証言・第七研究室室長
今から、四年くらい前の話になる。
そうだな……あの子がまだ十二歳の、小学六年生の子供だった頃の話だ。
学生時代の古い友人がさ、『うちの子の学校の自由研究の展示で見かけたんだが、これおまえの専門じゃないか?』って画像付きのメールを寄越してきたのが、あの子の事を知ったきっかけだった。
その画像には、大きな模造紙が写っていた。
模造紙にはやっつけみたいな汚い字で……半分以上が昏夏語で書かれた、昏夏に使用された兵器のまとめが書いてあった。
防ぐ術は一つしかないと言われていた空間破壊のラーズグリーズ、あらゆる存在を強制的に狂戦士に仕立て上げたというサングリーズ、国一つを枯らした魔力吸収装置のヘルハ……そう、かの有名な傭兵団・戦乙女の標準装備と言い伝えられている兵器に関する資料だった。
字は汚かった、けれど子供が作ったにしてはあまりにも良くできた資料だった。
ついでに半分以上が昏夏語で書かれていた、しかもそっちで書いてあることの方が物騒な内容で、よく見ると用紙の端っこに『下級生にはショックが大きそうな内容は昏夏語で書いています』って昏夏語で注意書きが書いてあってな?
まあ十中八九子供本人じゃなくてその両親とか祖父母とか、親戚やらなんやらに手伝わせたんだろうなって、その時は思った。
そうだとしてもここまで普通に昏夏語書けるような人材は貴重だから、その資料を提出した子を通じてその何者かをうちにスカウトするのもありだなって、思ったんだ。
それで学校側にうちの研究室の名前使って、偶然この自由研究のことを知った、大変素晴らしくよくできた資料なので、是非この資料を作った子に会ってみたい、って。
それで学校を通じてあの子を紹介してもらったんだ。
そしたら初っ端であの子から『あなたが研究室のお偉いさん? 初めまして』って。
そうなんだよ……わかって当然だろうって顔で最初っから昏夏語喋ってきたんだよあいつ……
その顔を見て思ったよ、この同世代の子供と比べてもきっと小さいのであろうこの少女こそが、あの資料を作ったんだって。
それで話を聞いてみたらその通りで、知識の深さにも、昏夏語を流暢に話すことにも、すごく驚かされた。
これは逃しちゃならない人材だって思った、大きな魚どころじゃない、もっとでかい何かだ。
あ……
いや、今更思い出したんだが……あの子があんまりにも流暢に昏夏語話すから、その理由を聞いたんだ。
普通に声に出して読み上げた方が覚えやすかったから、とも言ってたんだが、確かあの時……『話せる顔見知りが一人だけいて、そいつとたまに話してるのも理由かもな』って。
その誰かが誰だったのかとか何者だったのかは聞きそびれちまったが……誰だったんだろうな……
まあいいか、とはいえもしあいつと同じくらい話せる誰かがいるんだったら、うちに来てもらえればちょっとは仕事が楽になったかもな。
……と、余談は置いといて、とにかくそんな感じの天才だった。
しかも何かの義務感とかそういうので昏夏について研究してるんじゃなくて、純粋に楽しみだけで色々調べまわってるタイプの奴だった。
そういう手合いは扱いが難しいが、でもそういう輩が歴史的な偉業を達成しやすいっていうのはよくある話で。
うちで、この研究室でいいところを伸ばして、倫理に背かない程度に好き勝手させたら、絶対面白いことになると思ったよ。
だから即座にスカウトしたいところだったんだが、まだ小学生だったからな、流石にそれは無理な話で。
だから、そこまでできるんだったら中卒でうちに来ないかって聞いたら、『えっ、マジでいいの?』って、『好きなことばっかやってお金稼げるんだったら最高じゃん、絶対行く』って。
そんな感じでファーストコンタクトは終了、その次はご両親も交えて面談を。
ご両親はまだ小学生の我が子が国の研究室から直々にスカウトされたっていうんでかなり驚いてはいたが……でもまあ確かにうちの子ちょっと度が過ぎたところがあるからなあってなんとなく納得している感じはあった。
その頃はあの子が「中学卒業したら研究者になっていいんだって、なっていいよな」って言ってて、ご両親の方は結構悩んでたみたいだった
でも結局中学二年生くらいの頃だったかな『研究一本なのもいいけど、もう少しだけ見聞を広める……ってか、常識を知れっていうか……なんか青春っぽいことして欲しそうな雰囲気があったっていうか、あと研究者になって落ち着いたら一人暮らしする計画があっさりバレたりしてやんわり反対されてるから、やっぱり高校通うことになりそう』って言われてな。
それで結局中学卒業後はうちには来ずに、高校に通うことになったってわけだ。
家から近いからっていう理由で地元のどこにでもありそうな普通の高校に通ってたが……実は一回だけ国立の……そうその高校勧めたことがあるんだよ、あそこは特別クラスがあるだろう? 才能のある学生を集めてその分野をさらに磨くってクラス。
……は? そう、だったのか……あの勇者候補が。
じゃあもしあの子があの高校に行ってたら、同級生だった可能性が高いのか……
けどまあ結局そっちは遠いからって理由で却下されたんだがな、遠くの学校でなんかやるよりはできるだけ自分が好きにできる時間を確保した方が有意義だって思ったらしくて。
……ああ、将来うちに来てもらうつもりだったから、何かと進路相談とかしたり、学会の研究発表の資料とかで見せられるやつは見せたり、ちょいちょい。
そうそう、続きがあるなら読みたいって言われて『蝶のブローチ』の続編二冊を貸したこともある。
……おれだってあれを読ませていいものかとは思ったよ、でも読みたいって言うから。
本人は喜んでいたよ、最終巻の『蝉と孔雀』が特に気に入ったみたいで……雑貨屋とか色々探して見つけた蝉と孔雀のピンバッジを鞄につけたりしてたらしい。
他にもたまに、何冊か。
それにうちにも何度か見学ってことで来たことがあっただろう? お前も『ちっちゃい、かわいい!!』て言って絡んでたよな。
……あんま気にしてなかったっぽいから大丈夫だぞ、不便だとは言ってたが『小柄なのはその通りだから、そのことに対して何言われても響かない、事実だし』って言ってた。
ああ、でも可愛いっていうのは言われ慣れてなかったらしくて、ちょっと困惑してた。最終的に『大人から見た子供はだいたい可愛く見えるんだろう』って結論付けてたっけな。
……まあ容姿は整ってた方だとはおれも思うが……仮にお前が言う通りあの子がモテてたとしても、一切気にしてなかっただろうな。
不審者かあ……話には聞いたことはないが……確かに狙われそうだよなあ、基本的にぼーっとしてるし。
……ぼーっとしすぎて不審者に気付かないタイプか……それはないと言えないところが怖い。
露出狂とかに遭遇しても一瞥するだけで特に気にせず通り過ぎそうな奴だったからな、あの子……
そうなんだよ見てるこっちが不安になるくらい抜けてるところがあったんだよ……!!
ご両親はさぞ苦労しているのだろうなと思ってたよ、うん。
常識がないっていうわけじゃないが、危機感がスコンと抜けてる感じだった。
世間を甘く見ているというか、悪い意味で人の善性を信じているというか……
……なんだかんだ言って、あれで結構なお人よしっぽかったからな。
苦労を知らずにすくすく育ったお子様というか……人の悪意や理不尽に鈍感というか……
……ああ、それはご両親にも聞かれたんだがな、犯人の少年に関しては何も聞いたことがないよ。
それらしき話は、一つも。
…………ああ、そうだな……あの子からご両親以外の誰かの話を聞いたのは、多分その昏夏語が話せる誰かのことだけだ。
仮にその『誰か』が犯人の少年だったとしても……いや。
……はは、もしそうだったのなら、おれ知ってたのか。
ちゃんと知る機会が、あったかもしれないのか。
聞いてみればよかったなあ……それが誰なのかを聞いてれば、それで……それで。
悪い、気を遣わせたな、そうだな……考えても仕方ないし、この辺りで話は切り上げようか。
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