそ本当に盲信です。欠点のない存在など、この世に一つもないのですよ」
「この……」
「それでもあなた達があなた達のおにーさんに欠点なんて一つもないと信じ込んでいるのは……単純におにーさんがそういうところを隠すのがとても上手だったということだったのでしょうね。一緒に住んでいる家族にさえ心を許さず、理想的な自分を演じ切った……よくそんな生き方が十六年も続いたものです、感心します」
「……」
「そんな顔しないでくださいよ、なんだってそんな頑固なんですあなたは……じゃあいいです一つわかりやすい例を出しましょう……唐突ですが、三年前のことを覚えていますか?」
「は?」
「私はちゃんと大丈夫だって言いましたよ、何度も何度も、別に平気だって、この程度なら何一つ問題ないって……普通に呪いまみれで死にかけてたくせに、見栄張って笑って誤魔化したんです……けどあなた達は私を全く信じず疑って、それでお節介に手を伸ばして……結果私は死なずに済んだ上に、一生できないだろうと思っていたお友達を二人もゲットしたわけです…………それと同じことを、なんでおにーさんにはしてあげなかったんですか?」
「…………は?」
「……あの時私は抱え込んでいた呪いをあなた達にそれぞれ一割ずつ肩代わりしてもらいました。……一割でもかなり苦しかったでしょう? その約十倍の呪いを抱え込んでいた状態の私が、どれだけ歪であろうと笑みを浮かべて大丈夫だと言えたんです……呪いしかない、それ以外になんの価値もない私にできたことが、『天才』であるおにーさんにできないとでも?」
「……」
「私がさっき言った『疑う』ってこういうことですよ。……ポジティブに言い換えると『心配』とでも言いましょうか……そうですね、随分と遠回しにチクチクと意地悪なことを言い続けましたが……結局言いたかったのはこれだけです。なんでこんなどうしようもない私を心配して救ってくれるような本当にどうしようもないお節介のお人好しのくせに、どうして私なんかよりもずっとずっと大事なおにーさんのことを、一つも心配してあげなかったんですか?」
「…………手厳しいな」
「はい、外道の人でなしですので。あと実はちょっとだけ失望してました。ちょっとだけですけどね……まああなた達が百パーセント悪いってわけじゃないのでそこまで気落ちしないでくださいな。……どちらかというと、あなた達みたいなお人よしのお節介に『心配など不要』と完璧に思い込ませたおにーさんがやばいお方なので」
「人の兄貴をヤバいとかいうな、ばか」
「ふふ、この程度でばかといわれるのなら、この先もっと酷い罵倒をされてしまうかもしれませんね……まあいいです、十塚のおねーさんの話をする前に、あなた達の話とその他の情報から得たことをまとめて、私が感じたおにーさんの人物像を簡単に。何かの参考になれば幸いです」
そう言ってから改めて二人に向き合った。
二人とも酷い顔だった。
それでもきっと言ったほうがまだマシなのだろう、そのほうがきっと停滞はしないだろうから。
「そうですね、極力短く言うのであれば、とてつもなく優秀で人当たりのいい好青年……を、完璧に演じる究極の猫被り、です。多分本性はどろっどろのヤンデレさんだったんじゃないかな、と」
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