第26話:閑話

 橋本先任将校が休憩の為、食堂に立ち寄った時、既に先客がいてその先客が珍しい事に日下艦長であった。


「艦長、珍しいですね? 見た所、食事は終わったのですか?」


 橋本の言葉にノートに何かを記入していた日下は顔を上げてペンを置いてノートを閉じると笑みを浮かべて頷く。


「まあね、たまには艦長室に閉じこもるのではなくこういったスペースで寛ぐのもいいかなとね? もう後、二十分もすれば航海科の連中がここにくるだろう。どうかな? それまでコーヒーでも飲んで久々に業務以外を語ってみないか?」


「それはいいですね、それでは失礼します」


 橋本はそう言うと日下の向かいに座って紙コップにコーヒーを注いで日下の前に置いて自分も注ぐ。


「所で艦長、護衛艦“しらね”の山崎艦長から聞いたのですがこの時代に来る数週間前、未だ令和にいた時に日本の最新鋭技術が漏洩して大騒ぎになった事案が発生したようです」


「ほう? どんな技術かね?」

「永久機関との事ですが」


「……ふむ、我々にとっては数々の平行世界を渡り歩いてきたから今更の技術で伊400にも一部、永久機関が搭載されているが令和時代の日本は夢のような技術だね」


 日下は紙コップに入ったコーヒーを一口、口の中に入れて苦味を楽しむ。

 数分間の間、お互いコーヒーを飲んでいたが日下の方から再び話を切り出す。


「それで結果はどうなったのかな? 泣き寝入りか」


 日下の言葉に橋本は首を横に振って否定して予想外の事を話して日下は吃驚する。


「永久機関の設計図もろとも犯人たちが乗った船を公海内で撃沈したようですが最重要部品がスパイ達の手に渡ったとの事です」


「それは……一大事だがその設計書をスパイの手に渡した犯人は何と引き換えにそんな馬鹿な事を?」


「金です。最も彼は優秀技術者だったのですが会社はそれに相応しい報酬をケチっていたようですね」


 日下はそれを聞いて溜息をついて呆れた表情を造る。


「朝霧コーポレーションとは大違いだな、彼も朝霧会長がいる世界に生まれてくれば幸福な人生を送れたのに……。予想はつくがその技術者、売国奴や非国民と罵られたのでは?」


「ええ、まあ彼は独身だったようで自分の会社に辞表を社長の顔面に叩きつけて去って行ったようですよ。最もその日に逮捕されたようですが翌日、心臓麻痺で急死したと発表されたみたいです」


 日下はそれを聞くと何かを考えるように目を閉じていたがある答えに行きついて目を開ける。


「橋本先任将校、彼は消されたのか」


「いや、そうではないようで翌日、当番が確認した時に留置所から忽然と姿が消えたのを見たそうです。正に幻の如く警官の前で消えたようです」


 その言葉を聞いた日下はもしかすると神隠しの一種で超自然現象的な事が起きたのではないかと想像してそれを橋本に言うと彼も肯定する。


「ええ、他の人が聞けば一笑に付されますが私もそう考えます。最も山崎艦長は消されたと思っているようですね?」


「その技術者、願わくば新たな世界では幸福な人生を遂げて欲しいな。しかし、技術漏洩か、そういえば……あの本土決戦時の世界に帰る時に有泉さん達との宴会で朝霧会長から技術の大切さを聞いたな」


 今から日下達の時間軸で百年前、朝霧コーポレーションから荷電粒子砲の心臓部と言える設計図が隣国のスパイに買収された事があったという。


 犯人は技術者の一人だったが当時の朝霧コーポレーションは大判振る舞いをする傾向ではなかったので不満が燻っていたという。


「その後、朝霧会長はスーパー的な発明をした者には破格の褒美を与える事にしてそれを実施した時から一切の技術漏洩や売り渡す者がいなくなったという」


 日下が懐かしそうに朝霧会長との会話を思い出しながら喋る。


「現金なものですね、まあ確かに人間の殆どは仕事に見合った報酬を貰いたいというのは自然な事ですからね?」


「うん、その点では朝霧会長こと明智十兵衛光秀公のライバルであり親友でもあった羽柴秀吉公の方が上手だったと言っておられたな」


 会話が終わった時、発令所から布哇司令部から緊急入電が入ったのでお戻りくださいとの放送が入る。


「行くか! 恐らくだが米国機動部隊を発見したのかもしれないな」


 二人が立ちあがって食堂を出る時、航海科の乗員達が入って来た時でお互い、礼をして離れる。


 数分後、発令所に戻った日下達に通信員が電文の紙を渡すとそれを読んだ日下が頷くとそれを橋本に渡す。


「……伊168がベーリング海峡出口にて米国機動部隊を発見して直ちに南雲艦隊が布哇を出港する事になり明日の0600時に出撃するそうだ。ちなみに護衛艦“しらね”が参戦して“いせ”は戦艦“大和”と共に布哇を護る任務を命じられたとの事だ」


 日下の言葉に発令所にいた乗員達は頷くが伊400は何をするのか? という表情に日下はカムチャッカ半島沖で哨戒行動を実施すると答える。


「ま、勘が当たれば褒めてくれ! 何か悪い予感がするのだ」


 その悪い予感は当たるのだがそれは少し先の事であった。


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