第100話:雪風無双!

「むう……敵さんを追いかけている内に奴さんたちの煙幕の中に入って何処にいるか分からないの~」


 駆逐艦“雪風”艦橋で艦長『寺内正道』中佐が困ったような表情をしながらボヤいていたがそれは表向きで内心はウキウキとしていたのである。


 寺内艦長の姿に他の乗員達も特に焦った様子もなくどっちかというとノホホン状態であり、まあ、寺内艦長の下ならどうにかなるだろうと楽観的であった。


「艦長! 見張り員から連絡です! 我が艦は敵艦隊のど真ん中にいます!」


 伝令員からの報告で寺内は頷くと艦橋内にいる他の乗員に対してこれからの行動を伝える。


「面白いではないか! これより“雪風”は敵艦隊を突破して脱出する! わしの命令を厳とせよ! 機関室、細々な指示が俺から飛ぶが言う通りにしてくれ!」


 寺内の言葉に機関室から伝声管を通じて了解ですと元気のいい声が聞こえてくる。


 一方、敗走中の米国艦隊であったが駆逐艦“シリューズ“が横を並走している自国の艦船の形状が違う艦に気が付いて吃驚する。


「ジャ……ジャップの駆逐艦!? 何故、こんなところに?」


 直ぐにこの件が残存している米国艦隊に伝達していき色めき立つと共に沈めろとの大合唱になる。


 米国艦隊の駆逐艦や巡洋艦が“雪風”を包囲しようとしたのを確認した寺内はにやりと笑うと最大戦速を命じる。


「いいな、これから無数の魚雷や砲弾がこっちに飛んでくるが心配するな! “雪風”は沈まん! 反対に奴らを食ってやる! 砲雷長と水雷長に魚雷と砲弾はどれぐらい残っているか連絡させろ! では、やろうではないか」


 “雪風”が速度を上げるのを確認した米艦隊は逃がすかとばかりに距離を大幅に開けながら魚雷を発射するタイミングを計る。


「艦長! 右舷方向の駆逐艦二隻の魚雷発射管が動きはじめました!」


 見張り員の声に寺内は僅かに頷いて口を開くが内容が全くの見当違いだったため、一瞬、寺内の方を見るが冗談で言っているとは思ないので直ぐに命令通りにする。


「取り舵一杯!!」


 操舵手の細かだが手際良い行動で“雪風”は左方向に船体を向けていく。

 荒波を切り裂き、取り舵終わった直後、2本の魚雷が“雪風”の右舷を並行して去っていく。


「う、嘘だろ……? 全然、分からなかったぞ? もう少し舵を切るのが遅かったら直撃だったぞ」


 艦橋内の士官達が驚きの声を上げる暇もなく寺内の命令がかけられる。


「このまま10秒後、面舵30度だ! その直後に酸素魚雷を10時の方向に放て!」


 砲雷長や水雷長から残存魚雷本数が伝えられていて3本の魚雷と12センチ連装砲の砲弾が残り60発と聞いて瞬時に閃く。


「(何かわからんが今日の俺は勘が凄まじい程、冴えているぞ! ありがたい事だ)」


 寺内の指示通りに魚雷発射管から一本の酸素魚雷が放たれる。

 その針路上には米国駆逐艦“オスピア”がいて数十秒後、船体後部に命中して機関室を大破させて艦を停止させる。


 歓声を上げる中、寺内は冷静な表情で一分後に第二戦速まで落として取り舵一杯を命じる。


 そしてその行動が終わった瞬間、魚雷3本が横を通過していった。

 再び酸素魚雷が二本放たれて重巡洋艦“ミッシェル”に命中させて航行不能にする。


 寺内が出す間髪入れずの命令を的確に捌いて見事な操艦をする操舵手とのコンビによって実に15本の魚雷を交わしていたのである。


「……凄いな、うちらの艦長! 神業だぞ?」

「ああ、安心して俺らの命を預けられる」


 常識外れた“雪風”の行動に米国艦隊も信じられない様子であった。

 そして、遂に米国艦隊の包囲下から脱出した“雪風”が最大戦速に移行した時、直ぐに左右にて水柱が立ち上がる。


「艦長! 敵駆逐艦発見! 左右両方、挟まれています」


 駆逐艦“ジョンストン”と“フレーク”の二隻で“雪風”と並走している。

 艦橋にて艦長が口角泡を出して叫んでいる。


「いいな、“フレーク”との連携で左右から魚雷をジャップの駆逐艦に命中させるのだ」


 この二隻の行動は“雪風”でも寺内が直感的な感覚で捉えていてそれに対する手段を考えていたのである。


「よし! 敵さんの思惑に乗ってやろうではないか! 機関室、速度そのまま」


「艦長、敵さんが魚雷撃ってきた時に急旋回するのですか?」


 航海長の質問に寺内はニヤリと笑うとまあみておけと言い、前方を凝視する。


 一方、“ジョンストン”艦長は魚雷発射を命じる前に万が一、敵艦が急旋回して躱すであろうと読んで二段階攻撃を命令する。


「ふっ! 少しでもジャップにお返しをしてやらないとはな」

 そして二隻の駆逐艦はここぞと言うときに発射を命じると二隻から3発ずつ魚雷が発射される。


「敵艦、発射しました!」

 その時、寺内はありえない命令を出す。


 他の乗員達は信じられない表情で寺内を見るが真剣な表情を見て命令を復唱する。

「後進全力停止!! 右舷錨を投射!」


 機関室ではボイラーが破裂するのではないかと言う凄まじい軋みを発するがその心配はなかった。


 そして右舷の錨が海中に投下されると“雪風”はその反動で急旋回する。

 僅か2000トンクラスの駆逐艦であった為、揺れは凄まじかったが何かに掴まっていた為、吹っ飛ばされる乗員はいなかった。


 二隻の米駆逐艦長は唖然とした表情で見ていたが見張り員からの絶叫の声で我に返る。


「味方の魚雷がこちらに向かっています!」

 二隻の艦長は魚雷を交わすために命令を発する。


「取舵一杯!!」

「面舵一杯!!」


 この違った命令で悲劇が起こる。

 高速であった為、艦首同士が思い切りぶつかったと同時に各一本ずつ、自分たちの魚雷が命中して水柱を上げる。


 二隻同時に火災が発生して艦内は大パニック状態になる。


 消火不能及び浸水が激しいため、両艦の艦長は総員退去を命じる。


 次々と乗員達が海に飛び込んで行くのを危険水域から脱出した“雪風”はそのまま現場から離れていくが寺内艦長は二隻の駆逐艦に向かって敬礼をして見送る。


「あの工藤艦長みたいに助けてやりたいのはやまやまだが今は一刻も味方と合流しなければいけない……」


 だが、寺内の心配はよそに後を追ってきた駆逐艦が二隻の乗員を次々と救助していくがその時の“雪風”は完全に離脱していたのである。

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