第25話:愚かなるもの
オワフ島にある旧太平洋艦隊司令部があった建物は現在、駐留ハワイ軍司令部として石原莞爾が執務している場所であるがその中にある大会議室内の雰囲気は一触即発と言うか嫌悪な感情が渦巻いているカオスな状態部屋であった。
「すると……貴官はこのまま中立せずに米国と話し合いをすると言われるのかな?」
石原莞爾は海上自衛隊護衛艦“いせ”艦長の久留間と会話をしていたが久留間艦長の方が一方的に石原を始めとする陸軍と海軍を批判していた。
偶発的に邂逅した護衛艦“しらね”“いせ”は南雲艦隊と合流して真珠湾へ共に行くがその道中、この世界が自分達が知っている歴史と全く違う展開になっている事を知って愕然としたのである。
久留間にとって旧日本陸軍や海軍を含む軍隊こそ日本を悲惨な目に逢わせて数百万の犠牲を強いた極悪組織と放言してそこにいた海軍や陸軍の者達を怒らせていたが石原と南雲の睨みで何とか平穏を保っていたのである。
「申し訳ないが我々がいた時代の歴史と状況は違うが自衛隊と言う米軍組織の中に組み込まれている我々が時代が違うとはいえ同盟国で友好的なアメリカとは一切、構えることは出来ない! そもそも私達がいた時代でもそうだがこの時代でも起きた満州事変を切っ掛けに泥沼の戦争へ導いたと私は断言する! その悲惨な戦争の幕開けを実施した石原莞爾大将、貴官だと思うが?」
直に批判された石原は表情も特段、変わらずに彼のいう事を聞いていたが何故か醒めた心で久留間の事を見ていた。
「とにかく日本の犠牲は大きかったが米国が原爆投下してくれたおかげで数百万の国民が救われて大東亜共栄圏という誇大妄想でアジアの人々を傷つけた旧日本陸軍や海軍が解体されて専守防衛のみの自衛隊と言う米国と共に生きる事になったのだ。しかもポツダム宣言を早く受け入れていなかったから原爆を投下されたのだ! サイパンや沖縄本島に米軍が迫ってきたときに戦わずに全面降伏をしたらひめゆり部隊の悲劇も無く、米国と講和しておけば原爆を投下されることは無かったのだ! そこにおられる牛島中将や栗林中将も早々に降伏すれば余計な犠牲も増えなく貴方達も生き残って戦後を生きると共に戦争も早く集結したのだ」
久留間の言葉は、温厚で滅多に怒鳴りもしない牛島や栗林、そして樋口が遂に堪忍袋の尾が切れた瞬間、伊400艦長『日下敏夫』海軍少将が彼らを制して久留間の前に出て右拳で思いきり頬をぶん殴ったのである。
久留間は吹き飛んで壁に激突するが痛みを押さえながらよろよろと立ち上がり激高するが手を出さなかった。
「久留間艦長、一つだけ言っておくが……貴官のいう事は滑稽に過ぎない。あの戦争を貴官が言うような単純では片づけられないのだ。貴官は……表の一部分だけを見ていて本質の所を分かっておられない。そして……米国かぶれの貴官は自衛隊にも相応しくないと断言する! そんなに米国が好きなら貴官一人で米国本土へ行けばいいかと?」
言葉こそ丁寧だが日下が発すオーロラは凄まじい殺気を含んでいて年数で言えば百年単位を生きている彼の眼力に久留間は一瞬で腰を抜かして床に崩れ落ちる。
百戦錬磨を誇る石原を始めとする牛島達も初めて見る日下が発すオーラに肝が冷えてずっと一緒だった橋本も吃驚するほどであった。
だが、久留間は最後に余計な事を言ってしまう。
「日下さんと言ったかな? 貴官はそういえば戦時中の商船船員虐殺の刑でB級戦犯として服役した筈だがそんな非人道的なことを平気でする極悪人だから不名誉な戦犯として名を残したのだ! 公明正大な東京裁判が米国主導で行われて戦争を引き起こした戦犯たちが罰せられた! そして我々がいた日本は米国の熱き友情と同盟を以て世界平和に貢献しているのだ。A級戦犯が靖国に祭られているのは間違っている! A級戦犯たちの誤った行動で靖国神社の英霊達が散って逝ったのだ! さっさと分祀するのが正しい」
この決定的な言葉にその場にいた護衛艦“しらね”艦長は、これはやばいと感じて強引に久留間を引き留めようと動いた瞬間に一発の銃声が響き渡る。
「え……?」
久留間の胸から血が流れると共にゆっくりと崩れ落ちて動かなくなった。
石原莞爾が銃を久留間に向けて発砲したのである。
「……嘆かわしい、これが日本軍人の後身たる自衛官か? 聞くに堪えれない愚かな言葉しか出ないとは……な!」
石原の行動に誰もが抗議するばかりか反対に称賛の言葉がとびかかる。
日下も橋本と目を合わせるとゆっくりと頷く。
「石原閣下がしなければ私が銃を抜いていたよ」
日下の言葉に“しらね”艦長の山崎二佐が頭を下げて謝ってくる。
石原は憲兵隊に命じて死体を片付けるように命令して火葬して無縁墓地に埋めてやれというと憲兵隊が頷いて屍を運んで行った。
「人それぞれ思う所があるのは仕方がないが奴は……一線の領域を超えてしまった。このまま放っておけば増々酷くなるから引導を渡したのだ。どっちにしろ、あんな考えではこの世界を生き延びる事は出来ない」
日下達も頷く。
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