第三話『そこにアイはあるか』 その⑳白い鷹
一番奥の大きなパーティールーム。三十人以上は入れるだろうただっ広くて薄暗い空間。
無数のテーブル、ソファー、椅子、モニターも大きいものが四台。
カラオケなのだから、誰かの歌声かモニターからのCMの大きな音が流れ出ているかと、頭の中でそう思い込んでいた分、扉を抜けた先の静けさに違和感と重苦しさを覚えた。
扉を抜けて、鷹木を見つけるのに3秒。優妃を見つけるのに5秒も掛かった。
膝枕、寝る優妃、二人きり、奥の席、薄暗く静かなパーティールーム、、
鷹木はオレと目が合うなり、シーッと人差し指を唇の前にそっと立てた。
遅かったね。そう言われているようで、いや、実際に遅かったのかもしれない。
もう、間に合わないのかもしれない。
「だからどうした」
そんなオレの一言から、二人の、三人の時間は動き出す。
「何しに来た、とは言わないがね。ここでそっと帰るのも悪い選択肢ではないと思うよ」
優妃の髪を撫でながらに言う鷹木。言葉よりも分かり易い意思表示だ。
「とりあえずこれ。雑魚から抜き取ったマガジン7つ。お前も取ったもんは返せ」
オレが入口脇のテーブルの上にハンドガンのマガジンをばら撒くと、鷹木は苦笑した。
「これはこれは随分と頑張ったんだねアリサ君。彼女らもそこらの撫子並には強いのに。いいよ、あのオモチャは返そう。でも僕君の取ったものって
「それは、、オレが決めることじゃねぇ」
と、ここで目をパッチリ開けた優妃。上見て、こっち見て、上見て、こっち見て、、
「な、なな、な、なんでぇええ!!??」
知るか。そんなに焦られるとこっちまで悪いことした気分になるじゃねぇか。
「おはよう優妃君。ごめんよ、起こしてしまったね。アリサ君とお話中なんだ」
「そ、え? なんでアリサがいるんですか!? てか何しに来たのよアリサ! いまS―」
今更と、口に出す寸前で止めた優妃。そんな目をしても、もう言ったも同じだ。
「一昨日そいつと喧嘩して負けたから、こうしてお礼参りに来た。それ以上も以下も無ぇ」
自分でも分かってるよ。でも、こんなの意地と意地のぶつかり合いじゃねぇか。
それを、逆撫でするように鷹木が邪魔してきやがって。
ズルいんだよ、どいつもこいつもこいつもどいつも!!
「バカはやめて! ヒトミさんもこのバカに付き合う必要ないですからね!?」
「すまない優妃君。そればかりは僕君もきけないな。これは三人にとって必要な戦いでね」
優妃を横にどけながら立ち上がった鷹木。距離5。テーブルに囲まれた長方形だ。
ここから先は言葉で解決することでもない。
そして、必ずしも喧嘩に勝った奴が勝者でもない。
そんな複雑な勝負がこれから始まろうとしている。
いや、案外複雑でもないのかもしれないが。
それらを誤魔化し、体現する手段として、最もプライドを持ってやれるやり方がこれだ。
「わけわかんないわよ! アタシはただ――」
ただ。オレの幸せを願ったか、自分の幸せを願ったか、鷹木との幸せを願ったか。
それがもう分からないから続かない。どう言えば誰が傷つかないのか探してるから続かない。でも、、そこに三人いないことはお前が一番分かってんだろ。
「フスゥ―ッ」
鷹木は息を吐くと、背中の狙撃銃に手を回しながら、タッと大股で一歩近付いてきた。
前回同様、打撃武器としてその狙撃銃でオレを制圧する気だ。それが鷹木のスタイルで、この距離ならそれが強いのは身をもって体感している。し、発砲する選択肢も当然に有る。
オレにこうも自信満々に近付くのは、それが一番威圧的であり、勝算も高いからだ。
余裕だからじゃない。覚悟だ。覚悟ができているからあの一歩が踏み出せる。
対するオレはこの最短距離で制圧しにくる鷹木を、スマホガンの一発で仕留めなくてはならない。その覚悟を持ってトリガーを引かなくてはならない。
その覚悟が一昨日のオレには無かった。のに、トリガーを引いてしまったから惨敗した。
今のオレには―― 右腕のレールを滑らせてスマホガンを握るっ!
「遅いぞッ!」
一気に距離を詰められる! スマホガンよりも身体を左に反らしながら入り込まれ―ッ、
狙撃銃の長身がオレの顔面真横から向かってくる が― それを待っていた!!
「くうらええええ!!」
「――なぐをォ!?」
左ストレート!! それもマシャ子の鞄の中から見つけた
鷹木は吹っ飛びテーブルをぶっ飛ばしながらソファーにダイブした!!
「ヒ、ヒトミさん!? 大丈夫ですか!!?」
こいつは滅茶苦茶に効いたろ!? 優妃が呼び掛けているが返事は無い。
右を意識させての左、意識外からのカウンターだ。これで決まってもおかしくはない。けど、これで一発目だ。今のが誰の分かは知らんけど、あと二発がサメ子との約束。立てよ。
「、、、あぐっ、あぁ……」
胸を押さえて辛うじて睨んでくる鷹木。身長差で顔面を殴れなかったのが心残りだが、
「このグローブは敬意のグローブだ。オレよりてめぇの方が強い。でも負けねぇから」
どっちが強いだの、ズルいだの、そんなのどうだっていいからオレは今日ここで勝つ。
「い、いっきに、、決着を着けなかったのは
「どうした鷹木? いつものすまし顔ができてねぇけど」
立ち上がった鷹木は呼吸も乱れ、足もフラついている。なら今度はこっちが攻める番だ。
「アリサ! ヒトミさんも一旦落ち着きなさいよ!! アタシが変な話をしたからおかしくなっちゃっただけなんだし、二人が撫子戦するにしたってこんなとこでやる必要―!」
「優妃君。これ以上ない舞台だよっ―」
鷹木は狙撃銃を構えた。もう足も、腕も震えはピタッと止まっている。
その銃口は心臓に向く。動いても、動かなくてもトリガーが引かれるのが凄味で伝わる。
優妃もその緊張感に押し黙った。距離は5と80。オレのスマホガンでは届かない距離。
「さぁどうするんだよアリサ君! 僕君にここまでさせた責任は取ってもらうぞ!!」
ここまですることが滅多にないのだろう。その為の七人衆。その為の大きな怖い狙撃銃。
できることなら撫子戦なんてせず、楽しく高校生活を送りたいのが鷹木なんだろう。
分かる、ような気はするよ。
「つまんなそうだもんな。そんだけ強かったら喧嘩なんて挑まれても。ならそれ担いで、仲間に危ない物持たせて、周りの撫子に挑ます気を失せさせるのがお前の正解なんだろ?」
「それなのにアリサ君みたいのが時折来てね、苦労してるよ」
「怪我をさせないように、だろ?」
「………………」
動揺は銃には現れなかった。ここで撃たなかったということは、未だ酷く冷静なのだ。
「よく言いつけられてるみたいじゃんか。
マリから聞いた話だ。ゲーセンで大介が二人組に銃を乱射されたのに、その時の傷跡が胴体にしかなかったって。それだけで大怪我っちゃあ大怪我だけども。
そして根拠はもう一つ。一昨日の体育館でオレを撃った時。反射的に撃ってしまった時、鷹木はわざわざ「すまない」とオレに言った。どこに当たったかを左目で確認しながら。
「あの時はまさか謝られて死ぬほど悔しかったけどな。そっちは内心ヒヤヒヤしてたんだ? 目を撃ってないだろうかって。お前の右目、ガキの頃に遊んで見えなくしたのかな??」
半分勘、半分確信。銃を撃つ奴だからこそ分かること。
ほら、、銃口が揺れた。
「半端者が立派なもん構えてんじゃねぇぞ!!」
オレは頭をグッと下げ、心臓の前に突き出すようにして走っる!!
「撃てるもんなら撃ってみろ! お前が左目だけならオレは右目だけでも構わねぇ!!」
『ババヂィ!』
「くがぁ―!」
消費電力14%! それを左腕に当て、長い銃をどけた! これで二発!!
「そしてこれが三発目だあぁああ!!!」
がら空きになった左の脇腹に! 渾身の左ボディーブローを叩き込んだっ!!
「があああぁああ!!」
「なッ!?」
鷹木は咆哮することで、それを耐え、た……ッ!? ヤバっ!
ガンヅッ
白くっ、、つ、、、うえから、銃床を、、、振り下ろされ、た、、、、
「ぬぎィ!?」
膝をついた、、顔面に、膝蹴り、、、ぃっ??
「おおゥ!」
ぶっ飛ぶオレに、更に追い討ちの銃床ッ!!?
「ぬわあぁ!!」
振り下ろされるより先に撃つ! 腹の辺りに当たったが、、ダメだ!
オレは転がるように立ち上がり、入口近くまで逃げ、、ってもう来たッ!!
「ふんらぁ!」
引け腰の左ストレート! 引け腰でも威力があるのがこの電磁ぐろぁぶゥうう!!?
「君が悪いッ!」
容赦の無い蹴り! 軍人のようなブーツだから鬼のように重、、苦しいっっ!!
オレはテーブルの下に潜る! もう一個先のテーブルの下へッ!!
そして頭上のテーブルが蹴り飛ばされた、、今だぁ!
『ババヂィ!』
「
どこかに当たったはずのオレの電磁弾なんて、まるで関係もないかのように、、
鷹木は狙撃銃を全力でオレの左脚に振り下ろした。ああ、これはもう、ああっ―!
「アギイィイヤぁアッ!!」
喧嘩にも決定打という一撃が有るのなら、コレだ。
意識が飛びそうになる、のか、、もう一度くらい飛んだのか。
痛みを誤魔化す為と、追撃を許してもらう為と、本能で喉から血が出るほどに叫んだ。
「ヒトミさん! もう! もうやめてぇ!!」
「いいやまだだ! こいつには自分の口から負けを認めて貰う!!」
泣きながら鷹木の腰にしがみ付く優妃を認識できたのは、左脚を砕かれてから30秒は経過していそうな、、そんな敗北にはたっぷりな状況だった。
「どうしたアリサ君! 言えよ! 意識があるんなら負けましたと言うんだ!!」
「もういいでしょう!? ヒトミさんの勝ちですから! もう許してあげてよ!!」
ぜってー言わねぇーー!! 言いたくねぇーーー!!!
でも、けど、こんなん負けじゃんと! 優妃にまで庇われちゃあ終わりじゃんと!!
「だけどだ! オレは勝つんだ!!」
「ああぁん!??」
鷹木もキレて当然だ。自分でも訳も分からず叫んで立ち上がったけど、勝機は0。
もう立ってるのだけで精一杯。右足ケンケン状態だし、顔もグシャグシャに泣いてるし。
それに、消費電力14%の電磁弾を三発撃っちまってるので、もう残り充電も数%、、
こいつに勝てないことは、オレが一番分かってる。
「だけど……お前にだけは勝たなくちゃダメなんだぁ………」
「おいおいアリサ君。女が最後は泣き落としかい? あんまり失望させてくれるなよな」
真剣勝負だったのなら、潔く負けを認めるのも礼儀だ。それができねぇのなら喧嘩なんてはなからすんじゃねえ。オレが、オレにそう言ってきた。
けど、でも、それでも、、今日は負けちゃダメなんだっ!!
「気持ちでどうにもなんねぇのも知ってるよ。でもさ、気持ちまで折れたら負けだもんな」
あんまり納得いっていない屁理屈を、自分の為に口に出す。
「喧嘩に負けても気持ちは負けてないから負けてないって言うのか? いい加減にしろよ。それに僕君が呆れて手を上げなくなるほど優しいとでも思ったか? そっちも先に僕君のプライドを踏みにじり、触れてはならない事にも触れたんだ。負けくらいは認めてもらう」
オレはスマホガンを構えた。向こうからしたらこっちの残り電力なんて分からないはず。はったりもはったり。それも最低の類。狙いもない無駄な時間稼ぎのはったりだ。
「アリサ君。次撃ってみろ。それで僕君を倒せなかったのならそのオモチャは叩き壊すぞ。それに世田谷線? の撫子権も没収する。そして三葉への嫌がらせもだ。今は僕君が皆を抑えてやっているがそれも解除する。……それはお前も優妃君も望む事じゃないだろ?」
それでもいいのなら撃ってみろよ、と。完全に心を折りにきた鷹木。
それに、鷹木の言うことは、偉く筋の通ったもので、、
オレと鷹木、優妃の他にも三葉の皆までを引き合いに出されてしまったら、もう、、
「…………オ、オレの」
負けだと言えば、全てが終わり、、全てが楽になる。
オレと優妃のことも終わるかもしれないが、それがいいのかもしれないし。
優妃に目をやると、優妃は、、
え?? なにしてんのあの人???
「なにを、、しているのだ優妃君??」
急に流れてきたBGMと映像に、流石に困惑する鷹木。
モニターに表示された曲は『中島みゆき』で『あなたでなければ』。
何十年も昔の、誰の何の歌かも知らない曲。
でも、優妃はいつになく真剣な横顔で、、
やがて前奏が終わり、スーっと優妃の息を吸う音がスピーカーから聴こえてきた、、、
『
な、なんじゃこりゃあああ!!???
優妃の歌声はめっちゃくっちゃに
『
だからか! だからバンドのボーカルに誘ってた時に毎回はぐらかしてたのか!!
鷹木も優妃のその堂々たる歌声と、歌いっぷりに目が点になり棒立ちしている………。
そりゃそうだろうよ! オレもあまりのことに絶句で他のことを今は考えられない。
『
でもなんだろう。なんだろうな。
こんなダミ声で、歌うのだって恥かしいだろうに。
それなのに、今ここで歌う意味を、オレはこのボロボロな全身に感じ取らされていた。
『
この胸の奥から湧き上がる感情を、この思いの名前をオレは知らない。
ただたまらなく素敵で、いいもので、生まれて初めての暖かさに包まれる。
『
『
最後のはもう歌というよりは叫びだ。
だけど、本当の意味で人の心に響く歌って、こういう叫びなんだ。
音程だの採点だの、そんなのはしゃらくさいことで。
優妃の歌は、オレに最後の勇気をくれた。
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