最推しだった二人
図書館からふらふらとおぼつかない足取りの女の人が出てきたのが見えた。
どうしようかと悩んだ、どうすべきかを迷った。
自分はあの二人がなんでああなってしまったのか、その原因に心当たりがあった。
けれどそれを話すことはできない、それは決してできない。
そんなことをしたら自分だけでなくあの女の人もきっと殺される。
だから、黙っているべきなのだろう。
話すわけにはいかないのだ、そんなことをしても、犠牲者が増えるだけ。
どうしてこうなってしまったのだろうか、あいつらの所業をどうにかしようとしなかった自分が、自分だけが罰を受けるのならまだいい、だけどあの二人には、あんな目に遭う理由も意味もなかったのに。
理不尽だ、横暴だ、だけどそれを見逃してきた人々が自分を含めてたくさんいたから、この国はこういう形で栄えてきたのだ。
アレがあの子だって知っていたのなら、自分はきっと無我夢中で止めていただろう。
酷い話だ、どっちにしろ未来ある少年の心も人生も潰すのは同じなのに、それなのに知らない子だからと何もしなかった。
自分だって、あいつらと何も変わらない。
他人の人生を、他人の在り方を娯楽として消費する、そうやって楽しんでほくそ笑む、一体何が違う?
おぼつかない足取りの女の人が、転んだのが見えた。
「だっ……大丈夫ですか!?」
気がついたら立ち上がっていた、普通の人みたいに声をあげて、普通のいい人みたいに女の人が立ち上がるのを手伝った。
気持ち悪い、汚い、こんな自分が嫌で嫌で仕方がない。
「ありがとう、ございます」
小さく弱々しい声だった、生気がごっそり奪い取られた者があげる声。
心が痛い、頭も痛い、胃も痛い。
手が震える、ごめんなさいと泣き叫びたくなる、全てをぶちまけてしまいたくなる。
でも、それをしたらこの人も遠からず殺されてしまう。
自分はあの二人を、この人の娘を見殺しにしたも同然だった。
自分が全てを知ったのは、全てが終わった後。
自分よりも上の立場の狂人共は、思い通りにことが動かなかったことに苛立ちつつも、勇者候補という善良な少年が引き起こした凄惨な殺人とその死を、そして犠牲となったあの子の死を、それでも娯楽として消費していた、笑っていた。
「あの…………十塚桜さんの、お母さんですよね」
途端に女の人は身をこわばせる、顔が警戒によって固まっていた、そしてただ私の顔を見ている。
「すっ……すみません、さっきあの子達、あのいつもここにいる中学生君達との話しが、すこしだけ聞こえちゃって……うちもよくこの公園で休憩してて、あの二人のことは知ってたから、だから、だから……」
だからなんだというのだ。
頭が真っ白になる、気がついたらただひたすら、ごめんなさいと謝っていた。
涙が勝手に溢れていく、自分にはそんな権利ないのに、そう思えば思うほど、よりひどくなる、止まってくれない。
女の人は困惑し切っていた、それでも心配そうな顔で自分の顔を見上げている。
どれくらい経っただろうか、なんとか涙を引っ込めることができたので涙をハンカチで拭って、ついでに鼻もかんでから、もう一度女の人に謝った。
「すみません……取り乱してしまって」
「……いえ、その、もう大丈夫、ですか?」
「はい……」
「……あの、あなたもわたしの娘と、その……犯人のことを」
一瞬、なんと答えるか迷った。
本当のことは話せない、あの二人がああなってしまった原因を話すことはできない。
けれど、それ以外のことなら。
「……話したことは、ないです。でも……すこしだけ知っています、見ていたから」
「みていた?」
「……こういうと、すごい気持ち悪いと思うんですけど……すごくすごく、気色悪いって自分でも思ってるんですけど……うち、あの二人のこと、ずっと見てたんです……見ていて可愛らしいって微笑ましくて……ドラマのシーンを間近で見ているような感じで、青春とか、甘酸っぱい感じがして……それでうち、あの二人のこと何にも知らなかったのに、大好き、だったんですよ……」
こうして自分は話し始めた、話したところでなんの罪滅ぼしにもならない、それでもきっと目の前にいるこの人が知りたいと願っている、あの二人の話を。
本当に語るべきことは何一つ語らぬまま、ただありふれた二人のことだけを、話した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます