温かさはいつも君。


「トシキくんシャワー浴びてないじゃん!」

「んー? んー」

 ドラッグストアとコンビニ、それから古着屋で買い物をして、帰ってくると惨状だった。

 ベッドはシーツも枕もくちゃくちゃ、テーブルはひっくり返され、棚という棚の戸が開き中身が散乱している。

 なんならトシキくんもなぜか全裸で、ボロ切れのようになっていた衣服の残骸は洗面台に放り投げられて水浸しになっていた。

「アルマジロないよここ……白くて甘いの……」

「と、トシキくんこれ!」

 袋の封を切り白い粒をトシキくんの口に放る。いや、放り込むというより、口内にねじ込んだ。

 スカスカの彼の歯はあっさりと異物の侵入を許し、なんなら僕の人差し指も第一関節近くまで入ってしまった。

 ぼりぼりと粒を噛み、トシキくんは不思議そうな顔で僕を見る。

「アルマジロ?」

「そ、そうだよ」

 嘘をついた。

「でも味違うよ」

「それは……あ、新しいアルマジロで。もっとすごいやつ、だよ」

 嘘を重ねた。

「アルマジロじゃないの?」

「ぷ、プラセボ・アルマジロっていう……やつ……」

 無理がある。

 これは市販のラムネだ。

「いーちゃんが言うなら、そうなのかなあ」

 もう一個ちょうだいと言われてもう一粒ラムネを渡す。

「美味しいかも! ラムネみたい!」

 トシキくんはきゃらきゃらと笑って、僕にありがとうと言った。

「……と、とりあえず、シャワー浴びよ。そのあと……片付けて、ご飯食べようよ」

「うん!」

 洗面台で水浸しになっているボロ布を絞ってゴミ箱に放って。

 コンビニで新調した下着類とホテルの備品であるタオルとガウンを脱衣場に並べる。

 明日以降は先ほど寂れた古着屋でそそくさと購入した黒いコートがあるから、妙ちくりんな格好ではあるがトシキくんにはそれを着てもらおう。

 ……ズボンが、ギリギリダメージジーンズであると言い訳できる程度の破れ方と汚れ具合なのが救いか。

「入ってくださーい」

「はあい」

 トシキくんはてちてちと足音を立てて風呂場へ入り、僕も服を脱いで後に続いた。

「お湯出すね」

「しゃわーしゃわー」

「大丈夫? 傷、しみない?」

「うん!」

 汚れだが痣だか壊死だか判別のつかない黒い体を洗う。

 あとで包帯を巻くつもりだから、傷の位置をおおよそ把握する目的もあって彼の裸体をしっかりと見た。

 肋の浮いた胸と、不自然に凹んだ薄い腹と、棒のような手足と。

 痛がらせないように気をつけながらトシキくんの体を泡で洗ってお湯で流すと、泡と湯はみるみる黒くなって排水溝に流れていった。

「いーちゃんも」

「僕も?」

「お背中流しまーす」

 備え付けのボトルを丸ごとからにする勢いでポンプを押し、出てきたそれを両の手で僕にべちゃべちゃと押しつけてくる。

「トシキくん気持ちはありがたいけどそれシャンプーだよ」

「大丈夫!」

「大丈夫じゃない大丈夫じゃない」

 ベタベタになった体を念入りにシャワーで流し、風呂場の扉を開いてすぐのところに置いていたタオルでトシキくんの髪を拭いてやった。

「わしゃしゃ」

「痛くない?」

「うん! あとでまた、新しいアルマジロちょうだいね」

「いいよ」

 体を拭き終わる頃にはタオルも黒くなった。

 別のタオルで自分も体を乾かして、ひとまず自分が服を着るために風呂場を出る。

「いーちゃあん、どこー?」

「ここだよー」

 風呂場に残したトシキくんに大声で呼ばれ、大声で返事をする。

「いーちゃあん」

「はいはーい」

 新品のパンツとインナーシャツと、包帯やガーゼ類を持って戻る。

 大きめの切り傷を中心にガーゼを当て、包帯を巻いてあげると、ハロウィンの仮装に見えなくもなかった。

 服は自分で着られそうだったからトシキくんに任せ、僕はコンビニ弁当をレンジで温める。電子レンジの機械音が唸り声に思えて、少し不安な気分になった。

「あ、トシキくん」

「ん?」

「はい」

 プラセボ・アルマジロことラムネを渡す。

「ありがとお」

 トシキくんは笑って、それを口に入れてぼりぼり噛んだ。

 弁当が温まるまで床に散乱したものをある程度片付けて、シャワー前のトシキくんによりところどころ黒くされたベッドのシーツはいっそ取っ払って、マットレスに直に眠ることにした。

「いーちゃんお弁当できた」

 温め終わった弁当をトシキくんが運んでくる。

「どうぞ!」

「ありがとう。でもそれトシキくんのだよ」

「僕食べていいやつ?」

「うん」

「やったあ!」

 僕のすぐ横に座り蓋を開け、そのまま手掴みで食べそうな勢いだったら慌てて割り箸を取ってきて渡す。

「いーちゃんと一緒に食べたいから、半分こね」

「いいの?」

「いいよ! どれ食べたいですかー」

 僕が答えるより先に、弁当の中で一番大きな白身魚のフライを差し出してくる。

「トシキくんは優しいね」

「いーちゃんも優しいよ!」

 弁当を仲良く半分こして、その後またラムネを食べさせると、やがてトシキくんは眠そうにし始めた。

「寝ていいよ」

「うん……」

「僕ももう寝るから」

「いーちゃんとぎゅーして寝る……」

 ベッドに横になって、頭も人格もすっかり駄目になったトシキくんを抱きしめる。枯れ木みたいな体だ。

 でも、温かい。

 溶けてしまいそうなくらい。

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