第97話:大和の暴風の前

 運命の朝、新太平洋艦隊総旗艦である戦艦“モンタナ”艦長室にて総司令官キング大将と艦長であるハリス大佐が朝の挨拶を交わしていたのである。


「ハリス大佐、全艦の出撃は0700時だ。それまでに食事等を終らせるように」


 腕時計を確認したハリス大佐は頷いてその旨を全艦艇に伝えようと艦橋に移動しようとした時、急に棚の上に飾っていた観賞用の小さな星条旗の旗がポキリと折れて倒れてしまう。


「!? ……縁起が悪いな」

「いや、迷信でしょう。艦が揺れているのですから」


 キング大将の言葉にハリス大佐が否定するとキング大将もまあ、確かにと言いそれ以上、それに触れることなくハリス大佐は艦長室を出ていく。


 だが、キング大将は得体のしれない不安がしたがあくまでも戦闘前の高揚感だと言い聞かせることにしてそれ以上考えないようにした。


♦♦


 その頃、戦艦“大和”は暴風圏内から出ようとしていた所で既に全砲塔には46センチ徹甲弾が装填されていた。


「山南砲術長、砲手達の士気はどうか?」


 有賀艦長の問いに横にいる山南砲術長が笑みを浮かべて万全で皆が早く撃ちたいと武者震いしていると言うと有賀艦長も満足そうに頷く。


「今回の戦いの為に無理に無理を重ねて通常より多めに徹甲弾を運びましたので重装甲区画に保管していますが敵艦の主砲で当たり所が悪ければ……ドカンと一発でお陀仏の可能性もないとは言えないですがまあ、大丈夫だと確信しています」


「そうだな、自惚れと言われるかもしれないが私も全く恐れる気持ちがないのだ」


 有賀艦長と山南砲術長の会話に木村司令は満足そうに心の中で頷いてきっと勝利すると確信する。


 その時、防空指揮所の見張り員から遥か水平線の彼方に艦船らしきマストを発見との連絡が入る。


 木村司令と有賀艦長が目を合わせるとゆっくりと頷く。


「よろしい、では私達も指揮所に行きますかな? 飛行科に連絡、弾着観測機を射出せよ!」


 戦艦“大和”後部カタパルトに零式観測機がクレーンで吊るされながらセットされるがその機体の色が全身真白だったのである。


「しかし、上の連中は何を考えているのだろうか? こんな全身真っ白だぞ?」


「本当にな、だが何か考えがあるのだろう。まあ、俺としてはこの目で“大和”の砲撃戦の眼となれば別に良いぜ」


 搭乗員の『藪氏満』一飛曹が笑みを浮かべて座席に座ると整備兵達も機体から離れて射出を見守る。


 そして……数分後、轟音を上げてカタパルトから射出されるとグングン上昇していく。

 それを防空指揮所にいた有賀艦長が見送る。


「しかし、あの零式観測機だがレーダー等に発見されない塗料が塗られていると言うが……う~む」


「ええ、その件ですが何でも陸軍の樋口大将から南雲長官を通じて魔法の塗料を分けてもらったとの事です。量に限りがあるために二機分を頂いたみたいですが?」


「……最近の陸軍さんは今までの組織と全然違う気がする。何というか……柔軟になっていると言うか柔軟すぎる」


「今は亡き鬼才、石原莞爾元帥を始めとしてですね? まあ、我々としてもやりやすければそれでいいです」


 そんな会話の途中、見張り員から再び言葉が発せられる。


 二人が会話を中断して双眼鏡で覗き込むと再び唸る。

「……停止しているな? 罠か?」


「いや、案外油断して未だ眠り呆けているのでは?」


 有賀艦長の言葉に木村は呆れた様子で頷くと横にいる山南砲術長の方に向くと彼は頷く。


「砲撃戦用意!」


 この号令をずっと待っていた各砲塔の砲術員がワッと歓声を上げる。


「久しぶりの砲撃だな! 腕が鳴るぜ」

「初弾命中で一発も外さないように狙えという事だったな!」


 各砲塔の重量が2500トンある超重量を誇る46センチ砲塔が水圧式でゆっくりと回転していく。


 その様子を砲術指揮所から木村司令と有賀艦長が満足そうな笑みを浮かべて見守っている。


「いや~、聞きしに勝る迫力ですな! 軽巡とか駆逐艦の砲とは規模が全然違うし何より今正に巨大な鉄槌を下す巨人見たいですな」


 木村司令が感嘆な声を上げたと同時に見張り員から未だにこちらに気付いていないとの報告を受けると再び双眼鏡を覗く。


「本当に未だ停止しているな、天祐我にあり! しかし……最新鋭の艦かな? シルエットが初めて見る」


 その頃、各砲塔では照準手が狙いを定めているところであった。


「動かない目標だ! 外すことは絶対ないな? 外したものは飯抜きだぞ?」


「それは困ります! 鯛の切り身が入った握り飯が食べられなくなるのは嫌ですからね、絶対外しません」


 砲術員達は軽口を言えるほど、緊張感がほぐれていたが絶対に命中させてやるという気概は全員が持っている。


 距離・方向・速度を測距儀で計測、射撃指揮装置で敵艦の未来位置を計算し、風や潮流を計算するが目標は停止状態なのでかなり計算が楽であった。


「仰角45度、修正-2度、砲撃準備完了!」


 山南砲術長はふと、半年前に自分が生きた前世の世界の事を思い出したことを回想する。


 彼が前世として生きた世界でも戦艦“大和”の砲術員として乗艦していたが一発も敵艦に向けて発射することはなく昭和19年の捷一号作戦前に“大和”から江田島海軍兵学校の教官として艦を降りたのである。


 内地で勤務中、サマール島沖で初めて敵空母に向けて発射したことを聞くと喜ぶと共に何故、俺はそこにいなかったのかと嘆いた。


 だが、終戦後に初めて“大和”が発射した目標は護衛空母だという事を知ったのであるが敵艦に向けて発射したのは事実で彼は無念の境地になったのである。


 戦後、何かの間違いで警察予備隊から自衛隊に入隊したのだがこれもまた手違いで陸上自衛隊に配属となって戦車砲員として定年まで勤めたのである。


「(結局、俺は平成3年に亡くなったのだが……こうして又、この“大和”に乗艦しているとは仏の導きか)」


 山南はそう思うと今、現在生きているこの世界で再び砲術長として正真正銘の敵戦艦に向けて発射出来ることを喜ぶ。


 有賀艦長がこちらを見ていることに気付いて無言で頷くと艦長も頷く。


「砲撃だ! 撃ち~方、初め!!」


 砲術員が発射ボタンを押すと艦全体が地響きのように揺れると共に46センチ砲×9門が一斉に轟音と共に放たれたのである。


 死神の大鎌が振り落とされた瞬間である。

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