第三話『そこにアイはあるか』 その⑩いい人


「うわ、ほんとにいた! 朝からずっとここで寝てるとかアリ先病みすぎでしょ」


 昼休みになった、らしい。追い詰められている時間というのは過ぎるのがジワジワ早い。


「そろそろアリ先、本格的にヤバいかもよ? ここにいるのも危ないかもね」


 撫子を狙う奴にとってはこれ以上ないタイミングって話か。現在撫子の支持率は0%、その撫子も丸腰、最早どんな手を使って撫子を降そうと全てが正当化されるだろう。


「めぐ、お前でもいいんだぞ?」

「うぜぇから黙ってろよ。今のアリ先にはリスペクトなんてしてねぇからな」


 人を失望させるような八つ当たりしかできない。レパートリーの少なさに呆れる。



「今日の放課後さ、マリせんと一緒に下北行ってくるから」


「…………マリと? 仲良く古着でも見に行くのか?」


 めぐがマリを『マリ先』と呼ぶのも意外だったが、その二人の組み合わせが意外だった。


「学校中が清女にナメられてんだよあんたのせいで。で、マリ先はあんたの変わりに部活用のスマホガンを取り返しに行くんだってさ。だから一緒にカチコミに行くの」


「お前らがそんなことする必要ねぇだろ」

「はぁ!? アリ先のためだとでも思った?? 自分達のために決まってんじゃん!!」


「…………すまない。そうだな」


 ここで一緒に行くだの、オレが片付けるだの、そういう事を言えないのが申し訳ない。


 めぐやマリはそんな台詞を期待しているんじゃないのかもだけど、二人のオレのケツを拭いてやるって行動に対して、オレは賛同も否定もできない程度の女なのだ。



「フン。白い鷹だか七人衆だか知らないけどめぐが全員もれなくぶっ飛ばしてやっから!そっちはせいぜいバイト行くなり、家に引きこもるなりして震えてればいいよ」


「ああ、今日もバイトにも行かなきゃでさ」

「いいよべつに。お金が必要なら撫子も続けりゃいいじゃん。どっちでもいいけど」


「オレには―」

「いいから! こっちは戦争すんのに気持ち高めてんだからダセぇ声聞かせんな!!」 


 めぐは怒りながら鉄扉を閉めた。もっともな怒りだ。



 しかし、直接関係の無い二人に全てを背負わせるのはオレとしても流石に無責任が過ぎる話だよな。


 だから何かしなくてはならないだろう。撫子として……。


 まだ三葉の撫子なのだから、最低限はその責務をまっとうするべきだ…………。



「ハぁ……でもそれは気が重いなぁ」


 オレの最後の撫子としての仕事は、あまりにもしんどいものになりそうです。







『ピ~~ンポ~~~~ン♪』 



 めぐに続いてすぐに屋上を出た。放課後まであまり時間が無い。


 世田谷線に乗り、宮の坂という駅で降りて徒歩五分。校長に教えてもらった住所はあまりに一般的な一軒家だった。豪邸とかじゃなくてちょっと安心はしたけど。


 もう一度チャイムを押す。押す、押す、連打はしないけど反応してくれるまで押す。



『……なんやおのれは』



 根折れした彼女の声は、インターホンでも分かるくらい寝起きのような機嫌の悪さで、


「話したいことというか、折り入ってお願いというか……」

『ふざけろ』


 インターホンが切られた。ので再びチャイムを押す。そのうち向こうでチャイムの電源を切ったのか反応がなくなったので、オレは玄関扉を叩きながら叫んだ。


「白石さぁーん! いい加減に学校来ようよー!! オレが勝っちゃったことはあやm」

「ふざけんなぁ!!」


 腕を引っ張り、一度扉に挟んでから玄関に引きずり込まれた。怪我しないギリギリ、、



「でもお元気そうでよかった」

「今すぐに貴さんをしばき倒せるくらいにはなぁ!!」 

 

 ジャージ姿の白石さん。お顔も今日は健康的な肌色だった。





「……で? 何用だわれ」


 リビングには通されたが水すらも出てこない。歓迎されていなさが嫌なほど伝わる。

 手に薙刀が握られていないだけマシだが、あの日以来の緊迫感がここにはあった。


 ご両親は仕事で不在らしいが、しかしリビング内もいたって平凡な白石家だ。家族写真が飾られてる感じも、キッチンも、テレビの大きさも、このソファも全部がなんか普通だ。


「あんまジロジロ見くさんなや」

「家でも京都弁? なんだな」

「殺すぞお前。喧嘩を売りに来たんじゃねえんだろ? ならさっさと用件言えよチビ」


 ガラの悪い標準語でビビる。よく見たら今日は目もいつもより更に一回りは小さめだし、、ごめんよ白石。



「撫子さ、返そうと思って」


「…………ほぉ?」


「どう謝ったらいいのか分かんないけど、すみませんでした。オレじゃもうダメみたいで、オレのせいで今日の放課後に、いざこざがありそうで……それで」

「撫子を返すから、それをわてが解決しろって? 随分都合のいい話をすんだなお前は」 


 白石の撫子人生を無茶苦茶にしたくせに、二週間経たずでやっぱり撫子はあなたです。しかも問題を起こしちゃったから何とかしてね。ほんと人間性を疑うレベルの発言だな。


 だけど、オレがどう思われようと助けて欲しい奴らがいる。



「お断りだな。百無い話」


 当たり前のように断られた。だが、これで諦めるくらいなら初めから来ちゃいない。



「そこをなんとか頼む! 白石さん!! この通りですから!!!」


 ソファから滑り降りて土下座した。白石には土下座と相場が決まっているから。



 こんなことでいいのならいくらでもやってやる。オレのせいで知り合い(白石以外)が怪我するのはメンタルの許容範囲を超えてしまうから、何をしたって協力してもらうのだ。



「あのな。お前なにか勘違いしてるみたいだけど、わてはもう撫子をやる気もないんだよ」


 頭を下げ続けるオレに、白石は続けた。


「理想としては受験が終わるまで撫子をやって、そのまま名門の大学に入るつもりだった。方言学とかやりたくてね。でもまぁ、わても一年は撫子続けた訳だし、世田谷線との撫子契約も実績としてしっかり残ってるしなぁ。ここ数日色々と勉強して、現状でもそこそこの大学には入れるって結論付いたんだよ。だからわざわざ撫子に戻る必要もないだろうが。面接では『優秀な後輩に引き継ぎました』って言っとけばええんだし」


 お前に殴られた青痰も消えたし、と、どの道そろそろ学校には戻る予定だったようで。



「白い鷹。あいつのせいでわては世田谷区の23区女になれなかった。世田谷線の全てを持っておきながらね。向こうが仕掛けてこないもんだから、こっちはずっと上手く避けてたさ」


 オレが鷹木に負けたという情報も、やっぱり当たり前にもっていた白石。その上で考え、すでに白石の中で固く結論付いてしまっているらしくて。オレは頭を上げた。


「白石も、あいつには勝てないって思ってたんだな」


「一度だけ、普段着で下北に偵察に行ったことがあってな。ありゃ本物だったね。遠くで目が合った瞬間に、。片目の癖によ。これにはわての何もが通用しないって」


 喧嘩だけのことではなく、言動から、思考、服の着こなし方までもの全てがだろう。



「だからわては大和撫子だの東京撫子だの、そんなものにはとっくに諦めがついてたんだ。割り切って校内だけで好き勝手やって、それも終わればきっぱりとお受験モードよ」


 現状で撫子に戻るということは、清女、鷹木を無視できないということ。それならば、白石からしたらもう撫子に戻ることはデメリットでしかない。そら百無い話だ。



「それは、なんか悪かったな白石。邪魔したよ」


 これはもう説得とかそういう話じゃない。白石はとっくに撫子として引退していたのだ。


 撫子に限らず、気持ちが百のうち一もない人間を駆り立て続けるのは無粋でしかない。



「でもな、アリサはん」


 立ち去ろうとするオレに、いつか聞いたトーンで白井が言った。



「わてはアリサはんならもしかしてーとは思ったんよ? あんな地獄でイキイキした顔しはるの、アリサはんだけやろ。ほんにおっそろしかったでぇ」



 何故だか嬉しそうに目を細めて笑う白石。オレは、なんと返せばいいのか分からなかった。


 だから言葉の変わりに、本当の意味で白石に頭を下げたのだった。


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