証言・図書館司書

 まず、娘さんというのは、十塚桜さんの事であっているでしょうか?

 ……何年か前、娘さんがまだ小さかった頃に何度かお迎えに来ていましたよね?

 あのくらいの小さい子がほぼ毎日、自分の意思で閉館時間まで粘っているのは珍しかったので、その……本棚にしがみついて全力で抵抗していたこともありましたし……それで記憶に残っていて……

 この度は、なんと言っていいか……

 ……申し訳ございませんが、わたくしも詳しいことは、よく知らないのです。

 それでも、出来る限りのことを、お話ししましょう。

 とはいえここでは人目もあります、なので一旦こちらのお部屋に……

 ……おかけください、それでは、お話しましょう。

 あの事件の犯人である少年は……確か六年ほど前から、この図書館に来るようになりました。

 ひょっとしたらそれよりも前からだったのかもいれませんが……彼、図書館カードを作っていなかったんですよね、だからどこの誰なのかも、わたくし達は把握していませんでした。

 正確にいつ頃だったのか、何がきっかけだったのかも、知りません。

 ただそのくらいの時期から、娘さんの隣で勉強を……大抵は昏夏関係の勉強をしていたようです。

 最近は特に目立った会話はしていなかったみたいですが、最初の一年くらいはよく、あの少年が娘さんによく話しかけていました。

 何を話していたのかは聞いていません、聞いていたところでわたくしにはきっと理解できなかったでしょう。

 あの二人は、ほとんど昏夏語で話をしていました。

 最初の方、あの少年は拙い昏夏語で必死に娘さんに話しかけていました。

 とても必死そうなのは傍目から見てもわかったのに、きっとそう思われるのがとてもいやだったのでしょうね、その必死さも隠そうとして、それでもどこかでボロが出たのか会話を打ち切って、それで娘さんの横で機嫌悪そうに我武者羅に勉強をしていましたよ。

 なんだかそれがいじらしくて微笑ましくて、実は内心、ちょっとだけ応援してたんです。

 でも、一年を過ぎた頃くらいから、あの少年が積極的に娘さんに話しかけることはなくなりました。

 あの少年の中で何か折り合いがついたのか、話しかける理由がなくなったのか……

 それでもあの少年はいつも娘さんと一緒にいました、いつも隣同士で、それでも特に何を話すわけでもなく、当たり前のように。

 毎日三時くらいになると一緒にどこかに行くから、ある日気になってどこに行っているのって娘さんに聞いてみたら、公園でおやつ休憩してる、って。

 仲がいいのね、って聞いたこともあったのですけど……照れ隠しとかそういうのもなく「別に、普通」って答えられました。

 娘さんの方は、あんまり彼の事を気にはしていなかったみたいです。いてもいなくても気にしない、それでも話しかけられたら無視はせずにちゃんと話をきいて、一緒におやつ休憩をする。

 友達同士、というか感じはあまりしませんでした、恋人同士、という感じもあまり……

 それでも、気安い仲ではあったのだと思います。

 あの公園での二人がどんな感じで、周囲からどう思われていたのかは知りません。

 ……そう、そうですか。

 確かにあの二人は、大人になってもきっとずっと一緒にいるんだろうな、って思ったことはあります。

 それに、多分、少年の方は娘さんのこと好きだったと思います。

 というか実はですね、そのう……職員とか他の常連さん達の間で、本当に時々、あの二人はくっついてるのかねとか、いつくっつくのかねとかそういう、下世話な話が出たことが少々……

 実際どうだったのかは、わたくし達は知りません。

 詮索するのも野暮っていうか、それをやってしまうと司書として失格というか、なんというか……

 けど、司書とか利用者さん達の中に、一定数あの二人のファンというか……あの二人を遠目に見守ってるような感じの方が、多分何人かいたのは、なんとなく。

 見ていて微笑ましかったんですよね、あの二人……

 ……だから、まさかあんな事になるなんて。

 警察の方からお話しを聞いた時は、頭が真っ白になりました。

 とても、とても衝撃的でした、あの二人が死んだ、というだけでも酷いのに、あんな、あんな、ひどい……

 嘘だって思いました、冗談だって思いました、第三者の陰謀だろうとも思いましたし、今だってそう思っています。

 なんで、だって、仲がいいのかどうかもよくわからなかったけど、あんな当たり前みたいな顔でずっと一緒にいた二人が、なんで。

 ……実は、事情聴取の時に、混乱し過ぎていたせいで話せなかったことがあるんです。

 あの日、そうあの日のもうすぐ閉館時間という時でした。

 少年の方が、娘さんに何かを話かけていたんです、ニコニコ笑いながら。

 けど娘さんは……何か、その……よくないことを言われたのか、少し焦ったような何かを誤魔化すような表情で首を振って少年に何かを言って。

 あの子がそんな顔をするのは珍しいなとは思ったのですけれど……そこから先は、何も見ていません。

 ちょうど手が空いていなかったので、ちょっと珍しいなとは思いましたけれど、特に何も問題はないだろう、って。

 あの時……あの時わたくしが、もっとあの二人に注意していれば、何かの異常に気付けたのでしょうか?

 多分、あの後にあの二人に『何か』があって、あんなことに……

 それでも一体何が? あの少年があれだけのことをしなければならない『何か』って、何?

 なんであの二人は、ああなってしまった?

 ……あの二人がいつも座っていた席、今も誰も座ろうとしないんです。

 多分みんな信じられないんだと思います、あの二人が死んだなんて、あんなひどい死に方をしただなんて。

 だから、いつかひょっこり姿を現すんじゃないかって、だからどれだけ混んでてもここは座れないんだって、ここはあの二人の席だからって、常連さんの一人が。

 ……ごめんなさい、少し取り乱しました。

 わたくしが知っているのは、このくらいです。

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