某日・とある一軒家の一室

 最近兄が凄惨な事件を引き起こしたという同級生二人は、目に見えてやつれていた。

 顔色も悪いし、呪われていないくせになんかものすごい呪いを掛けられた人みたいな雰囲気を醸し出しているので、なんかすごく嫌だった。

 それでも仕方がないと諦める、なんせ起こった事が事なので。

 それで顔色悪いどころか二人して顔面に大アザ作って登校してきたので、なんか色々心配になって強制的に自分ちに引き摺り込んだ。

 家には誰もいなかった、ちょうどいいと思いつつ紅茶を入れて、大したお菓子はなかったのでおやつがわりに冷蔵庫の底に何故か埋まっていた魚肉ソーセージを発掘し、部屋に持っていった。

「はい、お紅茶と魚肉ソーセージですよ。ガムシロも持ってきたので、甘さは好きなように調整してくださいな」

 そう言いながら自分の紅茶にガムシロを適量入れる、何故か二人はドン引きしているような顔をした。

「な……なんで、魚肉ソーセージ……?」

「いい感じのお菓子がちょうどなかったんですよねえ……いつもは行きつけのお菓子屋さんの焼き菓子がストックされているのですが……まあちょっと色々ありまして」

 そう言いながら魚肉ソーセージのフィルムを剥く、ちょっと失敗して先端が割れてしまった。

「それで、どーしたんです、その顔。二人揃ってソレは流石にびっくりしましたよ」

「…………お、お父さんに」

「それは、おにーさん関係で? それとも、別の理由で?」

 おずおずと答えたゆーちゃんにさらに聞いてみると、そーくんが機嫌悪そうに「お前には関係ないだろう」と。

「そですね。関係ないです。でも、これでもお友達なので、やっぱり心配です。普通に痛々しいです。そういうの見てるとこっちまで辛気臭くなるんで、どうにかしてくださいな」

 多分無茶振りなんだろうな、と思いながらそう言うと、そーくんは私の顔をぎろりと睨んだ後、勢いよく立ち上がった。

「帰る」

「つれないことを言わないでくださいよ。お話ししたいことと、聞きたい事があるのに」

「どうせくだらないことだろ」

「くだらなくはないですね。……ご存知です? あなた達のおにーさんが殺したおねーさんのご両親、殺されてしまったんですよ」

 当然知っているものだと思っていたのだけど、どうも知らなかったらしく双子の兄妹は愕然と目を大きく見開いて、私の顔を見た。

「え? え……? なっ、なんで!?」

「あなた達のおにーさんの熱狂的なファンの人が『勇者候補さまが死んだのはお前らの娘のせいだ!! よくも!!』って感じだったらしいですね」

 少し前に両親や、大人達が隠れてコソコソ話していた事を盗み聞きして知った事だった。

 ニュースにもなっているけど、この二人は多分そんなニュースを見ることすら許されていなかったのだろう。

「……なんでお前がそんなことを知ってる?」

「基本は盗み聞き。あとはニュースとか」

 そう答えると、そーくんは疑り深い顔で私の目を睨む。

 けど本当のことなのでその目をただ見つめ返す。

 舌打ちしながら目を逸らしたそーくんは「話したいことってのはそれだけか?」と。

「いえ、少々情報交換をお願いしたくて。あなた達にも損はないと思いますよ」

「情報交換? 何を?」

「私、あなた達のおにーさんが殺した……被害者であるおねーさんのご両親がやってたお菓子屋さんの常連だったんですよね」

「えっ!?」

「それで、おねーさんとも顔見知りです。というか去年手に入れた呪物の解析を手伝ってもらったこともあるんですよ」

「…………は?」

 双子の兄妹はポカンと口を開けて、呆然と私の顔を見ている。

「まあ、そんなわけで……あの人のことはなんとなく知ってたので……やっぱり気になるじゃないですか、なんであんなことになっちゃったのか。……だから、あなた達のおにーさんのことを教えてください、私も知っている限りのことを話すので……それで『答え』に辿り着くことはないのでしょうけど……それでも、分かる範囲のことは、知りたいんです」

 そうお願いしてみたけど、二人は黙り込んだままだった。

 やっぱりダメかと思って、半ば諦めて魚肉ソーセージに喰らいついたら、そーくんの方が口を開いた。

「本当に、知っているんだな?」

「……知っていますよ、顔見知り程度ですけどね。けどテレビで語られているような根拠のない妄想なんかよりもずっと詳しい話ができるはずです」

「兄貴のことを知りたいっていうのは?」

「テレビでのおにーさんしか知らないので。あんなの脚色ばっかでしょう? きょうだいであるあなた達が知っている、あの人のことを私は知りたいんですよ」

 とはいえ、その話がどんなものになるかなんて見えすいているような気もするけど。

 それでも判断材料にはなるだろう。

 家族の前でも彼は『勇者候補さま』を貫いていたのか、家族にすら心を許さない孤独な人だったのか、そうでないのか。

 もうしそうだったのなら、きっとその孤独を埋めたのは……

 そーくんは少し考え込んだあと、ゆっくりと口を開いた。

「なら、話すから教えろ」

「ありがとうございます。それではまず、あなた達のおにーさんについて、きょうだいとして知っていることを教えてください。私の話はその後で……多分その方が、私があなた達の地雷を踏まずに済むので」

 この双子が自分達の兄をどのような存在なのかある程度理解していないと、自分はこの二人のことを激昂させるようなことをきっと軽々と口にするのだろう。

 聞いたところでそれはきっと変わらないのだろうけど、それでも踏みとどまろうという気は起こりやすくなるだろう。

 そーくんは私の目をジイっと見つめてから、仕方なさそうに溜息をついた。

「わかった……けどその前に一つだけ……兄貴が……ころした、その人は……その、いわゆる『悪女』だったのか?」

 そんなことを聞いてきたので、思わず面食らった。

 けれどテレビでも勇者候補を誑かした悪女に違いないみたいな意見が主流らしいので、これは仕方がないだろう。

 だからしっかりと首を横に振って、答える。

「いいえまさか。他人に無関心な昏夏オタクでしたよ」

 悪女だなんてとんでもない、人を誑かすとかそういうのとはまったく持って無縁で……けどそういう無欲で無関心な性格のせいでとびきりやばい人に懐かれそうな、そんな人だった。

「それと、こちらからもあらかじめ一つ質問を。あなた達のおにーさんが心中事件を起こしたその原因は不明ですが、どっちが『悪かった』と思いますか?」

「悪かった、って……」

「十塚のおねーさん……被害者のおねーさんが殺されるべき『悪』だったのか、それともあなた達のおにーさんがただの普通の人を殺した『悪』だったのか、というお話です。世論的にはおねーさんが『悪』だったっていう憶測が多いですけど……お二人はどっちだったと思います?」

 そう問いかけると二人は息を呑んでから、互いに顔を合わせる。

 目配せした二人はほとんど同じタイミングで頷いて、そうして口を開いたのは、双子の兄の方だった。

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