第96話:日米艦隊の思惑

 その頃……米国海軍の再建を経た大艦隊は続々とパナマ運河を通過して太平洋に出て陣形をとるために集結していた。


「参謀長、後どれぐらいで全艦船がパナマ運河を通過出来て隊列を整えられるか?」


 新太平洋艦隊司令官『キング・ハルゼー』大将が時計を見ながら参謀長に聞くと彼からは全艦揃うには後、8時間弱の予定ですが超大型ハリケーンがパナマ方面に向かっているみたいなので一時的に運河通行を延期する方向のようですがと言うとキング大将は暫く考えていたが参謀の言葉に了承することにした。


「ジャップも運が良かったな? ハリケーンのお陰で命が永らえたのだからな?」


 司令官たちが高笑いしている中で一人の士官が真剣な表情で何かを考えていたがまさかの行動を日本が取るのではないかと気が付いて具申することにしたが一笑に付されてしまう。


「あの超巨大ハリケーンに突っ込んでそのままこちらに殴り込む? ビールの飲みすぎで頭がいかれたか? いいか、風速90メートルもある所にノコノコ突っ込む馬鹿がどこにいるのだ? 黄色い猿の頭の中でもそれぐらいは分かっている筈だ。恐らく日本艦隊はハリケーンの針路を迂回して来るだろうがその方向でこちらが待ち伏せして叩き潰してやるのだ! 正に猿狩りだな」


 だがその士官が諦めきれずに再度、具申しようとしたが司令官の一声で追い出されてしまう。


 溜息をついて艦橋から出て来たその士官に同期の士官が話しかけてきた。


「ランス大尉、お前の声……ここまで聞こえていたぜ?」


「……ふう、なあラップ中尉? どうも不安が尽きないのだよ! あの東洋の日本と言う国家……俺には不気味な存在でしかならないのだ。俺達白人と違う何か得体のしれない何かが……」


 ランス大尉の言葉にラップも頷くがしかし現実に考えてもあのハリケーンに突っ込む馬鹿は動物でもしないだろうという。


「もし、そんなことを考えている馬鹿なら知能はミミズ以下ということだ!」


 二人の会話が続いている中、艦隊は一時ハリケーンの直撃を避けるために針路上から離れているところで錨を降ろしてハリケーン去るのを待つことになったのである。


「ハリケーン通過まで二日と言うからそれまでは休息だな?」


「まあ俺の予想は黄色い猿の艦隊って今頃はハリケーンに巻き込まれて海の底では?」


「ha ha ha ! 猿が溺れている姿を是非、見たいな! 棒で叩きつけてやるのに」


 彼らの不幸は、無理もないが再建された米国艦隊の乗員の9割以上が戦争を経験していない若者達ばかりで日本と戦った海軍軍人の殆どが海の底に沈んでいったので体験話も聞けなかったのである。


 完全に日本を舐め切っているのは司令官を始めとして全乗員の9割以上であった。


 その完全に緊張感を保っていない様子は伊400搭載機無人戦闘機“晴嵐”からの映像で逐一、伊400に転送されていたのである。


「ふう、嘆かわしいな? 敵とはいえ、ここまで緩み切った艦隊は久しぶりに見たな?」


 日下艦長が呆れた表情でスクリーンを見ている横で橋本先任将校も頷く。


「この世界の米国は全体的に見て今までと違って精神が緩んでいるという事ですか」


 日下は引き続き米国艦隊を監視するように言うと現在、日本艦隊は何処にいるのだと聞くと橋本はパネルを切り替えて説明する。


「何と言うか……大和魂は凄いですね? 大和ですが信じられないですがハリケーンの速度が25ノットという遅いスピードですのでハリケーンの中を一緒のスピードで進んでいます。映像解析度が流石に少し悪いですが……大和自体はそんなに揺れていないで威風堂々と粛々と言うことですね?」


 日下はパナマ付近に展開している米国艦隊全ての位置を示す赤い光点を凝視していてその米国艦隊に接近していく“大和”と水雷戦隊の位置を交互に見る。


「……どうやら完全に奇襲攻撃となって真面に反撃できないまま海の底という事もあるかもな……」


♦♦


 その頃、戦艦“大和”艦橋では木村司令以下上級幹部が勢揃いして戦闘指揮所に詰めていた。


 凄まじい巨大な波が襲い掛かり艦を襲うが“大和”はびくともしないで進んでいたのである。


「しかし……この前代未聞な嵐の中でも揺れがあまりないというのは流石は“大和”という事か」


「このまま順調にいけば後、36時間で敵艦隊に突入出来ます」


「……米国艦隊の中に我らの行動を見抜く人物がいれば反対に我々は待ち受けられてボコボコにされてしまう」


 木村司令の言葉に有賀艦長がその可能性はあるかもしれませんが先ず、その可能性は無いに等しいかという。


「戦争がはじまり二年の月日が経ちましたが緒戦で我が海軍は太平洋艦隊を叩き潰してほぼ全滅まで追い込みその結果、熟練の将兵を始めとする士官や水兵たちはほぼ海の底なので今の者達は訓練しか知らない未熟者の集まり……正に烏合の衆と言えばよろしいでしょうか?」


「いや、それ以上に米国民を始めとする米国全体が戦争と言う状況に辟易しているのではないでしょうか? 命を懸けて戦う意義が見いだせないという理由の為に。もし、米国民が一斉に団結する事案が発生していれば……そうですね、例えば宣戦布告が行われる前に我が軍が攻撃したとか?」


 正にこの意見が正しいのであるが残念ながら彼らも全知全能ではないし日下艦長を初めとする伊400乗員も過去を色々と知っているのでもし、何も知らなければ正しい答えを見つけられたとは思えないのである。


 そして……間もなく“大和”は完全に油断している米国大艦隊の間近まで迫ってきているのだが誰も気が付いていない……。

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