第三話『そこにアイはあるか』 その⑭行ってきます


「やっと来たか」


 サメ子は喋りながらいつものように入口に背を向けて座り、作業に励んでいた。


「ああ、遅くなったな」


 手土産ではないが、電磁竹刀と電磁模擬ナイフとスマホ二台を机に置く。


「これは?」

「拾ったからやるよ」


「まぁ買い取らなきゃギリ違法ではねぇかな、なんてな。後でバラすかぁ」


 近付いて分かったが酷い臭いだった。ここ数日風呂にも入らず、ずっと作業していたらしい。それもハードで、粘っこい汗を掻くくらいの作業をずっとだ。


「サメ子、お前何徹したんだ……??」


「そらおめぇ……えっと今日は何曜だ? とにかく日曜から寝てねぇさな」

「それは、すまない」


 どうやら二日前から寝ずの作業だったようだ。オレが鷹木に負けた日。その日のうちにどっかから情報が入ったサメ子は、オレが来るのを信じて徹夜で作業していたみたいで、、



 サメ子の手元のゼロワンは、何とか原型を留めるくらいには戻っていた。


「勘違いすんなよ。ちゃんと仕事はしてたからなぁ。今だってもう労働時間外だから仕事以外のことをしてんだよ。八時から十七時まで仕事して、そっからこいつを弄んのはウチの趣味。だから誰もサメ子さんを責められないのだぁ」


 ギリギリの呂律で唾を垂れ流しながら喋っている。限界だぞこの人。


 というかちゃんと依頼された仕事もやった上で、その仕事時間の後にオレのスマホガンの修理も寝ずにしてるとか普通に人として怖い。怖いよ社会人。


 オレがどう感謝すればいいのか困っていると、サメ子は目の下のクマを持ち上げ笑った。


「なぁに、ウチもまだバカしてぇんだよ」


「頼むから死ぬようなバカはやめてくれよ」

「おめぇだってしてんだろ。死ぬようなバカ。JKだけにはさせねーっての」


 昔からそうだった。オレはこの体を張ったが、サメ子はその精神を張った。この製作所を立てんのにも借金とかしてたし、撫子ではないがこいつには勝てないと思う部分が多い。


 そしてそれは、きっとサメ子にとってもそうなのだ。


 お互いにとって勝てないと思うバカが相手だから、それ以上のバカをして対抗する。


 そんな関係が中学から続き、今もなお続いていて、、



 友達じゃないライバル関係こそがオレとサメ子で。だから、これ以上は言うまい。



「どこまで直ったんだ?」


 オレが訊くと、それを待っていたかのようにサメ子は答えた。


「電磁弾は約4m飛ぶ。ただし2と70が真っ直ぐ飛ぶ限界だ。それ以降はグネグネだし、威力も減り続けるからな。あと、消費電力はマックスで14の弾しか撃てんと思ってくれ。しかも充電は46%までしか溜まらん。それ以上溜めると発火するっぽい」

「ありがとう。充分だ」

「そう言わなきゃぶっ飛ばしてるよ」


 土曜に渡してから七十二時間程度しか経っていないのに、アレをここまで直すのはプロと言う他ない。しかも他の仕事も大人として仕上げながらだ。マジで勝てる気がしないよ。


 サメ子から手渡されたゼロワンは以前より軽く、テープや粘着剤でゴソゴソしていた。それでも構え、右目の十字で見るとハッキリとこれがオレの相棒だと伝わってくる。



「今は無理だけど、何年経ってでも払うからな」


 例え百万って言われようとも文句を言わず払う価値が、この手の中にはあった。


「アリサおめぇ分かってねぇな。サメ子さんはプロなんだよ。プロは仕事で金は貰うけど趣味で金は取らねぇのさ。それにこんな不完全なもんで金取るくらいだったら指を折るね」


「サメ子お前……」


 言葉が見当たらない。……どうしよう、そんなの反則だろうが、、


 サメ子も本気で言っているのが分かるから、オレはどうすればいいのか分かんねぇ。


「だからアリサ。サメ子さんの頑張りに応えたいと思うのなら、その白い鷹とやらに一発!いや二発!! ぶち込んでこい。それが今回の対価だっ!!」


「………分かった。ぶち込むよ、オレとサメ子の分を」

「んあぁ? そっかぁ、ウチの分もあったな! じゃあ三発ぶち込んでこいやぁ!!」


「おい待てウチの分? じゃあ他には誰の―」

「そんなん優妃ちゃんの分に決まってンだろうがぁ!!!」



 う、うわぁ、、この人めんどくさいスイッチ入っちゃってるみたいだぁ、、、


「聞いたぞアリサぁ! 喧嘩に負けただけじゃなくて女も取られたってなぁああ!!」


 あのバカの七人衆はどういう風な情報流してんだろう。


「お前は昔からレオン君一筋だと思ってたからウチは安心したんだぞ? ずっとバンドのボーカルを優妃ちゃんにしたがってたし繋がったわい! 言い逃れはしないよなぁ!?」


 だから徹夜を続けてまで直してやったんだぞって感じのテンションだった。ここで変に否定なんてしようもんならぶっ殺されかねないなこれ、、



 まぁ、もう。それでもいいか。

 オレにもまだ分からないけど、これはそういう話なのかもしれないし。


 それを確かめるために、オレにはこいつが必要だったんだ。



「しっかり三発。ぶち込んで来ます」


「よく言ったアリサぁ! それでこそ女だぜ!!」


 サメ子はオレの回答に満足したのか作業着を脱ぎ捨てた。これでようやく寝れるらしい。


「フフフ、頑張れよアリサ。『そこにアイはあるか』 だな」


「なんだよそれ」


 本当に初めて聞く言葉にオレは首を傾げた。酔っ払ったおばさんと話してる気分に近い。


「右目が十字のアリサで、ライトクロスのアリサだろ? でもさ、ライトクロスのアリサだと、本来あるはずの目が抜けてるじゃんか? だから本当はライトアイクロスのアリサって呼ばなきゃなんだ。つまり『アイ』が抜けてるんだなぁアリサの呼び名には」

「そこで目の『アイ』と『愛』をかけての『そこオレにアイはあるか』って? 誰がそんなの考えるんだよ。下らないどころか寒気がするぞそれ」


「ウチだけど」

「…………そうですかぁ」


 そういえばこのふざけた『右十字のアリサ』って異名自体この人が考えたのだった……。


 中学時代のオレが試行錯誤の末、ほんの出来心で試してみた前髪と、それを面白がってサメ子が付けたあだ名。そこに中二病要素が無かったかと言われると苦しいものがある。


 でも、少なくとも当時は気に入っちゃってたんだからしょうがない。



 それに、恥ずいけど、、今でもちょっとは気に入ってんだ。



「じゃ、アイはあるかも確かめてくるっ!!」


 もう殺してくれ! 昔だってここまでイタくはなかったぞサメ子ォ!!


「ああ見つけてこい! アリサの中のアイをなぁ!!!」


 もう徹夜テンションに付き合ってられるか!! オレは再び自転車に飛び乗った!!


 でも、これくらいぶっ飛んだテンションの方が助かる時だってあるのだ!!



 走れアリサぁ!! アイの為にぃ!!!


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