第三話『そこにアイはあるか』 その⑦撫子新聞


バイトの休憩時間中、バックルームでパイプ椅子に座りながら撫子新聞を広げる。


 一応は日本全国の撫子情報が載っているみたいだが、やはり人数と規模を考えるに東京の撫子の記事がページの半数を超えていた。次点が大阪だ。


 勢力図だとか、所有駅数だとか、グラビアだとか、コラムだの川柳だのまぁそんな内容。4コマ漫画こそ無かったが、23区女という単語はざっと読むだけでも数度は出てきた。


 そして世田谷区のさしては大きくない記事を見つける。


 

白い鷹ヴァイスファルテ ついに新宿区に進出か!?』

 


 なんてオーバーに書き出されていたが、鷹木が地元の下北沢に来た新宿区の撫子を一人返り討ちにしたって記事だった。間違っても新宿駅の撫子を倒した話ではないが、律儀に新宿駅の撫子もノーコメントというコメントを残していて。ちょっと面白いぞこの新聞。


 そして注目すべきは、白い鷹を支える『鷹の七人衆』という題の付いた写真。


 先日体育館で見たあの顔どもだ。



 早抜きの佐藤。伏せ撃ちの渡辺。不動の権田。三点バーストの高橋。

 膝壊しの鈴木。待ち伏せの中前。死体撃ちの木村。



 鷹木が与えた海外製の護身銃。ゴム弾のハンドガンを身に着けた精鋭集団、らしい。


 あのツンツン頭が早抜きの佐藤ということを知り、ちょっとだけ笑えた。


 なんでも海外製の護身銃が国内の護身具として認められるかどうかはグレーらしいのだが、出力を落としているだの、鷹木はそういうコメントで切り抜けているみたいだ。


 鷹木ヒトミ。父がドイツ人のハーフで、国外とのパイプ役を務める両親がどうこう。


 ま、そういうことだ。役所で申請を通せれば何でも、そこらの鉄パイプだろうと護身具になっちまう。それがどんな魔改造されていようともだ。今更文句も言うまい。


 でも海外製か。パーツもそう出回ってないはず。なら、マガジンももしかしたら?



「なんてな。だからどうしたんだよ」


 こっちにはもう肝心なスマホガンもないのだ。相棒はあの様子じゃしばらく返ってこないだろうし、無理に借りた三台も取り上げられて、打つ手なし。いや、撃つ手なしか。



 あの白い鷹に、加えて護衛が七人。


 本気で撫子をやるというのは、そういうことなのだ。


 それに鷹木はいわゆる推薦型の撫子だ。


 てめーでなにもしなくたって、勝手に味方や人が集まってくるような凄い奴で。



「負けて当然だな………」


 残念だが、何度考えて策を練ってもだ。

 頭の中ですらオレが勝つビジョンが浮かばない。


 それに、これで終わったわけじゃねぇんだ。ならオレはまだ運が良い方なのだろう。


 鷹木に頭を下げ、スマホガン三台を返してもらい、今後のプロデュースをお願いすれば、撫子としてなんとかやっていけるって話なんだろ? 


 それで全て丸く収まっているくらいじゃねぇかよ。ラッキーだぜ、超ラッキー。


「来年。オレが三年になれば、鷹木も卒業して引退だしな。そこからなら条件も悪くねぇ」


 そうすりゃオレも晴れて23区女だ。どうだまいったかクソ。



「なにが、、23区だ! 撫子だ! そんなの関係ねぇだろ……っ!!」



 喧嘩に負けたのは初めてじゃない。今日に至るまで何回でも負けたさ。


 失神もしたし、ゲロも吐いたし、命乞いしたことだって、あるよそりゃあ。

 荒れた中学時代だったんだ。大抵の想像できる泥水は啜ったつもりだ。


 でも、心が、、折れたことだけは、、、それだけはなかった。


 勝てず仕舞いだった奴も、逃げて避け続けた奴もいる。


 それでも、だからどうしたとオレの中にはもっと大切なものがあって、、、



「ああ、そうかよ」


 今になって気付いてしまった。ほんと今更だ。昔はなくて、今はあるものを。


 そうだよ。ああ、ムカつくなぁ。人に触られるとこんなにもムカつくものなのか。


 だが、もう遅い。遅すぎる。鷹木の言う通りだ。


 オレが無責任で、それに甘えてきた結果がこれなのだから。


 オレの心が折れたのは、オレ自身を許せないからだ。



「あーいたぁ!」



 これが罰なのか。最低のタイミング。


「よかったーー。アリサ、べつに風邪引いたとかじゃなかったのね。てか学校サボんな!!」


 昨晩の話は誰からも聞いてないのかな。それも時間の問題だろうが。


「ふーん、撫子新聞読んでるんだ。そうそう、結構ためになるでしょ?」


 いいだろそんなのどうだって。いちいち嬉しそうにすんなよ。


「そういえばアンタ、ヒトミさんに会ったんだってね! 昨日なにがあったかは知らないけど、これからお世話になるんだからちゃんとしてよね? ヒトミさんも忙しいんだから」



 ああもう、許してくれ。勘弁してくれ。

 ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな。



「ね? これから頑張ろうね」



 瞬時に、血の味が、口一杯に広がった。


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