第20話:溜息

 東條英機が倒れたとの情報を受け取ったハワイ司令部だが正月三が日は何の情報も連絡も無く過ぎていた。


 一月二日早朝から海軍が運んできた陸軍兵器を次々と陸へ揚げる作業をしていた。


「このままだと五日にも終了できるな、しかし気になるのは本土から何も言ってこない事だが……何が起きているのだろうか?」


 栗林中将が丘の上から兵器の荷揚げを見ながら隣にいる軍人に声を掛ける。


 その人物はどうせ下らない事か石原閣下の足を引っ張る事しか考えていないのでは? と言うと栗林も苦笑しながら頷く。


「ま、そうだな! とにかく一度、司令部へ行ってみるか? 『バロン西』少佐」

「閣下、私の本名は『西武一』ですよ? まあ、閣下なら喜んで受け入れますよ」

 二人は笑いながら司令部へ足を運ぶ。


 司令部へ行く途中、牛島中将と出会ったが彼は凄い難しい表情をしていたので栗林が本土から悪い知らせが? と聞くと牛島は頷きながら無言で先を歩く。


「バロン、何やらキナ臭い事が起きるのかもな、気を引き締めて行こう」

 バロン西も頷くと司令部へ足を急ぐ。


 栗林とバロン西が総司令部の入口に来ると将官以外の者は入れませんと衛兵から言われてバロン西はそうでしたといい栗林に後ほどといい栗林が中に入って行くのを見送る。


 栗林が石原の執務室の前に来ると牛島と樋口が立っていて今、名前は分からないが例の新型潜水艦艦長である海軍少将の方が来られて話をしておられると聞き栗林は頷くと直立不動で終わるのを待つ。


 十分ほど経ち、ドアガ開いてその海軍少将が出て来たとき、その人物は三人に笑みを浮かべて会釈して立ち去っていく。


「……何百年も生きているような貫禄と雰囲気を発していたな」

「全てを達観していると見た……」

「まあ、いずれ関わるかもしれないな」


 三人が執務室に入ると石原は笑みを浮かべてソファーを三人に勧める。


 恐縮して三人が座ると石原が本土の事で言いたいことがあるのかな? と言うと樋口が代表として頷いてこれから我々はどうなるのかを聞きたかったことの事をいう。


「現在、杉山陸軍参謀長が陸軍大臣に推薦されていると情報が入った。東條は重度の脳梗塞で意識不明の重体だという事だ。何にしろ、米国本土上陸作戦は白紙に戻される可能性が高い」

 淡々と説明している石原であったが本心は悔しい気持ちで一杯だった。


 樋口がそれでは我々も近く本土へ戻れとの命令があるのですか? と聞くと石原は首を横に振ってこたえる。


「それはないな、この俺と一緒にハワイと言う島に置き去りという事かな? いつかは米軍が攻めて来るだろうが当分は先の話だろう。それより私は貴官達三名の事を歴史に名を残す名将と定義しているのだよ? 君達がいる限りはこのハワイは絶対に米軍の手には戻らない」


 突然、石原が自分達を褒めて来たので三人は顔を見合わせる。

 その様子を見て石原は何も言わずに無言で頷く。


「(占守島防衛戦・沖縄本土決戦・硫黄島決戦において活躍した三名がこの地に集結しているのだ、牟田口みたいな無能で大馬鹿が配下にいれば最悪だった。本当に彼らが配下になってくれて助かったよ)」


「ま、本土のゴタゴタは私に任せて君達はハワイ諸島防衛についてのアイデアを作成して欲しい。米国本土に殴り込みを掛けなくてもこのハワイは二度と米軍に渡さない決意である」


 石原の決意に三人は起立して敬礼すると失礼しましたと言い執務室を出て行こうとしたが石原の言葉に振り向く。


「我々には守護神が付いているから何の心配もしなくてもいい」


 三人は再び敬礼すると執務室から出ていく。

 それを見送った石原は椅子に座ると物思いにふける。


「米国本土上陸を成功させて箔をつけて日本の政権を取って前世時代の日本みたいに全てにおいて安全な国造りをしたかったのだが……それも画塀の餅か」


 前世においてクーデター政権を逆にクーデターを起こして政権を握って米国による本土決戦を戦い抜いて勝利したことを思い出す。


「……ふむ、出来れば数名程の有能な人物が欲しいが……大本営もこの時点で無名の者なら了承すると思う」

 石原は過去の記憶を思い出しながらメモ紙に色々と名を書いている。

 そして大本営に申請する将官として『佐藤幸徳』大佐・『宮崎繁三郎』少将を手元に置いておこうと決める。

「この二人は無能者の牟田口には勿体ない人物だ。この俺が使えばもっと活躍できるからな」


♦♦


 一方、戦艦“長門”司令官室で山本長官と南雲長官・小沢長官・木村昌福の四名が会話をしていた。

「それでは一航戦と二航戦は本土に帰還するという事ですね? 五航戦のみハワイに残すという事ですか」

 南雲が呆れた表情で呟くと小沢も頷く。


 山本も言いなりしか能がない嶋田海軍大臣の仮決定に溜息しか出なかったのである。

「彼らは現在の状況について何も分かっておらんのだ! 後二年もすればこのハワイを奪回すべく正規空母二十隻・戦艦十隻以上が押し寄せるぐらいに建造される」


 山本の言葉に他の者は沈黙する。

 その時、通信員から本国での新体制とハワイ駐留軍に対しての命令が来ましたと伝えて来る。

 その内容は……驚愕するレベルであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る