第53話:まさかの人事

「寺内大将の死因が暗殺……? しかも金髪娼婦を抱いている途中に!?」

「はい、行為中に細先が尖ったもので延髄をグサリと」


 サンフランシスコ防衛部本部の建物を接収して新たに日本軍司令部となった大会議室内にて陸軍師団長及び山本五十六を始めとする高級幹部が勢揃いしている中、緊急会議で寺内大将の訃報についての報告であった。


「前代未聞だぞ!? 皇軍の大将が娼婦に襲われて殺されました……恥どころではないぞ?」


 阿南中将が持っていた軍刀でドンと床を叩く。


 山下中将も憤怒の表情でこれが国内に知れ渡ったらとんでもない醜聞となって陸軍最大の汚点となって歴史に残るぞと言う。


「残念ながら既に米国全土に構築されている通信手段によって拡散されています。ラジオ・テレビで大ニュースになっています」


 辻政信が困惑な表情をしながら報告するが皆も頭が混乱していたのである。


 じっと何かを考えていた山本が手を上げて発言する。


「このことは非常に我が国にとって恥になるがそれよりもこれからの事をどうするか考えなければいけないのでは? 後任に誰がなるのか? しかも残存ソ連軍が国境を越えて満州に攻め込んできたというではないか? このままいけば現在、こちらに向かっている5個師団で打ち止めとなれば米国西海岸の都市2つぐらいしか防衛できなくなるがそれについてどうお考えか?」


 今村中将と本間中将が顔を見合わせると頷きあい思っていることを話すがやはり思っていた通り紛糾する。


「石原莞爾を呼び寄せて全部の指揮を執らせる? 冗談にも程がある!」


 牟田口廉也が憤怒の表情で否定すると他の軍団長も頷く。

 辻政信も勿論、猛反対する。

 だが、意外にも阿南中将がその案に賛成すると言ったものだから他の皆が吃驚した表情で阿南の方を見る。


「別に不思議ではなかろう? 元々、今回の作戦は初めから石原の案で石原軍団のみで進む予定だったのが米国による本土空襲で急遽、変更になって奴の案を横取りしたのだ」


 牟田口が何かを言おうとした時、伝令がやってきて本土から緊急電が入ってきましたと言い電文の紙を渡す。


 一同、それを読み終わった時、信じられない様子であった。


「何と……東條が目を覚まして後遺症もないほど回復したとな? 正に神仏のご加護だな」


 阿南が笑みを浮かべたと同時に牟田口と辻も安堵した表情であった。


「それに……残存ソ連軍が満州に攻め込んできたとの事だ! それに伴い牟田口・辻・富永の両三名は直ちに本土に帰国して満州への転戦命令だ」


 この文面を見た牟田口や辻も表面上では普通にしていたが内心ではガッツポーズであった。


 何しろ、全然興味がない米国本土へ行くよりも長年、親しんできた大陸方面の方が手柄を立てやすいからである。


「それとだ、東條首相からだがサンフランシスコはこれより永久統治することを決定したので要塞を築くと同時に軍港も拡張するようにとだ」


 山本はそれを聞くとほう……と興味深い表情を見せると共に頭の中で色々な事を考えるのである。


「所で寺内閣下の事は本土に報告したが後任の人事は何と言って来るのだろうか?」

「さあ、とにかく次の命令が来るまで各々の守備位置を強固に固めておくことがいいな」


♦♦


 その頃、本土でも米国遠征軍から寺内大将暗殺事件の経緯が知られて急遽、会議が開催されたのである。


「……栄光ある皇軍たる陸軍の誇りを汚すとは!」


「所詮、親の七光り坊っちゃんだったか! まあ、娼婦に殺さるとはある意味本望では?」


「国内でもあまりにも恥ずかしい死に方で国民の嘲笑の的となっているぞ?」


 出席者達が好き放題言っていたが丁度きりがよさそうなタイミングで東條がパンと手を叩くと一瞬で静寂になり彼の顔を見る。


「寺内大将の後任についてだが、先程宮内庁から連絡があり、陛下直々の勅命により『石原莞爾』に米国大陸方面最高司令官に任命したとの事だ」


 東條の言葉に出席者達はお互い顔を見合わせると???の状態になっていたが一人が口を開く。


「そもそも何故、陛下は石原莞爾の事を贔屓にしているのだ? あいつこそ泥沼状態に陥っている中国大陸での戦いの首謀者なのに?」


 その他の者も不満の口を開くが東條の一喝で瞬時に静かになると東條が口を開く。


「恐れ多くも陛下が決めた事だ! 臣下たる者、それについて文句を言う事は陛下を責めるという事だ! 私はそれに従う。直ぐに布哇にいる石原にそのことを伝える」 


それから議題は満州の話題に移ったがこれといって良い案は無かったが救われていることもあった。


「今しがた入った情報だが関東軍はソ連の攻撃を何とか防いでいるようだがソ連の勢いが真剣ではないとの報告が入った」


 服部大佐が立ち上がるとそれについて説明するが内容としてスターリンという恐怖政治の親玉が亡くなったことが大きな原因だという。


「スターリンが生きているときはどんな高級将校でも気まぐれ一つで銃殺かシベリア送りだから死にもの狂いで突撃したが重圧がなくなった事だからと思う」


 彼の説明に東條以下の者達は成程と頷いてとりえずの方策として米国本土に派遣する予定であった20個師団をそのまま満洲に送り込むことが決定する。

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