閑話 両親
様々な人から娘と、娘を殺した犯人についての話を聞いてみたけど、犯人が何故あんな凶行に及んだのかは結局分からずじまいだった。
それでもあの二人がどんな関係だったのかは、少しだけわかってきた。
恋人同士だと思われる程度には親しく見られるくせに、特にそれらしきことは一切せずに淡々とただそばにい続けたらしいあの二人のことを。
娘は基本的に昏夏第一、昏夏関連の何かをしている時が一番楽しくて、それを邪魔する要因は基本的に嫌悪する。
だからきっとあの犯人は多くを語らず娘のそばに居続けたのだろうと思った、というか多分そうじゃなかったら娘は全力であの犯人を避けていただろう。
まだあの子が小さかった頃、半泣きで駄々をこねながらまだここにいると図書館の本棚にしがみついていた事を思い出す、昔っからああいう子なのだ、そういうところはずっと変わらない。
とりあえず、時系列順に何があったのかを、帰ったら一度整理しようと思う。
完全に塞ぎ込んでしまった夫はその話を聞いてくれるだろうか?
あの子があんなことになったというだけでもうダメだったのに、その上、店まであんなことになってしまったから。
勇者候補という存在は、世間から本当に愛されていたのだろう。
壊れたものはかろうじてなかったし、従業員にも怪我はなかった。
それでももうきっとしばらくは、店を再開することはできないだろう。
自分は何かをしていないと気が狂いそうだったから、今日は一日娘とあの犯人に関する情報を集めていた。
第一発見者の彼らだけでなく、図書館の司書さんや、さらには公園利用者だというあの女性からも話を聞けたのは、よかった。
明日以降は聞いた話をまとめて、時系列順に整理して。
それでもきっと、そんなことをしても無意味なのだろう。
整理したところであの子がどうして殺されてしまったのか、そんな理由なんてきっと一生わからない。
もっとあの子とちゃんと話をしていれば、なんて思っていたけれど、多分きっとあの子から彼のことを聞かされていたとしても、自分達はあの少年が何故ああしたのか、その原因に辿り着けやしなかったのだろうと、そう思う。
多くの人の話を聞いて、ぼんやりとだけわかったことが一つだけある。
おそらく、あの少年があの子を殺したその理由は、きっと突発的な『何か』だ。
あの子が何かどうしようもないことを言ったのか、少年側に何か問題があったのかはわからない。
けど多分、『昔から恨んでいた』とか『ずっと妬んでいた』とか『ずっと前から悪意を持っていた』とか、そういうのではないと思う。
だって、色んな人から話を聞いても、そんな感情を犯人が抱くような濃い関係では、なかったみたいだし。
……わかっている、わかってる、こんなことはきっと考えても仕方ない。
原因がなんであったとしても、あの子はもう帰ってこない。
それでも、考えないとやっていけない、どうしてと泣き叫ぶ前に原因である『何か』を突き止めろと自分の中の何かが怒鳴る。
いつまで続けてもきっと答えは見つからない、きっとその答えを知っているのは死んでしまった二人だけなのだろうけど。
それでも、せめてこの心がもういいと匙を投げ捨てるまでは、せめて。
そんなことを考えているうちに、家の前についた。
直感的に、何かがおかしい気がした。
この空気は、あの日警察から電話を受け取った時に感じたものに似ている気がする。
具体的に何がおかしいのかはわからない、それでも何かとてつもなく嫌な予感がする。
ドアの鍵穴に鍵を刺して、回す前に違和感。
ドアノブをひねる、何故かあいていた。
ゆっくりとドアを開く、靴の配置は家を出るまでと同じ、だけど何かがおかしい。
その何かがよくわからないまま、靴を脱いで、無言でゆっくりとリビングに。
夫が死んでいた。
動かない夫の胴体は真っ赤で、刺し傷らしくものがいくつも、顔は苦痛で歪んでいて、目は見開いていて。
声が上がらなかった、首を細い糸で絞められたような苦痛が、いたい、いたいいたいくるしい。
救急車はもう無駄だ、それなら警察、そう思った直後に、背中側から衝撃が。
何かに後ろからタックルされた、けどそれだけじゃない。
背中が痛い、痛い痛い痛いいたいいたいいいたい!!
多分、刺された。
「あんたらのせいで!!!!」
甲高い怒号が聞こえてくる、ザクザクという音と共に痛みが一つ二つ三つと増えていく。
身体が仰向けにされた、向き合わされたのは血走った目の若い女の子、多分あの子と同じくらいか、少し年上くらいの女の子。
両手には血まみれの短剣が、その血はきっと自分のものだけではなく……
「あんたらの!! あんたらのせいだ!! あんたらの娘が!! あのお方を!! 劍さまを!! あんたらの、あんたらのせいで!!!!!!」
聞き取れたのはそこまでだった、あとはもう、言葉になりかけの意味不明な絶叫だった。
ぐさりぐさりと、胴体を何度も何度も刺された。
痛い、痛い、物凄く痛い。
それでもきっと、あの子が受けた苦痛の方が、何十倍も――
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