第85話:伊400の休息①

 強敵との戦いを制して奴を仕留めた伊400は現在、北極海を南下している途中で深度300メートルを25ノットの速度で進んでいる。


「機関長、核融合炉の調子はいかがですか? それと修理状況は?」


 艦長『日下敏夫』少将の問いに機関室から現状時での航行なら問題なしだが増速すれば安全装置が働いて停止するとの事で修繕はきちんとしたドックで行わないといけないことを報告してくる。


「……難儀な事だ、所で橋本君? 例の要塞への臨時寄港の件はどうなっている?」


 先日、吉田技術長から伝説と言われている並行世界移動要塞の事を聞いてそれに当選する為に応募をしたのであるが未だ連絡が入ってこないのである。


「……そろそろ通知が入ってくる頃ですが……当選を以て知らせるとの事ですので外れかもしれませんが……」


 日下はやれやれと頭を掻きながら本格的な修理が出来ないままならこれからの作戦行動が大いに制限されるなと思った時、通信室から連絡が入り奇妙な信号データを受信したとの事を報告してくる。


 日下と橋本が同時に目が合うとお互いに頷いて直ぐにそのデータを解析して司令塔モニターに表示するように命令する。


 了解との返答が来た5分後、モニターに解析された通信文が表示される。


「これは……?」


 橋本の言葉に日下はこれは古代日本に伝わっている“神代文字”というもので一般的な学説では異端とされているものだがこの文字こそが神の言葉になるという。


「艦長はこの文字を読めるのですか?」


 橋本の問いに日下は頷いて時間が空いた時に世界中の古代文字を研究していたことを話すと橋本は感心する。


「この内容は……おおっ!! 当選だ!」


 日下の言葉に司令塔の中にいる乗員が歓声を上げると日下はそのまま続きを読んで要塞入港の手順が記された文章を読む。


「今から明後日の0600時に艦の正面に次元トンネルが出現するのでその中に入り進むと要塞内軍港ドックに入れるとの事だ」


 日下はそれまでにルーデルと岩本の晴嵐を回収しないといけないことを言うが橋本から日本における情報戦力の低下が心配されますがそこはどうするのですか? と聞いてくると日下はもう一機の無人機“晴嵐”の運用権を南雲中将に貸そうと思っていることを言うと橋本も確かにそうするしかありませんねと言った時に通信室から再び例の通信が入ったとの事でモニターに切り替えますと言ってくる。


 モニターに記された神代文字を読んでいく日下が信じられない表情をしながらも嬉しそうな感じで喋る。


「要塞内の時間の概念はなく時計も停止するばかりか肉体の老化も止まり永遠の時を過ごせるとの事だ。しかし、私達に限ってはあまり関係ないが納得がいくまでそこに滞在できるという事だ。そしてこうも記されているが元の世界に戻った時、要塞トンネルに入ったその瞬間の時間から一秒も経っていないそうだ。凄まじい世界だな?」


 日下の言葉に皆が興味深い表情をしていて早く行きたいと言う気持ちが沸き起こるが日下にはその前にやっておかなければいけないことがあるのでそれを終らすことにする。


「ルーデル閣下に連絡してマダガスカナル島に隠してあるナチス・ドイツに関する情報を回収してきてほしいと伝えてくれ。座標は……」


 日下の命令が直ちにルーデルに伝えられて「jawohl! (ヤ・ヴォルー)」と返答が返って来た。


 橋本は日下にルーデル閣下のドイツに対する愛国心について尋ねる。


「魔王閣下は複雑でしょうね? あの御仁は愛国心が強い方ですので」


 日下は橋本に遥か昔、彼に聞いたことがあり彼曰くこの艦に乗艦した時から何があっても動じないと言ってくれたことを言う。


「ああ、しかしこれだけは約束させられたな。艦長の命令内容はしっかり守るがこの俺の愛機になる“晴嵐”の運用に関しては好きにさせてくれとね?」


「……成程、だから艦長は魔王閣下に任せているのですね?」


「まあな、しかし……いつかはあの御仁も艦を降りる決断をする時が来るかもな? 理想とする世界に到達した時に。ま、その時はいつも通り大宴会を以て送り出すさ」


 そして……マダガスカナル島で情報が入っているUSBを回収したルーデルが操縦する“晴嵐”と岩本が操縦する“晴嵐”を回収する。


「無人機はそのままにしておくのですね?」


「ああ、再び戻って来ても時間が進んでいないからそれでいいさ」


 ルーデルと岩本他副操縦士2名が降り立って日下に敬礼すると日下も答礼を返して数か月ぶりの休息を楽しんでくれと言うと大きな返事で了解ですと言って談笑しながら4人は艦内に入っていく。


 それを見送った日下は橋本に頷くと海上を見渡す。


「……台風が接近しているみたいですね? 後、三時間ほどで暴風雨圏域に入りますのでそろそろ潜航しましょう」


 日下は頷くとハッチから司令塔に滑り込むように入ると続いて橋本も滑り込む。


「5分後に潜航開始する! 例の次元要塞への入り口が出現する頃だ」


 そして5分後、潜航開始した伊400の前に突如トンネルが出現する。

 日下と橋本は目を合わせると艦内全区域放送を実施する。


「トンネル突入まで30秒! 何が起きるか分からないから衝撃に備えろ」

 伊400はそのままトンネルへ吸い込まれるように侵入する。


 その瞬間、トンネルの入り口は掻き消すように消えたのである。

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