第三話『そこにアイはあるか』 その⑬そしていつものオレへ
「いらっしゃいませ」
バイトが始まって一時間が経過。急にシフトに穴を空ける訳にはいかないから仕方ない。
休むにも三日前とか、最悪その日の朝とか、前もって連絡するのが社会のルールなのだ。
「コスモスソフト6ミリにフレチキね」
「かしこまりました…………はい、コスモスソフト6ミリにフレチキで680円です」
「だから48ぃってえぇ!!? お手拭きも入ってるし遂に覚えたのかよ嬢ちゃん!!」
「…………ありがとうございました」
「し、しっかり発音してる!!? 今日は気持ち悪いぞ譲ちゃんよぉ!!」
白石に行ってもらえればマリとめぐとの三人でなんとかなるんじゃないかと思ったんだがな。考えが甘かった。でも他の策もないし、、まだあいつらはやられてないだろうか。
いつもは時間が経つのが遅いくせに、今日はやたらと早く感じた。
「こんなところで……レジ打ってる場合じゃねぇのにな…………」
それを頭で分かっていながらオレの身体はレジを打つ。まるでロボットみたいに、目の前にきた作業を無心でこなす。右に、左に、レジを通す。ピッピ、ピッピ、ピッピ……、
これじゃ本当にレジ人間だ。
だって、時計を見ることすら怖いのだ。なら、レジ作業に没頭するしかないだろうが。
バイトが終わる頃には、向こうも終わってるはずだから…………。
「どうしたんだよ今日。学校でなんかあったの?」
アルバイトの後輩、関が気味悪そうに顔色を伺ってきた。なんでだかオレはレジミスをしないほうが心配されるらしい。その時点で全然レジ人間じゃねーじゃんかよクソ。
「オレは今までこんな簡単な作業も満足に出来なかったんだなって思ってよ……」
「今更かよ。いいだろべつにあんたは、無理してやってんの分かるから。似合わねーもん」
誉められてはないんだろうけど、責められてもいないような、むず痒い変な物言いで。
「だからいつもみたいにテキトーにやれよ。逆に気になってめんどくさい」
「………へーい」
関や工事現場のおっさんからしたら、オレはいつものオレくらいが丁度いいらしい。
いつものオレ、ね。しかしバイト中でも普段のままなんて、どんだけダメな奴なんだ。
でも、さ。ちょっと気が楽になったよ。やるじゃんバイトの後輩。と、おっさん。
そうか。そうだな。撫子とかそういうの以前に全部オレの問題じゃんかよ。
なら、解決するのもオレだ。
コンビニのレジも、撫子も似合わないオレが、オレのやり方でやるしかないのだ。
「ぁしゃーせー、ありじゃしたーー」
頭が、いつものレジ人間モードに切り替わった。そして考える。
オレのこと、鷹木のこと、優妃のこと、撫子のこと、めぐのこと、マリのこと、を。
そして、今は何をすべきなのか。自然とその答えは出ていた。
「ほらな! やっぱここでバイトしてたろ甲本は!!」
「ほんとだ! ウケんな!! とりあえずフレチキ全部詰めろや甲本ォ!!」
三葉の制服。以前見た顔だな。部活バックに竹刀袋。女子剣道部と対男子用マーシャルアーツ部の主将コンビか。名前も覚えちゃいないから剣子とマシャ子とでもしよう。
部活も出ずにコンビニで買い食いかな? なんてな。わざわざお出迎えどうもだよ。
「だがな、来るのが五分遅かったぜ剣子にマシャ子」
オレはもう
「剣子とマシャ子って誰だてめぇ! 死にてえのかよ!!」(剣子)
「調子こいてんなよ甲本ォ! 自分の立場分かってねぇみてぇだな!!」(マシャ子)
コンビ二の店内だろうとお構い無しに電磁竹刀、電磁模擬ナイフを取り出したお二人。
わざわざこっちがバイト中に攻めて来たのも意味があってのことだろう。
「まっちょっと! 警察呼びますよ!!」
関がカウンター内で下がりながら叫んだ。ごめんよ関。君からしたら訳分からんよな。
しかし性格の悪い、根性の無い奴らだ。
所詮は白石の下で満足していた程度の連中ってことか。なら怖くは無い。
オレはその白石とも、めぐとも、鷹木とも喧嘩をしたんだ。
怖い奴らと喧嘩をしたんだ。
こいつらとあいつらとでは、何もかもが違っている。
「ちなみにお前達は撫子に為ったらどうする気なんだ?」
オレが訊くと、二人は顔を見合わせてから笑った。
「フハハハハ! やるかよバーカ!! 白石さんに恩売って終わりだよwww」(剣子)
「まぁどっかの撫子に世田谷線の権利を売り払ってもいいけどなぁwww」(マシャ子)
なるほどな。だからか。
こいつらには覚悟がないんだ。撫子に対する覚悟がない。
ならこんな奴らには、スマホガンなんて無くとも負けるはずがない。
部活とか護身具とか、そんな物が霞むようだ。中学の時とは違うんだな……オレも。
「関。ごめんな」
「あんた……撫子だったんだな。なんかそれ、似合ってるよ」
これから起こることに同意してくれるような、そんな有り難い返事で。いい奴だよ。
「来いよザコ子共。この右十字のアリサさんが遊んでやるぜ」
煽る。馬鹿には煽るのが一番だと聖書にも書いてあるからな! 知らんけど!!
「誰がザコ子だぁ!!」(剣子)
突き。剣子の電磁竹刀だ。レジカウンターを挟んでの戦いならそうするしかないだろう。
それを右の入口側に身を避けた。すると案の定だ、剣子は突いた電磁竹刀をそのまま右の真横に振ってくる、ので屈んで避ける。あららら、タバコの棚が滅茶苦茶だ……。
そしてオレはそのままあえて顔を出さない。わざと数秒ここで待機する。
「甲本ごらあぁ!!」(剣子)
狙い通り、剣子は入口側からレジに入り込もうとしてきた。
コンビニのレジの出入口。板を90度に上げ下げして出たり入ったりするあそこ。
オレはあそこの板を真下から、思いっきりに蹴り上げたっ!!
「せりゃあ!!」
「出て来いやがあぁあっっぷ!!!」(剣子)
タイミングばっちり! 剣子の顎に真下から板がぶち当たった!!
「ふざけんなああぁ!!」(マシャ子)
今度はマシャ子がレジカウンターの上に飛び乗った! そらそう来るよなぁ!!
「ていや!」
カウンターの上の足首を掴んで引っ張る!!
「う―うわっ!!」(マシャ子)
受身を取ろうとする手も虚しく後方の宙へと消えていった。
高さにしたら頭上2m以上の場所から真後ろに倒れるなんて怖さしかねぇな。ガムの棚に突っ込んだ音が店内に響く。
コンビニでオレとヤリ合おうとするのがそもそも間違いなんだよ。レジ人間モード中に、強盗だの撫子戦だのと脳内シュミレーションをして時間潰すのは当たり前の話なのだから。
「いってえぇええころしゅううう!!!」(剣子)
剣子が口から血を吹き出しながら喚く。舌噛んだなありゃ。
「しいいいいいいィ!!」(剣子)
レジの内部に入ってきて面打ちの体勢で向かってくる。ので、オレは電子レンジの上にあるソレを投げつけた。 わぉ、思ってたよりすげえ広がるのね防犯カラーボール。
「おわああぁ!!? ざっけんなよまじでええぇ!!!」(剣子)
顔に当たる直前に流石に目をつぶったらしいが、怖くてもう目も開けられんだろう!!
その塗料が目に入ったらどうなるかオレにも想像はつかんからなぁ!!
「だがくらえええええ!!!」
助走をつけて全身全霊のドロップキック!!
目も開けれない奴に対してのスーパードロップキックだっ!!!
「ガはっ―― ぶごっ!?」(剣子)
剣子はぶっ飛び、カウンターの入口の板にまたもぶち当たって蹲った。終わりだな。
これが本気の喧嘩だ。覚悟がある奴の喧嘩だ。
相手の心を折る、撫子の喧嘩なのだ。
オレは剣子をぶっ飛ばした出入口から出て、マシャ子を覗いた。……まだ倒れている。
もしかしたら変に頭を打って救急車が必要なタイプかもしれない。まいったな、、
と、近付いたところでマシャ子の目が見開いた!!?
「しいィ!」(マシャ子)
「ぬわっ!?」
下からナイフを突き出してきたかと思えば! それをオレが避けるのと同時に、両足で胴を蛇のように絡め捕ってきやがった!!?
これは対男子用マーシャルアーツの授業でオレもやったことがある技だ! しかも足と腰の力がオレよりも、強いっ!! やっぱ部活の主将クラスは強えぇ!!!
「ぐおぅ!?」
オレが上からマシャ子に覆い被さる形だが、下には電磁ナイフが突き立てられてっ!!
「はぁはぁ! てめぇはぶっ殺す甲本ォ!!!」(マシャ子)
「ぐぬぬぬぬぬっ!!」
マシャ子の両腕を上から押さえ両足で踏ん張ってなんとか支えてはいるが、腕の力も、、
足で引き付けられる力もマシャ子の方が上だっ!! この体勢も限界が近いっ!!!
オレは咄嗟に周りを見渡すっ! と、レジの中で立ち尽くす関の姿が見えた!!
「関ィ! 肉まんを袋一杯によこせええぇええ!!!」
オレの決死の叫びに、関は瞬時に動いてくれて、
「わ、わかった!!」
「何する気だてめええぇ!!!」(マシャ子)
ものの十秒でレジ袋一杯の肉まんが投げてよこされた! それにあんまんが多めだ!!
一瞬だけ、、片手で、、、頑張るっ!!
「よせぇ!! やめろ甲本ォおおお!!!」(マシャ子)
「肉まんボンバァアアアアアア!!!」
マシャ子の声は肉まんに埋もれた。肉まんが大量に入ったレジ袋の入口を下にエルボーで顔面に叩き突けたのだ。右肘が袋越しにも超熱くて、余裕で火傷したと思う。
だがその威力と精神的ダメージは絶大で、マシャ子は足をバタつかせ、数秒で沈黙した。
「ざまぁみろくそ! オレの勝ちだ!!」
オレは立ち上がると颯爽と電磁模擬ナイフ、電磁竹刀、二人の鞄の中から財布とスマホ、ついでに利用価値が有りそうな物、シャーペンまでもの全部を片方の鞄に詰めた。
ここまでやったんだ。これくらいは貰っておかないと割りに合わんだろう。
大荒れに荒れたレジ前。数千円分の商品が無駄になったな。ま、バイトもクビですね。
「それじゃ、今日までお世話になりました」
最後にレジに向かって一礼した。関も、一部始終を見ていた客もまだ動けずにいる。
「店長、松島さんには俺が上手く説明するからさ。正当防衛なんだろ? だから―」
「ありがとな関。お前はこれからも頑張れよ」
関が言い切る前にコンビニの制服を脱ぎ捨て、自動ドアを出てコンビニを後にした。
これでいい。オレの決心が鈍らないうちに、オレはここを自ら出て行く必要があるんだ。
帰ってきたらちゃんと謝りますから。優妃もちゃんと晩ご飯までには連れて帰りますから。
「だから今は許してください、お願いします!」
荷物を抱えて自転車に飛び乗り、オレは相棒の元まで飛ばした。
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