証言・被害者の母親

 あの日……夜になってもあの子は帰ってきませんでした。

 寄り道をするような子じゃありませんし、メッセージを送っても電話をしても反応が返ってこなくて……

 大した魔術も使えない弱い子なので、何かあったのではないか、探しに行った方がいいのではないか……と話し合っているときに、警察から電話が……あの子が通っている図書館の近くの路地裏であの子らしき少女の遺体が、発見された、と。

 見つけてくれたのは、あの図書館の近所にある中学校の生徒さん達だったそうです。

 ……というか、見つけてくれた学生さん達のうちの一人が、うちのお店に時々来てくれる子で……いえ、これは今はどうでもいいですね。

 とにかく、あの子と彼の遺体を発見した彼等は、すぐに警察に通報してくれたそうです。

 ですが、あの子の身元が分かるまで少し時間がかかったそうです。

 というのも、娘は彼に強く抱き締められていて、顔がほとんど見えていない状態だったのです。

 着ていた制服も抱きしめられていたせいでよく確認できない状態で……

 だけれどすぐ近くに落ちていた鞄……あの子の鞄からおそらくあの子であるのだろうと断定されて、私達に連絡がされたそうです。

 それと少年の方は、身元を確認できるものが発見されなかったため、その時はまだ何者であるのかわかっていない状態でした。

 ……あの子『らしき』であるのであれば、違えばいい、間違えであればいいと願いながら、警察に行きました。

 警察についた後、まず現場に落ちていたという鞄があの子のもので間違いないかという確認をさせられました。

 確かにあの子のものでした、教科書なんて入っていないくせに昏夏関係の書物で膨れた重い鞄、それにあの蝉と孔雀のピンバッチ。

 そう……以前こちらの研究室で読ませてもらったっていう昏夏時代の小説……蝉と孔雀っていうタイトルの本がすごく面白かったんだって言って、わざわざ雑貨屋やらなんやらを探して買った、あのピンバッチ。

 中身なんて見なくても、あのピンバッジだけで、他人のものじゃないということなんて、わかってました。

 そこまで確認した後、あの子がどんな状態で発見されたのかを聞かされました。

 路地裏で、恋人らしき少年の遺体と共に発見されたこと。

 その少年の遺体が娘の身体を抱きしめているせいで、顔の判別などがうまくできていないこと。

 二人の身体が強力な呪術か何かで固着させられていて、引き剥がせないこと。

 娘の遺体の損傷が多すぎて、死因すらまだ断定できていないこと。

 ここまで聞いて、訳がわかりませんでした。

 だって、一言も聞いていなかったのです、恋人がいるなんて、一言も。

 そんな素振りだって、一度も。

 室長さん、何かあの子から話を聞いていませんか、なんでもいいんです、なにか、なにか知りませんか……?

 ……そう、そうですか……そうですよね、あの子があなた相手にそんな無駄話をするとも、思えませんから。

 そんな話をするくらいなら、昏夏の話を少しでも多く、そういうどうしようもない子だったから……

 ……発見者の少年達が、あの二人を公園でよく目撃していたそうです。

 三時くらいに公園のベンチでよく二人でお菓子を食べていたと。

 彼等が通報した時も『公園でよく見かけるバカップルが死んでいる』みたいな感じだったらしくて、はは……

 赤の他人からバカップル呼ばわりされるほどの仲だったのなら、あの子はなんで少しも話してくれなかったのでしょうか、やましいことでもあったのでしょうか。

 どうして、何も話してくれなかったの。

 ……それで、少年が娘の恋人であるのなら、何かとても凶悪でおぞましい『犯人』から娘を守ろうとしてそう・・なってしまったのでしょうか、と聞きました。

 しかし、警察の人は首を横に振りました。

 おそらく心中だろう、と。

 それも、無理心中の可能性が高い、と。

 つまり、少年があの子を殺した可能性が高い、と。

 というかもう、ほとんどそれで確定だろう、とも。

 ……報道では、ただ『無理心中なのではないか?』ということになっていますが、実際はもっと酷かったんです。

 首を絞められた跡があって……あとは……あとは……

 ……すみません、思い出したらどうしようもなくて。

 検死官の方が透視魔法で見て初めて分かったことだったそうですが……あの子の遺体は、あちこちなくなっていたのです。

 両目と、両手、舌、それと心臓と……

 どうしてなくなっていたのかわかります?

 殺すために潰され抉られ、切り取られた方がまだマシでした。

 たべられたんです。

 恋人かもしれないあの少年に、たべられていたんです。

 娘の身体をたべた少年の口元は血で真っ赤で、笑った形に歪んでいました。

 娘は、たべられる痛みにのたうちまわりながら死んでいったのでしょうか、それとも殺された後にたべられてしまったのでしょうか?

 いったい、どちらがまだましなんでしょうか。

 いくら考えても、わからないのです。

 しかも、それだけではないのです。

 あちこちに殴られた跡があって……強姦されて、いる、と。

 …………そこまで説明を受けてから、私達は遺体の確認のために、安置室に行きました。

 違えばいい、何かの間違えであればいい、まったくの別人であればいい。

 そう思いながら。

 ……顔は、本当に見えませんでした。

 あの子の顔はあの少年の胸元に押し付けられていて、身体も隠すように抱きしめられていたものだったから、顔以外にまともに見えるところもほとんどありませんでした。

 それでも、あの子でした、あの子だとわかってしまいました。

 あの小ささと、あの髪と、履き潰された革靴は、あの子のものでした。

 違う、と言いたかった。

 これはあの子じゃない、だからあの子はまだ生きている、と言えればいいとあの子の遺体を見る前まではそう思っていました。

 それでも見せられた遺体は間違えなくあの子で……

 辛うじて見えていた左手首の断面が、切り落としたにしてはあまりにもぐちゃぐちゃなのが見えてしまって。

 どうしてとあの子の名前を呼ぶのが限界で、そこから先はよく覚えていません。


 警察の人から、少年に見覚えはないか、と聞かれました。

 記憶をひっくり返してみましたが、見覚えはなかったです。

 あの子の同級生、同級生だった誰か、うちの店の客、色々と思い返してみましたが、本当に見覚えがなかったのです。

 本当に誰なのか、まったくわかりませんでした。

 同時にあの子が話していたこと、あの子の今までの行動を思い返してみても、まったく心当たりがないのです。

 途方に暮れていたら、警察の方が本当に知らないのであれば、これから詳しく調べてみるしかない、と。

 魔力や血液、遺伝子なんかで調べてみれば、この少年が何者であるのかわかるだろう、と。

 でも、それを調べるよりもなによりも、あの少年をあの子から引き剥がして欲しかった。

 あの少年は私の娘を殴って犯して、殺してたべた極悪非道の大悪党です。

 そんな得体の知れない男から、あの子を解放して欲しかったのです。

 しかし、警察の人は首を横に振りました。

 本当に強力な呪術が掛けられているせいで、すぐには無理だと。

 下手を打てばさらに恐ろしい呪術が発動して取り返しのつかないことになる可能性が高い、と。

 さらに恐ろしいってどういうことでしょうか、とっくに恐ろしいことになっているというのに、とあの時私は思いました。

 でも、本当にひどいことが起こったんです。

 彼が彼とあの子に掛けた呪術は巧妙で粘着質で、とても強力なものだったそうです。

 だからなんでしょうね。

 あの二人は、骨すら残らず灰になりました。

 お墓に納めたあの遺灰は、あの子のものだけではないのです。

 一緒に燃えて灰になってしまったせいで、分けることすらできなかったのです。

 だから、混ざってしまったものをそれぞれの遺族で、半分ずつ……

 なんで、なんで、なんでなんでなんで。

 あんなひどい殺し方をして私達の手からあの子を奪っただけでなく、あの少年はあの子をただお墓に納めることすらさせてくれなかったのです。

 なんで、なんであんなことをした男と一緒に、あの子を埋めなければならなかったんですか。


 どうしてあの二人が燃えてしまったのか、そこに至るまでの過程をお話ししましょう。

 あの子の両親である私達ですら『あの子の恋人らしき少年』のことを何も知らなかったので、少年がどこの誰であるのかその正体を探るべく、本格的な調査が開始されました。

 早ければすぐに、遅ければいつまでたってもわからない可能性がある、と言われました。

 調査が開始されてから、私達は別室で事情聴取を受けることになりました。

 何を聞かれて、何を話したのかはあまり覚えていません。

 ただ、半分以上『わかりません』と答えるほかなかったことだけは、覚えています。

 私はきっと、駄目な母親だったのでしょう。

 そういう子だからと必要最低限のことしか話さず放置して、恋人がいたことすら知らないどころか学校での交友関係すら知らないんです。

 ……ありがとうございます、でも、それでもやっぱりちゃんと話していればあんなことにはならなかったんじゃないかと思うと、自分が許せなくて……!!

 ……事情聴取が終わった頃に、少年の身元が判明しました。

 少年の名は鎖倉劍。

 そう、あの鎖倉劍だというのです。

 今世の勇者候補、それも歴代最強、最優とすら言われている天才。

 優秀な上に聖人君子のような穏やかで他者に驕らない性格だと噂で聞いたこともあります。

 あの子と同い年なのはうっすらと知っていましたが、同じ学校に通っているわけでも、通っていたわけでもないのです。

 あの子とあの少年には、何一つ接点などないはずです。

 だから、意味がわかりませんでした。

 あの子は一体いつどこでそんな大物と出会ったのでしょうか。

 そんな別世界の人間が何故……私の娘を、殺したのでしょうか。

 あの子が一体何をしたっていうんですか。

 変わったところはあったけど、それでもあの子は他者に悪意を向けたりしない子でした。

 優しい子ではなかったけど、意図的に人を傷付けるような子では、なかった。

 一体何が気に食わなかった? あの子はだって……

 いいえ、いいえ、本当はわかってます、わかってるんです。

 あの子はまったく優しくない、人を傷付けようと思わない代わりに、人のために何かができる性格じゃない。

 場の空気なんて一切読まないし、基本的に自分がよければ他はどうでもいい子なのです。

 だから、だから何か至らぬ言葉を言うなり、もしくはかけるべき言葉をかけずにあの少年を激昂させてしまった可能性は、十分あります。

 ひょっとしたら、ただの色恋沙汰が拗れに拗れてああなってしまった可能性だってある。

 それでも、やっぱりあんな殺し方はあんまりじゃないですか。

 あそこまで酷い殺し方をしなくたっていいじゃないですか。

 ……あの少年の正体がわかった後、本当にそうであるのかその確認のためにあの少年の両親が呼ばれました。

 …………すみません、この時のことは思い出したくないのです。

 少年の両親は、すぐにやってきました。

 御両親は、事前にあの少年があの子に酷いことをして殺してその後自殺した可能性が高いと、説明されていたそうです。

 それでもあの二人はそれを認めませんでした、あの二人の遺体を見ても、最後まで。

 あの少年はとても優秀だったようなので、そんな優秀な息子が凶悪な殺人犯であると言われて激昂するのは理解できます。

 私だって同じことを言われたら怒ります、だってあの子は絶対にそんなことはしない。

 あの子が人を殺すとしたら何かどうしようもない事故の時だけでしょう、だってあの子はそういう子だったので。

 昏夏以外に興味を持たないあの子が興味の対象以外に心を向けることはないし、だから他人に何をされてもきっとその人を徹底的に避けるだけで強く嫌うことも憎むこともないのです、復讐とか仕返しとか、そういうこともしないでしょう。

 それと、なんらかの罪を犯して逮捕とかされれば自分の好奇心を満たすことができなくなるのがわかっていただろうから、感情のままに罪を犯すことはないでしょう。

 だから、そんなことはありえないだろうけど、あの子が誰かに対して強い憎しみを抱いたとして、罪を犯すとかそういう面倒で自分のためにならないことは絶対にしないのです。

 私達があの子が絶対に意図的に殺人なんて犯さないと確信していたように、あの少年の御両親もそうであると信じていたのでしょう。

 だから、だから……娘が……

 あの子が、あの少年に無理矢理やらせたのではないかと。

 それ以外にも、酷い暴言をいっぱい、いっぱい言われました。

 そうして、感情的になったあの少年の父親があの子をあの少年から引き剥がそうとしました。

 誰かが止める間なんてありませんでした、あの子の身体にはなんの気遣いもない、それどころか穢らわしい何かを扱うような酷く乱暴な手つきでした。

 だけど、あの少年の父親があの子に触れた直後、二人の遺体が勢いよく燃えたのです。

 真っ白な炎が、二人まとめて燃やし尽くしてしまったのです。

 あの場にいた警察の人によると、あの少年の呪術によるものだったそうです。

 燃える直前までは気付かなかったそうですが、おそらく『あの二人の身体が無理矢理引き剥がされそうになる』もしくは『あの少年の血縁者から肉体的もしくは魔力的な干渉を受けた』場合に発動するものだった、と。

 かなり強力に、かつ巧妙に幾つもの呪術が重ね掛けされていたから、実際に呪いが発動するまでその効果がわからなかった、とも言っていました。

 炎が消えて、そこにあったのは灰だけでした。

 骨すら、残ってなかったんです。

 ……あの少年は、一体何がしたかったのでしょうか。

 あの少年は、なんらかの事情があってあの子を殺して自ら命を絶った。

 じゃあ事情ってなんでしょうか、それはあの子のせいだった? それとも別の何かが原因?

 死んだ後にあんな呪術を残したのはどうして?

 最初から全て焼き消す気だったのなら、死んだ直後に何故それをしなかったのでしょうか?

 まるで……まるで自分が凶悪な殺人犯であることを誇示するような……もしくはあの少年があの子に向けていた恐ろしげな感情をこの世に示すような、そんな……

 あの少年に関して詳しいことをしらない私が想像できたのは、ここまでです。

 だって、笑ってた、あの子の血で汚れた顔は笑っていたんです。

 強く強くあの子の身体を抱きしめて、きっと誰にも引き離されないように、誰にも盗られないように。

 ……とはいえ、あの少年がたとえ本当にあの子のことを愛していたとしても、どんな事情があったとしてもやったことは何一つ変わりないのです。

 あの少年はあの子を殺した、殺すだけでなくあんなことまで……

 だから、絶対に許しません。

 どんな理由があろうと、絶対に。


 遺体が燃えて灰しか残っていない。

 しかも、灰になってしまった二人の身体は混ざり合ってしまっていました。

 判別など不可能でした。

 そんな受け入れがたい事実を理解して、私達はもう何も考えることができませんでした。

 とてつもない悪夢を見ている気分でした、ただの夢であればどれだけいいだろうかと思いました。

 それで目を覚ましたらいつも通り朝食の準備をして、あの子が起きてくるのを待つんです。

 それで、起きてきたあの子におはようって言うんです。

 ですが、どれだけ夢であってくれと願っても、現実はただの現実でした。

 あの子はもう、いないのです。

 ただそれだけで辛いのに、もっと酷いことが起こったんです。

 いえ、起こっているんです。

 あの少年がどこにでもいる普通の少年だったら、世間では多分惨虐な無理心中事件が起こった、ただそれだけの事件として扱われたのだと思います。

 大きな騒ぎにはなったでしょうが、あの少年はただの加害者として、あの子は被害者として扱われていたのでしょう。

 ……けれどあの少年は勇者候補、それも歴代最優とさえ言われる天才で神童で、おまけにとても人当たりの良い少年だった。

 そんな少年が人を殺して自殺した。

 そんな話をされて、信じる人はほとんどいなかったようです。

 本当にあの勇者候補が殺したのか、無理心中ということになっているが本当なのか。

 それでみんなみんなこう言うんです、悪いのはあの女、勇者候補はきっとあの女に誑かされたに違いない、って。

 全部あの子のせいなんじゃないかって、みんなそう言っているんです。

 だからあの子が死んだのは自業自得で、むしろ勇者候補を死なせた極悪人だって。

 あの少年のご家族や親しい人間にだけそれを言われるのであれば、まだ……まだ受け入れられます、納得はできないけど、絶対に許せないけど、私達と同じくある日突然大事な人を喪った彼等の言葉であるのなら、まだ……

 だけど、なんで本当に何も知らない人達にそんなことを言われなければいけないんですか?

 なんで黙っていてくれないんですか、なんで自分勝手に喚き散らすんですか、なんでそれをわざわざ私達に言ってくるんですか?

 だって、だって、あの人達には関係ないじゃないですか。

 人が、人が怖くて怖くて堪らないんです、人間は好奇心だけであそこまで酷いことが言えるのか、あれだけのことができるのか、と。

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