第74話:閑話⑧ある男の後悔と悪夢
ある並行世界の一つ……伊400艦長『日下敏夫』と同じ時代に生きたある人物が1994年寿命を迎えて天に召される……筈であったが横たわっていた老人の体ごと突如、消滅してしまう。
その老人は消滅する寸前まで悪夢を見ていて「申し訳ない」「本当に許してくれ」と苦悶に満ちた表情をしていた。
その人物が目を覚ました時、そこは真っ白な何もない空間に彼は立っていたがふと気づくと自分の体が二十代の時に戻っているのを見て吃驚する。
「こ、これは……? 走馬灯と言うものか?」
その時、彼の前に一人の僧が出現したが彼からはとてつもない霊気を感じると共に人間ではないと直感する。
「……御坊、貴方は……?」
「……わしは空海、又の名を弘法大師である。大田正一よ、このままであればお主は輪廻の輪に絡まれて苦しみながら後悔しながら永遠にさ迷う事になろう」
太田正一と呼ばれた人物は苦悶の表情を見せると共に己が生きて来たありとあらゆることを思い出していく。
「……全知なる弘法大師様、この愚かな私の魂を救っていただけるのですか?」
「……特攻兵器“桜花”の発案者であるそなたは今この瞬間でも苦しんでおろう? そこで相談だがもう一度、やり直してみてはどうかな? 今度は特攻兵器ではなく普通の戦闘機である“桜花”の発案者として?」
弘法大師の言葉に太田はポカンとした表情をするが直ぐに元に戻すと本当にそれが可能になるのですか? と聞くと弘法大師は頷く。
「この宇宙には貴公が今住む世界の他に無数の別の世界がありそれは並行世界と言われている。私の神通力で、ある並行世界に貴公を送り届けてやろう。その世界で己を見つめ直すと共に今度こそ悔いが残らない人生を送り天寿を全うするのだ。それが可能になるかどうかはそちの心構えじゃがどうするか?」
まあ普通なら夢と片付けるのが関の山だが後悔と屈辱にまみれながら人生の殆どを世間から隠れて生きて来た彼にとって表の道……光の世界を堂々と歩けることが出来ると言うのは非常に欲すものである。
「お願いします! もう一度、やり直してみたいです!」
太田の切実なる表情を見た弘法大師は初めて笑みを見せると頷くと真言を唱える。
彼の体が光に包まれていく。
「……もしかすると……時の漂流者と出会う事があるかもしれないな?」
その瞬間、凄まじい白銀色の閃光が閃くと同時に元に戻るとそこには彼の姿はなかったのである。
「……太田正一、今度こそは悔いのない人生を過ごすことだ」
♦♦
太田がある並行世界に飛ばされて早、十年が過ぎた時……遂に特攻兵器としてではなく超音速ジェット戦闘機“桜花”初号機が完成する。
「……よし、会長にご報告だ!」
油にまみれた作業着を脱いでシャワーを浴びてさっぱりとした太田は莫大な書類を脇に抱えて会長がいる超高層ビルに行く。
“朝霧コーポレーション”と記された巨大な看板を見上げながら十年前の事を思い出すと改めて会長の情けを思い出す。
「この十年間、がむしゃらに動いてきたが悪夢は未だ見続けている……。いつかは悪夢を見ないで心地よい熟睡が出来ればいいのだがな」
太田はそう呟くと朝霧コーポレーションの自動ドアを潜って顔パス同然で受付嬢に挨拶して会長がいる階のEVに乗り込む。
5分後、太田は朝霧会長と対面にてこの十年間の大成について説明していた。
彼の説明に笑みを浮かべながら頷いていて一通りの説明を聞くと是非、実物を見たいと言うと太田は元気な声で是非! と言い、開発棟へ朝霧会長と行くのである。
“朝霧航空技術廠”が入っている第三開発棟に入ると技術者達が朝霧会長と太田に敬礼して迎える。
「会長、これが超音速多目的攻撃機“桜花”一型です」
その姿は紛れもなくかつて大東亜戦争時に特攻兵器として開発された“桜花”と全くの同型であった。
太田は手元にあるタブレットで画面をタッチすると性能表がホログラムのように空中に映し出される。
全長:7メートル
全幅:5メートル
全高:1.5メートル
全重:3トン
速度:巡航速度マッハ7(最大速度:マッハ15)
航続距離:∞
エンジン:朝霧マイクロ小型熱核融合炉
主武装:30ミリレーザーバルカン砲×1門・両翼の下に多目的ミサイル・爆弾搭載可
「……ふむ、我が会社が開発した核融合炉をきちんと使いこなしているとはな! 所でこれだけではないのだろう?」
朝霧の意地悪な質問に太田は勿論と言いこの“桜花”の特徴を詳しく話す。
「この桜花の最大の特徴は操縦席に設置しているヘルメットを被るとパイロットの思考をAIで読み取り、各種ミサイルやレーザーバルカン砲などのあらゆる火器管制が行える思考誘導装置を有しております。その結果、スイッチや操縦桿やボタンを使用するよりも迅速かつ的確に操作できますがこの思考誘導装置は日本語にしか反応しない代物です。この思考誘導装置の長所は日本各地の方言にも適応しています」
朝霧会長は太田の説明に無言で頷くばかりであった。
勿論、凄まじい性能に開いた口が開かない状態だったが気になる事を質問する。
「原則、補給なしで活動できるのは分かったがその思考誘導装置は自動操縦でもいけるのかな?」
「はい、勿論です! 操縦士の思考通りに動きますが勿論、手動でも大丈夫です。最大速度で急旋回しても重力自動制御装置で機内のGは無効になるのでどんな運動でも操縦士は何の影響も受けることはありません。全く飛行機を操縦したこともない普通の人物でもこの“桜花”を手足の如く動かすことが出来ます」
この機体の説明をしている時の太田の表情は生き生きとしており朝霧も笑みを浮かべながら聞いていた。
「まだまだ改良点がありますが防御の方も最強の盾で護っています」
朝霧は頷くと己がもっと求めて納得できる“桜花”の最終完成を祈っていると言い満足な表情をして秘書と共に開発棟を出ていく。
太田達は深々とお辞儀をして朝霧会長を見送る。
朝霧は開発棟を出ると秘書に言う。
「彼にとって本当に苦悶の旅が終了するのはあの男と共に行動する時だな」
そう……、太田正一が開発した特攻兵器ではなく生きるための“桜花”は未だ邂逅していない並行世界の漂流者『日下敏夫』海軍少将が乗艦する“伊400”搭載機“晴嵐”の次期搭載機になる予定だがそれは未だ先の事である。
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