第三話『そこにアイはあるか』 その㉑決着
嫉妬した。
この優妃君の歌が
優妃君がどちらかに贔屓して目線を送ったのではない、どちらのことも見ちゃいないさ。画面に表示される歌詞を追うのに必死で、間違えないように震えながら確認するように、、
彼女は全力で歌ったのだ。
僕君たちには聴かせてくれなくて当然だな。
一番を歌いきった優妃君から目をアリサ君に戻すと、彼女はいなかった。知っている。
「無駄な事を」
だが優妃君のあの歌を聴いて、奮い立たない奴は女じゃないだろう。
先の一発の条件は考え直してやらんでもない。だが、負けてあげないよアリサ君。
僕君もこの下北の撫子として最低限のプライドは持ち合わせているつもりだ。君に両方で負ける訳にはいかないんだよ。せめて、負け犬の君を優妃君にプレゼントしてやるとも。
アリサ君は右に居る。僕君の眼帯の先だ。先程、左後ろに居る優妃君から目線を戻した時に目に入らなかったのだし、それは自然とそうなる。
そして僕君がそちらを探して右に顔を向けた瞬間、至近距離から顔面を撃つ。
ありきたりな手段だが、こちらとしてはそれなりには面倒な手段だ。
だが、アリサ君は勘違いしている。
僕君は
飛び回って撃つのなんて! 僕君だって子供の頃から練習しているんだよ!!
失明するくらいにはこれに夢中だったんだ!!!
僕君は左前方に飛びながら― 身体を捻り、銃を構えて、、後ろを向く。
「ほぉ…」
アリサ君は僕君の予想よりも更に右側にケンケンで回り込んでいた。これではほぼ真後ろだ。
関係ないがね! そこに寸分の狂いもなく照準を合わせたところで、、
嫌な予感がした。
トリガーを引いてはいけないと、眼帯の奥が疼き、この右目が警告するのだ。
それはなぜか、僕君は尻餅をつく寸前で理解した。
「そんな馬鹿な……」
信じ難い、そんな光景が展開されようとしている。
優妃君が、アリサ君を庇うように身体を大にして前に出たのだ。
ありえないことだ。こんなのはありえちゃいけないことだ。
いや、アリサ君を庇うために優妃君が身を挺して飛び出してくるのはまだ理解できる。
映画やドラマ、創作物の世界でも物珍しくない展開、なのに。
でも! これは!!
アリサ君も
こんなことが許されるのか? 許されていいはずがないだろう!!
いや違う!これでいいのだ!!
僕君は尻餅をついてからようやく理解した。
僕君の優妃君に対する感情や、優妃君のアリサ君に対する感情が恋であるとするならば、このアリサ君の行動こそが愛なのだ。
身を差し出すことが恋ならば、それを受け入れて共に歩んでいく覚悟こそが愛なのだ。
「あぁ。これは勝てない」
好きな人を撃たない、撃たせない。当たり前じゃないか。
好きな人が撃たれても愛し続ける。ふざけるなよくそ。
そんなの、もし僕君が優妃君を怪我させてしまったら、余計に愛が強まるだけじゃないかよ。
僕君は乱れた照準を合わせるのを諦めた。見上げれば彼女の右十字が輝いていて、、
「ホワイトショック!!」
アリサ君が叫んだ。鼻の下がピリッ―! とする?
微少の電気の弾を撃ち込まれたのか??
僕君も、アリサ君の前に立つ優妃君もキョトンとした。何をされたのかよく分からない。
「だぁクソ! やっぱデマじゃねぇかよサメ子!!」
おい。おいおい。どうやら今のか弱い一発で僕君を倒す予定だったらしいぞ。
それはなんとも、、なんとも、、、 ふざけた女だよ君は!!
「………………もういいさ、今の一発で僕君の負けだよ」
どんな一発にしろだ。それが覚悟を持った一発で、それを当てられたのなら納得もいく。
喧嘩では負けないつもりだったんだがな。あんな自ら撃たせるような隙を晒した時点で僕君の負けだろう。それが銃撃戦ってものだと認識してるさ。
「だから下北沢の撫子権もあげよう。元々僕君には必要もないものだ」
「……ヒトミさん。でも、アタシたちそんなつもりじゃ」
皆に後で何と言われるか分からないがな。でもきっと許してくれるだろう。
それにアリサ君はまだ二年生だ。なら僕君よりもずっと未来がある。応援もするよ。
「カッコつけんなよ。お前の勝ちでいいだろ白い鷹。ま、優妃はやらねぇけどな」
「そんな失礼なこと言わない! てかアタシはべつにアンタのじゃないし!!」
やっぱしねぇよ。早速イチャイチャしやがってこのクソガキ共が。
「では今回は撫子同士の話し合いで和解したということにでもしとこう。よって、清女と三葉には上下関係もなく、駅の撫子権の移動もない。明日からその噂を流させておくよ」
「ヒトミさん! あの、アタシ何て言ったらいいか分かんないけど、その、ありがとう!!」
ありがとう、か。
ハッキリと終わりの意味を含んだ言葉に、彼女の芯の強さを感じる。
(もし、あのままアリサ君が来ずに、膝の上で目を覚ましていたのなら…………)
僕君らしくもない未練タラタラな考えに苦笑してしまった。だって可愛いんだもん。
「僕君の気が変わらない内にさっさと下北から出て行ってくれ」
「ほんと感謝です! ほら、アリサもお礼言いなさいよ!!」
「ちょっともうボロボロだから無理。…………でも、その、、助かる」
「次があれば、その時はちゃんと負けを認めさせるからねアリサ君??」
あーなんてお人好しだよ。でも自分で負けを認めたからには、それくらいはさせてもらう。
思い出に残るような歌も聴けたし良しとしよう。しばらく耳から離れそうもないな。
ある意味での僕君の失恋ソングだ。これから先の人生、何度か聴くこともあるだろう。
「まさかあれ程音痴ではないだろうが」
「なんか言いましたぁ!!?」
腹を、、蹴り上げられた。それはとっても切なく。痛かった。。
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