証言・加害者の弟
そういう話なら、そりゃあ被害者であるその人が『悪』だった……とオレは思っている。
兄貴が理由もなく人を殺すわけがない、それもあんな……あんな酷い方法で。
だからその人は兄貴があそこまでしなきゃならない『悪』だった、きっと滅茶苦茶にものすごい大悪党だったに、違いない。
……ただ殺すだけでは済まない何かが、きっと何かがあったんだ!!
そうとでも思わないと頭がおかしくなる……犯人が兄貴じゃなきゃ、オレだって……
何度考えてもわかんねえんだよ……なんで兄貴があんなことしたのか……
そもそも本当にあれは兄貴の仕業だったのか? 真犯人が別にいて、兄貴はその真犯人に……
いいや、それこそありえない、あの兄貴がそう簡単に殺されるわけが……!!
……じゃあ、なんで?
なんで兄貴なんで、なんであんななんでなんでなん……
…………悪かったな、取り乱した。
それでなんだったか、きょうだいとして知っていること……だよな。
そうだな……まずは、とびきり優秀な人だった。
ああいう人を天才というんだろうな、文字通り兄貴はなんでもできた。
なんでもはなんでもだよ、本人は「なんでもはできない」って謙遜してたけど、できないことなんて……あったとしても、ほとんどなかったんじゃないかと思う。
運動も勉強も、魔術も武術もいつだって一番。家事全般も普通にこなしていた、ってか正直言って専業主婦やってる母さんよりもずっとずっと上手だと思ってる。
……なんで家事もできることを知ってるのかって? うちの母さん、時々ヒステリックになって家事を放り投げることが度々あって……その度に兄貴が色々と、完璧に。
手伝おうとしてもニコッと笑いながら「大丈夫だから自分のことをしていていいよ」って。
……そういうふうに、色々と一人で背負い込んでしまう人だったのかもな、今思うと。
母さんがヒステリーになった時も一人で家事を引き受けて、母さんの愚痴を何時間も聞いていたこともあった。
……オレらは兄貴と比べるとすごい不出来だからさ、頑張っても頑張っても無駄になることの方が多くて……そういう時に、父さんの母さんも滅茶苦茶に怒ってさ。
そういう時にいっつも庇ってくれたよ、兄貴は。
……呪いオタクでそれだけに特化してるお前とオレらを比べても意味ないだろうがよ、バカ。
つーかお前の方が何十倍もすごいから、逆に惨めになるからそういうこと言うのやめろ。
……兄貴と比べたら、オレらなんて出涸らし以下だ。頑張っても頑張っても人並みのことしかできない、その先には辿り着けない。
……大変、だっただろうよ。
そりゃあそうだ、最近になってやっと気づけたけど、兄貴は大変なんて言葉では済ませられないくらい、いろんなものを抱え込んでいた。
父さんの期待に答えて、母さんの我儘を聞いて、不出来なオレらを庇って、他にも色々。
……好きなだけ蔑め、赤ん坊の頃からそれがオレらにとっての当たり前だったから、兄貴って実はかなり苦労してるんじゃないかって思えるようになったのは、つい最近のことだ。
だって、当たり前みたいな顔で、大したことないよって笑うから。
辛くも苦しくもなさそうな顔で、簡単なことを簡単にこなすように。
笑ってたんだ、いつだって、大丈夫だよって、お前らは何も心配しなくていいよって。
母さんがよく話してたんだけどさ、兄貴、オレらが生まれたばかりの頃、ずっとオレらの面倒見てくれてたらしくて。
母さん、ずっと体調悪かったらしくてずっと寝たきりで、父さんはずっと仕事で……
歳、確かにちょっと離れてるけどさ、六つ……六つくらいしか変わらないんだ。
そんな子供がさ、赤ん坊の世話するとか……それも二人も世話しつつ家事もこなしてたとか、やっぱりおかしい、よな?
……だよ、な。兄貴すげえとしか思ってなかったけど……やっぱり、おかしい話だったんだ、おかしいって思わないとダメだったんだ。
……かもな、きっとそっちの方がいい。
美化されただけの、ちょっと大仰になった思い出であるのなら、そうであってくれた方が……
言っても仕方がないな。
……ほか、か。
そういえば兄貴にはいろんな話を聞いてもらったけど、兄貴の話は……実はあまり聞いたことが、ないな。
すごい魔物を倒しただとか、滅茶苦茶な極悪人をとっ捕まえたとか、そういう武勇伝じみた話はよくせがんでいたが……それ以外の、学校での出来事とかそういう日常的なことは、ほとんど。
……ああ、だからオレは……兄貴が殺したその人のことを、全く知らない。お前は? ……やっぱりないか。
それどころかそういえば、友達とかの話も一つも聞いたことがない。
……流石にそれはねぇよ、ぼっちのわけないだろうがオレらの兄貴が。
うぐ……聞いたことは確かにないが、それでもぼっちとかそんなわけ……
……お前みたいに変人じゃないし、お前みたいに倫理観がおかしくないから、そんなわけ。
あ?
…………そういう人じゃねえよ、そうじゃなかった、違う、それは絶対違う。
おわっ!? んだよ急に大声出して。
……ああ? 誕生日に手作りクッキー? そりゃあそのくらいもらうだろうよ、兄貴だぞ?
……そんなに嬉しそうだったわけ? しかも「誕生日だからと頼んで焼いてもらった」って。
くれなかったって、別にそれなら……いや、確かにいくらお前が物欲しそうな顔してたとしても何も言う前にわざわざ「これはだめ」とか釘刺すような人じゃ……
…………つまりそのクッキーの人が、兄貴が殺した人である可能性が高いのか。
菓子屋の、娘だったらしいからな。
お前、他になんか覚えてることないのか?
……それだけ、か。
オレ? あったらとっくに話してる、というかオレはそのクッキーの話だって初耳だ。
……出来ること? 兄貴はなんでもできたよ。
呪い……呪いに関しては……悪いがよく知らない。
やろうと思えば出来る人だったとは思うけど、実際どこまでできたのかは……気にしたことなかったな。
呪いに関してはお前がいたから、なんかわかんないことがあってもわざわざ忙しい兄貴に質問しなくても解決してたし。
お、う……お前と、兄貴……どっちが……呪い限定ってことならおま……いやあにき……いやでも……う、うぅ……
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