第三話『そこにアイはあるか』 その⑨もうどうにでもなれ


 四月二十二日。どうでもいい。



 オレの人生は何故こうも上手くいかないのだろう。

 どん底から少しは持ち直して、やっと安定もしてきたくらいだったのにな。


 こんなことになるくらいならスマホガンなんて捨てちまってたらよかったんだ。


 あの日、後藤の額を撃ち抜いてから、何かが明確に狂ってしまった。


 撫子なんて、為るべきではなかった。

 元から憧れなんてなかったのに。一瞬でも夢を見ちまったのが間違いなのだ。



 誰にも声を掛けられないが、学校中がオレを責めている。


 机の中は荒らされ、ゴミ箱の中身がそのまま机の上に撒き散らされていた。


 そりゃそうだ。他校の撫子に負けたのだから。同じ高校の生徒に負けたのとは訳が違う。


 オレが負けたってことは、三葉が清女に負けたってこと。ヘコヘコしなきゃってこと。


 それくらいに撫子ってのは重い。特にご近所の高校に負けたってんなら最悪で。

 自分の高校の撫子が負けたんなら、そいつを責める資格は当然にある。


 だからオレは言い訳もせずに席に、ゴミの上に座っていた。


 そうすることでしか、皆に謝れない卑怯者だから。



「アリサ! あんたヒトミさんと喧嘩してたって本当なの!!?」


 登校してきた優妃が鞄も置かずにオレの席まですっ飛んでくる。流石にここまできたら誰に聞かずとも自然と耳にも入ったか。どのみちもう、隠す気もない。


「そうだよ。ボッコボコに返り討ちだ。文句あるか?」


 オレが言うと優妃の顔は白くなり、すぐに小刻みに揺れながら真っ赤になった。



 知らない。そんなキレ方されても、オレは知らない。


「あんたバカなの!? ヒトミさんはあんたのことちゃんと考えてくれてるのよ??」

「ヒトミさんヒトミさんってふざけんなよお前。こっちは知らねー奴に説教までされてよ」


「アリサぁ!!」


 首襟を掴もうとする手を、オレは下から殴った。



「っつぅ!」


「あんま調子乗ってんじゃねぇぞ優妃。なんなんだよおめーは」


 優妃のいつもの暴力も、避けようと思えば簡単に避けれる。


「なんなのってなに!? アタシはただあんたに―」

「同情して? 冗談じゃねーんだよ」


 自分でも不思議なくらいに、言葉を選べなかった。


 なんだそれ。始めて見る顔だ。


 短い付き合いだし、本音で話したことなんてなかったのかもな。


 よかったじゃん。これがほんとのオレだよ。



「まだ大丈夫だから……、今日二人で謝りに行こうよ」


 すげぇな。ここまでくると。


 どこまでおめでたく思われてんだよオレは。そんなにのかよ。


 お前がオレに言ったんだぞ。

 オレにだって良いところがいっぱいあるって。


 なのに、そんなのないだろ。



「ねぇアリサ。お願いだから今回だけ言うこときいてよ」


 ああもう。分かってるんだよ。自分のことくらい。



 オレとあいつを、これ以上比べないでくれ。



「お前ら二人のことは応援もするよ。でも、もうオレを巻き込むなよ面倒くせぇから」


 時間が止まったような、自分で胸が締め付けられるような酷い言葉だった。


 ただ、時間を巻き戻せたとしても、どうせオレはまたこう言ってしまうのだろう。



「……は?」


「いや『は?』じゃねえよ。だってそうだろ。見たぜ二人で楽しそうに買い物もしてよ」


 ここぞとばかりに出た煽りは、やけに口にのってしまう。


 優妃にこんな顔をして欲しかったんじゃなかったのにと、オレは今更にそう思った。


「それどういう意味で言ってんの……?」

「それはお前が一番よく分かってんじゃねぇのか?」

「言えよ」

「はぁ?」


「どういう意味か言えつってんだよ!!」


 椅子を持ち上げる優妃。殴りたいのなら殴ればいい。


 頭を差し出してやると、泣くほどキレてる優妃を佐久間が後ろから羽交い絞めにした。



「いいかげんにしろよ二人とも! 今はしかたねぇだろ!!」

「さわんなぁ!! はなせえええぇ!!!」



 佐久間がいい仕事をしたので、オレはもう帰る。いや、屋上に行くことにした。


 朝っぱらから地獄みたいな空気にしてすまないね皆さん。次に教室に来る時が楽しみだ。


 その時はもう撫子じゃねぇかもしんねぇが、またよろしくな。



「逃げんな! ふざけんなアリサぁ!!!」


 廊下の奥まで聞こえる絶叫は、オレを観る目の鋭さを更に研ぐのだった。


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