第三話『そこにアイはあるか』 その④上等じゃん?


 他校の体育館に拉致されるとは結構なことだ。もう夜だしで部活生もいないときてる。でも、こんな人数相手に聞き耳もたれなきゃこう素直に従うしかないだろう。


 相手は七人。しかもそれぞれの腰に銃の皮ホルダーが巻かれている。


 スマホガン? とはまた違うようだ。それよりももっと普通の拳銃といった見た目だが。



「鷹木さんからつけてる奴がいるって連絡があってな。こっちとしては事情聴取しねぇといけねぇわけだ。どぅーゆーあんだーすたんど??」


 なんか目がイッちゃってる短髪ツンツン頭に煽られる。いきなり最低な日曜日だよ。


「日曜日まで制服着て撫子の護衛かよ。ご苦労様なこったな」

「フン! こっちが好きでやってることだ。鷹木さんの首を狙う輩は静かに始末すんだよ」


 右腕のレール。両の尻ポケットにはスマホガンが入っている。充電はおよそ40、30、10。つまり一発しか外せない。すぐ家を出たから充電して来れなかったのがイタいな。


 体育館の壁を背に半円状に囲まれてはいるが、後藤の時とは違いとりあえず体は自由だ。


 違うのは七人という人数と、何やら全員が拳銃っぽいブツを持っているということだけ。



 絶望的だが、お互いの射線に入り込むように走り回って戦えば半数に減らせる……か?


「オレは鷹木とやらをつけてたんじゃなくて、もう一人の知り合いをつけてたんだけどな」

「あ? 松島さんを? なんだおめーストーカーかよww まぁあの尻はたしかにイイ」

「おいおい待て『松島』?? あいつここいらでは有名人なのか?」

「そりゃなぁ。なんせあの鷹木さんのお気に入りだww 残念だが諦めなおチビちゃん!」


「お、お気に入りとな!!?」


 あぁそう、……えぇ!? そういうやつだったのか今日のは!!?


 いわゆる〝デート〟ってやつだったんですか優妃さん!!!



「おいおいよっぽどショックだったみてーだぜ? 典型的な処女だぜこいつwww」

「いや別にショックとかは受けてないしただ意外だったというか」


「出た! 処女特有の早口!!」


 右腕を伸ばす! 後先考えずにオレはソイツの口にスマホガンをぶち込んだ!!



 一瞬で全員の笑い声が止み、次々にホルダーに手を伸ばして構え、オレに銃口を向ける。


 この場で銃を構えていないのは目の前で両手を挙げるコイツ、ツンツン短髪だけだ。


 しかし実銃じゃないだろうしモデルガン? それともBB弾を飛ばすガスか電動ガンか? 


 少なくとも銃そのままの形をした護身具ってのは聞いたことが無い。ので電磁弾が飛んでくるとは考え難いが、電磁弾以上の何かが飛んでくる可能性しか考えられなかった。



 動けば撃つぞというオレの無言の圧力がいつまで続くか、無視して蜂の巣にされるか、、


 それをお互いに決めかねている膠着が続いて――、



「そこまでにしよう。早計な実力行使は事態をより複雑にしてしまうだけだからね」


 そよ風みたいに涼しいその声が、この蒸し暑く息詰まる体育館の中に救いをもたらした。


 場が支配されるとはこのことか。オレまで呆然とその白いそいつを眺めてしまっていた。



「うちの者が迷惑をかけたね。まさか君が甲本アリサ君だったとは」


「……知らねーな。人違いじゃねーのか」


 やけに落ち着いた白いのに、なんかムカついたのでわざとらしくとぼけてみた。


「いや、その右腕のレール。右十字ライトクロスのアリサに他ならないだろう。優妃君に聞いた通りだ」


「優妃に、だと??」


 なんで優妃はこの白いのにオレの情報を流してんだ!? このレールは容易く知られていい情報でもないのにだ! なんだか無性に腹が立ちやがるぜこれは!!


 もうどうせペット共は襲ってこねぇだろうから、口の中から唾液まみれのスマホガンを引き抜き、それを白い大将に向ける。ツンツン頭は顎を押さえてペタンと座り込んだ。


「君は撃たないよ」


「でもオレがお前に銃口を向けてる限り、こいつらもオレを撃てはしねぇだろ」

「そういう事じゃないのさ。僕君が彼女等の銃を下ろさせたとしても、君は撃たない」


 オレが白の一人称に困惑していると、周りの青服は何故か笑いながらに銃を下ろした。


「鷹木さんも悪い人だww」


 いやいや何それ!? まるでオレが弄ばれてるみたいなリアクションしやがって!!


「勝手に格付けしてんじゃねぇ。仲間内で大物気取りやがって。それにてめーみたいのは、追い詰められれば最後は決まって前言撤回! 結局数で袋にすんのが相場だろうが!!」

「そんなに怯える必要はない。君が撃たない限り、僕君は何もしないと約束する」


 鷹木は両手を開いた。狙撃銃は背中に掛かったまま、ゆっくり歩んで来る。



 距離は10、9、8……、5で止まり、鷹木は安心したように、そっと微笑んだ。


「君は大物のようだね。半端者なら耐え切れずに撃っていただろう。これなら僕君も―」


 撃った。こういうのは理屈じゃない。


 肌で『こいつはオレをナメている』と感じたのなら、撃つべきなのだ。



 鷹木は避けていた。想定していたのだ。首だけを最小限の動き。


 だがこっちも想定内。オレは左の尻ポケットに手を突っ込み、それを前方に構え、撃つ。



 鷹木は上半身を反らし避け、背中の紐を反動で前方に回転させ、一歩大きく前に出た。


(この距離で近付く気か!!?)


 長身の狙撃銃なのに、ハンドガンタイプのスマホガンに近付く理由―!



 そんなの決まってる!!


「――ぐおぉっ!」

「ほう?」


 銃床でのアッパーを両腕で防ぐ、、と、鷹木は初めて感心したようにナメた息を漏らす。


「ぐっぐぐっっ!」


 銃床の殴打を防いだが、背面が壁だったのもあり、そのまま押し上げられる。


 怖いくらいに、、必要に、力を込めて押し上げてきやがるっ! 足がついて、いない、、



「二丁拳銃とは聞いていなかったがね。まぁいいさ。君は何でもするのだろう」

「てめぇは、許さねぇっっ!」

「そう怒るなよ。こうでもしないと君とはまともに会話もできないだろう」


 胸が圧迫され、、あまり息ができない。骨が、内部で、悲鳴を上げているっ、、、


「君は勘違いしているのかもだが、これは撫子戦じゃない」

「あん…だとっ!?」


「僕君は駅集めになんて大して興味がないからね。だけど興味のある人から頼まれたから、こうして君とお話しようとしているだけんだ。それが理解できたら下ろすよ」

「だあれえぇ!!」


 両手首を折り曲げ、鷹木の胸元を撃つ!! がっ! こいつ勢いでっ!!?



「フフッ、外れだね。悪いけど再装填の合間に没収させてもらうよ」


 鷹木はオレを吊り上げながら、器用に銃身でオレの両手のスマホガンを叩き落とした。


「さて、これで少しは落ち着いて話せるかな?」

「……がはっ! あがぁ!!」


 床に下ろされた瞬間、血の痰が出た。息が、肺が、異様な空気を送り込む、、



「僕君が優妃君に頼まれたのは君をプロディースすることだ。立派な都会の撫子として、これから先困らないようにしっかりとデビューできるようにね」


「なに……言ってんだ、てめえ!」

「随分と彼女は困り、悩んでいたよ。自己嫌悪にすら陥っていた」


「だから何言ってんだてめえは!!」

「分からないかなぁ。が彼女を傷つけたんだよ!」


 それは嫌悪の声だった。

 そしてその声を聞いて、理解する。


 鷹木は、優妃を、、想っていることを。


 なるほど。そういうことか。


 か。



「なんだそりゃ……バカじゃねぇの」


 優妃は、オレの事を想い、鷹木に相談。

 鷹木は、優妃の事を想い、オレに説教。


 そしてこれが上手くいけば、オレは撫子デビューに成功し、そちらのお二人はハッピーエンド。


 なんなんだそりゃあよ。情けなくて涙が出てくるぜ。


「君には幸い喧嘩の素質はありそうだ。心配ない。誓って僕君がそれなりにはするよ」


 床に這い蹲るオレに向けて、、素質がある、だと???


「だから、君は優妃君からきっぱり手を引きたまえ。それが君らお互いのためだ」

「てめえのためだろうが!!」


 横に飛んだ!!

 右の尻ポケットに手を突っ込み、奴の眼帯の方向、左へ!!



 ズパンッ!



 渇いた音だった。



 オレがトリガーを引くよりも先。



 鷹木はオレに見向きもせず、銃身をただ自然体に振り向けて。



 左へ転がるオレの腹を撃ち抜いた―――。

 


「あ、すまない」


 素の声。


 無意識に出た鷹木の声。



 オレはなんて! なんてバカなんだ!!


 右目眼帯の相手に、左に飛ぶなんて!!!


 そんなを、オレはやったのだ!!!



「アギャアアアアアアア!!!」



 腹からの刺さるような激痛と、心の底から沸き起こるような叫び。


 鷹木が撃ったのはゴム弾で、出血すらする威力だったが、精神的な痛みはそれ以上で。


 オレは泣き喚いた。自分でも訳が分からないくらいに抑えられなかった。



 心配する手を払い除け、呆れて、誰もいなくなるまで、、


 腹を抱えて、のた打ち回り、、もうこのまま死んじまえないかと、、、



 ガキみたいにずっとずっと泣きじゃくった。


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