証言・公園利用者
うちがその子達を認識し始めたのは、今から多分五年か四年ほど前のことでした。
最初は気にしてなかったんです、けど小さい男の子と女の子が一緒におやつを食べてるから、お友達なのかなあとか付き合ってるのかなあ、かわいいなあって思ってただけで。
けど、毎日なんとなーく見ているうちに、友達っぽくもないし、付き合ってる感じもないなって。
じゃあなんで一緒にいるんだろう、って思って、それで気になって観察し始めたのがその……あの二人を意識し始めたきっかけ、でした。
まずあの二人、滅多に会話をしていなかったんですよね、思えばそれが最初に感じた違和感でした。
楽しそうな感じでもなくて、淡々とお菓子食べてるだけだったんです。
だから、すぐに来なくなるか片方だけになるのかなって。
けど、そんな予想ははずれて、あの二人はほとんど毎日、最近まで。
だからちょっと目を引いたんです、子供が二人で一緒にいるには、その……静かすぎたというかそういう感じで……すみませんうまく説明できなくて。
それで、気になってよく見るようになったんです。
女の子……娘さんの方がいつもお菓子を用意しているみたいで、クッキーだったりマドレーヌ的な焼き菓子だったり、パイっぽいものとか……夏には時々アイスとか。
毎日用意してるっぽいけど、お金とか大丈夫なのかな、実は男の子にたかられてるんじゃないよな、って思ったこともあったんですけど……娘さんの方からは怯えとか、脅されてる感じはなくて。
ああ、でもだんだん男の子の食べる量が増えてくことにはちょっと困惑してたっぽいですね。
最初は男の子の方が二、三個つまむ程度だったのに……だんだん半々になっていって……最終的には一対九とか、ひどい時はもっと……
基本的にこう……ちょっと離れて座って、ベンチの真ん中にお菓子が入ってるタッパー置いてたんですよね。
娘さんはミルクティーをちびちび飲みながらお菓子をつまんでた感じだったんですけど……男の子は食べるペースが早くって。
いつだったか、ちょっとおっきめなクッキーだった時……娘さんが一枚食べてる隙に男の子が残りを全部食べちゃって、タッパー見ずにクッキー取ろうとして空ぶった娘さんが、空っぽのタッパー見ておっきく目を見開いて、タッパーと男の子の顔を交互に見てから、何かを男の子に話しかけてたのを見たことがあります。
ええ、めちゃくちゃ狼狽えてました、あの子のああいう顔は滅多に、というか多分あの時くらいしか見たことなかった……です。
男の子の方は特に悪びれもなく、いつも通りちょっと機嫌悪そうな声で何かを二、三言って、それを聞いて娘さんが溜息ついて。
その次の日から娘さん、タッパー二つ持ってくるようになったんですよね。片っ方は自分用で、もう片方は男の子用、って感じで。
けど男の子は足りなかったらしくて、なんか色々小細工仕掛けたり、普通に娘さん用のタッパーを、こう、ひょいっとしたり、それとストレートに……多分『そっちもよこせ』的なことを言って仕方なさそうな娘さんからタッパー貰ったりしてました。
……ええ、そうなんですよ!! あれはもう、完全に餌付けられてるっていうか、胃袋をぐわっと鷲掴みにされてました、めっちゃ可愛いかったです。
……す、すみません、取り乱しました。
そんな感じでしたが、それでも娘さんにはこう……搾取されてる感じはなかったんですよね。
呆れたように溜息を吐くことはあったけど、それだけでした。
怒ってたり、苛立ってたり、嫌がっている感じはなかったです。
なんか、どうでもよさそうな感じだったんですよね、その……悪い意味ではなくて。
その男の子が、何してても、何してもあんまり気にしてないって言うか、いい意味で、多分それでいいって思ってたっぽいと言うか。
これはその時じゃなくて別な時に思ったんですけど……あの男の子にとって、あの女の子の隣は『居場所』なんだろうなって。
娘さんにその自覚があったのかは……正直言って微妙ですが……多分自覚があったのなら、その居場所でいることになんの抵抗もなかったのでしょう。
だからきっと一緒にいるだけで十分だったのでしょう、それ以上を望む気配を感じる時はありましたが……多分、あの二人はそれだけで良かったんだと思います。
大抵は、ただ黙ったまま、視線が交じることもなく、会話もきっと数える程度で。
それでもそれが、うちが知っているだけで何年も変わらず、ほとんど毎日。
……時々、男の子の方が話しかけている時がありました、何を言っているのかはわからなかったけど、声の調子は覚えています。
大抵、男の子の方は機嫌が悪そうな、不満げな声でした。
女の子の方はいつだって淡々としていました。
けど、不思議なことに敵意とか悪意とかそういう感情は含まれていなかったんです。
多分あれがあの二人の自然体で、その自然体のまま普通に、お話ししていただけだったんだと思います。
それが何十年も連れそった夫婦みたいに見える時があって……
うち、家族仲最悪で、友達一人もいなくて、恋人なんて当然のようにいなくて、仕事でも親しい人なんて一人もいなくて……
だから、だから……羨ましいと、思ったことがありました。
あんなふうに自然体で接することができる誰かが自分にも欲しかった、そうでなくてもああいうふうに誰かと接する人が自分の身近にいてほしかった。
剥き出しの強すぎる感情をただぶつけ合うだけの人たちしか自分のそばにはいなかったから、だから、すごく……
ああ、そっか……あたしは。
……い、いえ、なんでもないです、ものすごく、滅茶苦茶気持ち悪いことをちょっと邪推してしまっただけで。
本当に気持ち悪いんで……ええ。
…………わかりましたよ、言います。
うちは多分、あの二人みたいな両親から生まれて、普通に、本当に普通に生きてみたかったんです。
気持ち悪い、本当最低、あんなちっちゃな子達相手に自分が今まで漠然と思ってたコトが、こんなことだったなんて……
はは、あははは……そっか、あたしこんなにダメな奴だったんだ。知ってたけどさらに最悪だった……
……あの二人の子は、きっと普通の子で、普通に幸せなんだろうなって、思ったことがありますよ。
本当はどんな関係なのかなんて一個も知らなかったくせに、当たり前のようにそう思ってました。
……そう思うくらいの何かが、うちがついうっかりそんな妄想してしまうような何かが、あの二人にはありました。
…………そうですか、娘さんからは、彼に関するお話は、何も。
隠していたわけじゃないと思いますよ、多分ですけど。
きっと、娘さんにとって彼の存在は、わざわざ話す必要がないくらい、自分のそばにいて当たり前の人だったのではないかと思うのです。
……あの二人がお話ししていることもそんなになかったですし、単純にあなた達に話して聞かせるようなちょっとした何かが、なかったのでしょう。
というかもし隠す気があるんだったら、もうちょっとひそひそしてるはずです、あんなふうにほぼ毎日同じ公園の同じベンチでいちゃ……いちゃはしてなかったけど、一緒にいることはないです。
けどまあ、男の子の方は顔隠してましたし、勇者候補だったっていうのをうちが知ったのもあの事件の後だったので……
……ああ、その線は確かにありといえばありかもしれません、彼から黙っているように言われていた、そんな可能性はゼロではないでしょう。
ですがここでもう一つの可能性……といっても今思いついたことを言ってもいいですか?
……そのですね、娘さんひょっとして……あの男の子が勇者候補だったってこと、知らなかった可能性もあったのではないか、と。
騙されてたとかそういうんじゃなくて、なんかそういうのも一切気にしてなかったんじゃないか、というか。
……あー、それもありそうです、ってかそっちの方があの二人を見ていた身としてはしっくりくるというか、なんというか。
そうですね、娘さんは……うちの憶測でしかないですけど、確かにあの男の子が勇者候補だって知ってても、そんなの一切気にしなそうな……そんな気がします。
そういうの鈍そうだったんで……というか多分あの子のそういうところが居心地良くてあの男の子があの子のそばを離れなかったとか、そういう……?
すみません、なんかもうお話できることがほとんど妄想の域になってきてしまった……これ以上お話しできることは……あまりないかと。
あ、でもまた何か思い出すかもしれないし……ええと、どうしよ……
連絡先とか、交換した方がいいでしょうか……?
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