第三話『そこにアイはあるか』 その③久々のお出かけ


 日曜日。の続き。まだ時間はある。


 午後の予定としては優妃を今日こそバンドメンバーに迎えるため、説得するのも兼ねてショッピングにでも付き合ってやるかと思ったのだが、その肝心な優妃が家に不在だった。


 親御さんに聞いてみたところ下北沢に服を買いに行っているらしい。バイトをせずとも、親にねだればそれくらいのお小遣いがポンと出るのが羨ましいなと思いつつ、オレも家にいたところで時間の無駄だし、いい機会なのでレオン君と下北沢に向かうことにした。


 レオン君の服でも見て回り、優姫を見つけたのなら合流してお茶でもしながらしれっと説得しよう。レオン君にも優妃は可愛いから大丈夫だって後押しするように言ってある。


 一人より二人だ。褒めて褒めちぎればあの優妃だって折れても不思議じゃない。


 休日の下北沢はオレをそんな安易なプラス思考にするくらい活気に溢れていた。



「うわぁ下北沢ってなんか久々に来たかも。ずっと昔に盆踊りで来たくらい?」

「姉ちゃんもほとんど記憶に無いなぁ。家も学校もかなり近いんだけど特別用事もないし、わざわざこっちに来ないんだよな。まぁ金のある中高生は遊びに来んのかもしれんが」


「……そうだね」

「……ごめんね」


「いや、お姉ちゃんは悪くないから」

「どうだかな。でも案外服とかは安いらしいぞ? 古着屋の聖地でもあるらしいし」


 古着。安易に新品を買えないオレら貧乏姉弟にとってはわりと合う街なのかもしれない。今日もチャリ移動だこの野郎。というか三軒茶屋からはチャリの方が楽だったりはする。


 とりあえずチャリを駅前のスーパー前に停めて商店街通りを歩く。真っ直ぐではなく、なんか複雑に道が絡み合ってて、どっちに曲がっても洒落た専門店がある妙な街だ。


 だけど、そんな街の変化を横でレオン君が楽しそうに反応するから、オレも心躍る。


 幸せな日曜日だな。こんなのいつぶりだろうか。

 ダサい私服の姉弟が軽い財布で値札と睨めっこ。傍から見たら滑稽だろうが関係ない。

 弟君と二人。チーズドックを齧り、こうして歩けることに何より幸せを感じるのだ。

 


 三時間近くもウロウロして、結局買ったのは500円のTシャツをお互いに二枚ずつ、たったのそれだけ。古着と言ってもそう安い物ばかりでもないらしい。


 それでも本来の目的を忘れるくらいには楽しかったし、Tシャツもかなり気に入った。レオン君がオレのために選んでくれたのがやはり大きい。センスも良いのだこの子は。


「それじゃあそろそろ帰ろっかお姉ちゃん!」

「うん!」


 夕ご飯を食べて帰ろうとも言い出さないこの偉さ! 今日くらい特別にいいのに。



「ん??」


 ルンルンでチャリを停めた駅前スーパーに向かっていると、見慣れた身長と黒髪を見た。


 向こうも私服だったけれど、あのモデル体型と長い黒髪の後姿はこんな街中でも目立つ。



「なんだ、ありゃ……」


 しかしそれ以上に目立つ、高身長な銀髪が隣にいたのだった。


 馬鹿みたいに白い。全身が真っ白だ。


 そして背中には、かなり古い年代物のような、木と鉄の素朴な狙撃銃が背負われていた。


 直感でなくとも分かる。

 アレは撫子だ。


 それもただの撫子じゃない。今までの人生、負けを知らずとここまで上り詰めてきたような、そんな化け物級の撫子。


 ごく稀にいるタイプの、テレビや雑誌で見るようなだ。



 おいおい、なんだよその笑みは。


 優妃はオレに見せたこともない笑みで、そいつと楽しくお買い物をしているようで、、



(他校の撫子と? 楽しそうに買い物?? あいつが???)



 一歩も動けないオレがいた。状況をいまいち理解できないでいる。


 というよりは、このまま歩き、向こうに見つかってしまうのが、たまらなく嫌だった。



「お姉ちゃん? どうかしたの??」


 レオン君はまだ優妃に気付いていない。気付いたら話しかけようとするかもしれない。


「レオン君。これでクレープでも食べてきなさい」

「え!? いいよそんなの」

「いいから! あとお姉ちゃんの荷物も持って帰るように」


「???」


 納得しなくてもいいさ。レオン君の背を駅とは反対方向に無理矢理押し出した。



「さて」


 尾行しよう。


 もしここで優妃の弱味を握れたのなら、ボーカルを引き受けさせる材料に使えるかもだ。


「それに、なんかスッキリしねぇしな」


 あの白いのが何者で、優妃とどういう関係か。それを知る必要はあった。


 最悪、優妃がなんらかのトラブルに巻き込まれてるってのも考えられなくはないしな。


 本当にそれだけの理由で、オレは尾行を始めた。






 白いのが何者なのかは数十秒後に判明した。


 白を意識すれば、自然と街中に張り出されるポスターに目が吸い付いたからだ。



白い鷹ヴァイスファルテ』 清秀女子学院 三年 鷹木ヒトミ

 


 ここ下北沢の撫子らしい。これだけ街にポスターが張り出されているってことは、それだけ街に愛されているってことだ。


 日曜日なのにポスターと同じ白の軍服姿なのがそれをまた物語っていて、まるでテーマパークの着ぐるみさんと同じだなありゃ。眼帯もキャラ立ちしてやがるし。まぁだから、優妃が一人で買い物をしてたら親切な着ぐるみさんが街案内をしてくれるって名乗り出てくれたんだろうよ。そりゃ優妃もあんな顔にもなるか。着ぐるみさんに親切にエスコートされるサプライズがあったら誰でも嬉しいだろうし。


「まったくオレは嬉しくないがな」


 あの着ぐるみ紳士を気取ってんのか、優妃の荷物を両手に持ち、片目で微笑んでいた。


 優妃も優妃で申し訳無さそうにはにかんで、、


 オレが荷物を持ってやっても不満顔しかしないだろうにな。なんか優妃が猫被ってるように思えてそっちにモヤモヤしてきたぜ。あなた騙されてますよ。



 それからもかなり長い買い物だったが、二人は最後に喫茶店に入って行った。


 まぁ優妃にしても、長々と荷物持ちしていただいたお礼に茶の一杯でも奢るのが妥当か。


 夕日の色もすっかり濃くなり、レオン君に心配されても嫌だしオレももう帰るか。


 白の正体も分かり、優妃をからかう弱味も手に入れたので割と満足ではあった。



 のだが、あれ??



 なんかいつの間にんだけど!!?



「鷹木さんから連絡があって来てみれば、チビが一人か。てめぇ鷹木さんに何の用だよ」


「…………はいぃ??」



 白の正体を、オレはまるで分かっていないのでした。


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