第三話『そこにアイはあるか』 その②なんとなく、いきてます


 テロテロテロテロテロリン。ジャガジャーン、ジャガジャーン、ジャガーン。


 デン、デデ、デン、デデ、バババッ。タンタカ、ジャガジャガ、ジャラリン。



「まぁこんな感じで」


「いやわかんねぇよ!!」


 孤独なコード練習の末、オレが搾り出してきたメロディーに大介が拒絶反応を起こした。


 他のメンバー、小野田、サメ子を見ても生焼けのハンバーグを食んだみたいな顔で、、


「アリサにメロディーラインを創って来るように言った馬鹿が悪ぃ。こっちは貴重な休日返上でしかもスタジオ代も多めに出してんだこら。どうしてくれる馬鹿介」

「お前のアホ重い電子ドラム運んで来てやったの誰だと思ってやがんだアホ子!!」


「まぁまぁ、佐久間先輩もサメ子さんも仲良くやるッス! せっかくの土曜日ッスよ!!」


 そのせっかくの土曜日がオレのメロディーのせいで台無しになろうとしていた。社会人、病み上がり、部活のマネージャー、、みんな無理に時間取ってくれたのにマジでごめん。


 ちなみに今日がバンドの初顔合わせで、大介とサメ子は中学以来の超久しぶりに会ったわけだけど特に会話も無く、器材を運び、お互いにうんざりした様にスタジオ入りした。しかも小野田なんてほぼほぼ他人なのに、彼女が一番明るく振舞っていてくれていて。



「解散しようか」


 オレが言うと、全員に鞄を投げられた。



「もういい、このサメ子さんが曲は造ってきてやるよ。ソフトでフリー音源をミックスしてな。で、詞とバンド名をてめーらで考えろ。あといい加減そのボーカルも連れて来いや」


 昨晩強めに優妃を誘ってみたものの、やはりはぐらかされてしまうのだった。なんでも今日は急に用事が出来たとか。昨晩の帰りもやけに遅くて、妙にソワソワしていたしで、あれはなんだったんだろう? とりあえずオレはギターボーカルは大変そうだし勘弁だ。


「松島が乗り気じゃなかったら、小野田ちゃん? がボーカルでもいいんじゃないか?」

「それはないッスよ佐久間先輩。中心になってまでバンドやりたいわけでもないッスから」


 だよね。なんとなく誘って、なんとなくキーボードやってくれるような話になっただけだ。


 そもそもオレ自身がなんとなく大介(の兄)からギターを借りて、なんとなくでバンドをやろうと皆を誘ったに過ぎないんだったな。まさかこうもグダるとは思ってなかったが、、



「やっぱ解散しよう」


「ボーカル決まらないで解散とか聞いたこともねぇんだよ!! なら俺がやるわ!」

「女三人に囲まれてボーカルやる男とかキモいからやめてくれよ馬鹿介」

「るせぇ! ならお前がやれアホ子!!」


「ウチは電子ドラムぶっ叩いてストレス発散してーだけだし。この際、アリサがやれば?」

「ボーカルっつーのはバンドの顔だ。ならやっぱ優妃だろ」


「それ単純に顔が良いって話じゃないッスか……」



 皆バンドをやりたくない訳じゃない。でもボーカルをやりたい訳じゃないのだ。


 とどのつまり、ボーカルが一番責任が重く、目立ち、恥ずかしい。


 そして表現したいことも、やりたい誰かの曲も特別無いときた。


 なんとなくで結成して、なんとなくで解散していく。

 このバンドもその星の数ほど存在するなんとなくバンドの一つなのだろう。



「『なんとなくバンド』」


「思いついたみたいに言うな甲本! そんなダセぇバンド名は絶対認めねぇからな!!」



 こうして無駄なスタジオ二時間は終わった。当たり前に延長なんてない。


 次に合うのは来週。それまでに優妃を口説き、バンド名を決め、作詞までをしなくてはいけないらしい。そして再来週には曲が完成し、音合わせ。ああ、期間が短いくせに途方も無い。でもサメ子に帰りのラーメンまで奢られてしまった分、なんとかしなくては、、



「あ、そうだサメ子」


 駅前からの帰り道。皆でぞろぞろ歩きながら、オレはわざと思い出したように言った。


「なんだよアリサ? スマホガンの点検か?」


 脂汗。でも、このまだ二人きりじゃない状況で言わなくちゃならない。もう時間が無い。



「こ、これ……」


 鞄からビニール袋を取り出した。それをサメ子に渡す。ヤバい、、震える、、、


「あんだこれ??」


 サメ子はビニール袋の中を覗いた。数秒、理解を拒否しているかのように固まった。



「な、直してくれる?」


 オレの相棒。ゼロワン。 だったもの。


 サメ子はオレを二分間ジッと見つめ、ゆっくりと笑った。






「たのもーー!」


 日曜日。午前。オレはスマホガン部の扉をダンダン叩いた。今にもガラス戸が外れそう。



「甲本アリサが日曜日まで何の用よ……って何その顔! ウケるんだけどww」


 マリは心底嬉しそうにケラケラ笑った。顔中に引っ搔き痕があるからさぞ愉快だろうよ。


 サメ子にさせたいようにやらせていたら、、まぁこうなったのだ。めっちゃ痛かった。


「入るぞーー!」

「説明しないとかww 説明しないとかwww ダメ、面白すぎるからwwww」


 なんかマリを無力化できたので、簡単に道場の中に入れたぞい。


 怪我の功名ってやつかな? 文字通りで最早開き直るしかない。


 部員共もオレの顔を見るなりギョッとし、顔を伏せ震えた。ざまーみろくそ。



「お、あったあった」


 お目当ての物はすぐに見つかった。フル充電ではないかもだが、充電は家でもできる。


 とりあえず3つくらい貰っていくかと、プラスチックボックスの蓋を開けた、ところで銃口を後頭部に突き付けられる。なんだよずっと笑い転げてればいいのに。


「うちの部の備品をどうする気かしら? まさかお友達に売りに行くつもり??」


「こんな使い古した部活用のスマホガン二束三文でしか売れねぇよ。代替機だよ代替機。オレのがどうなったかくらいお前も知ってんだろ」


 修理期間中ずっと丸腰ってのは自殺行為だ。本当はこの二日間も内心ヒヤヒヤもんで、まさかこの機に撫子戦を挑んでくるような恥知らずはいないとは思うが、夜道を襲われるとか、そういう奇襲的なのは考えてたくもないけど充分考えられることであって……。


 とにかく最低限の備えはするべきだと、三葉の撫子の立場的にもそう思います。はい。


「私たちには何の関係も無い話ね」

「わざわざそういうイジワル言うんだな」


「ええ、だってあなたのことは認めてないもの。スマホガンにしても、撫子にしてもね。あんな使い方、壊し方する人に大事な部活の道具を貸すとでも思ってるの?」


 よし、プランBに移行。向こうに理があり口先だけではどうにもできないと踏んだなら、それ相当の交換条件を出してやればいい。



「ならオレがスマホガン部に入るよ」

「却下」


 よし、プランCに移行。予想以上に嫌われてる速さだったわ。


 これだけは使いたくなかったが、しょうがない。ここで使わせておくれ撫子の特権を。


「来期の部活予算会議でスマホガン部の予算を倍にしよう」


「!!?」


 よし、あの仏頂面が揺らぎやがった! 嘘でもはったりでもここでもう一押しだ!!


「それに次の全校集会ではスマホガン部のPR時間を確保してやろうとも。なんならこの撫子のオレが推してスマホガンの良さをアピールしてやってもだな」

「後半のはいらない。部費が増えたのに、仮にも人数が増えでもしたら意味ないじゃない」


 こいつ! ただ自分達が快適に過ごしたいだけじゃねぇか!! 部の発展とかスマホガンの流行とかはどうでもいいらしい。部室にウォーターサーバーでも入れん勢いの顔だ。


「それじゃ、話は付いたわね撫子さん。来期の部費を倍にしてもらう代わりに、私たちはその競技用スマホガンを貸すわ。どうせ皆自分のスマホガン持ってるから使ってないし」

「だろうな。こんなの使うの最初だけだろ。部活に入って最初にこいつを触ったが最後、すぐ自分の専用機をママにおねだりだ。オレは触んの初めてだけど噂通りにダセぇのな」


 色はシルバー一色。形もやけに四角張っててまさにスマホガンですって感じで。


「あら、あなた触るの初めてなの? 見かけによらず性能は悪くないわ。射程距離15m。消費電力10%で、再装填3秒。競技用だけあって、そこらのメーカーから出てる物より癖もないし、弾も比較的真っ直ぐ飛ぶわ。もっとも喧嘩向きではないかもだけどね」


「試し撃ちしても?」

「どうぞ?」



 スマホガンを3つ。右に2、左に1を持って的の前に立つ。


 長距離射撃はそこまで得意じゃないし、大勢に見られるのはいささか緊張しやがるな。



「あら? やっぱりやめとく??」


 オレが撃たずに振り返ると、マリは煽るように言ってきた。見てろよおかっぱ頭が。


「的の位置は覚えた。3つ。正面12。右10。左8。高さは一定で120センチが中心、的幅は直径36センチだったか? なら外しようがねぇ、な!!」



 後ろに――飛ぶ―っ! 相変わらず床がよく滑るこって!!


「「バク宙!?」」



 まずは右。前髪も機能しない目に神経を集中させる。


 そして先程とは逆向きとなった、8の的。


 それが見えた瞬間に右手を後方に振り下ろしながら、撃つ。



 次に着地点を目視しながら、感覚、、左手で10の的を、撃つ。


 でぇっ、着地した足からの衝撃を利用して両手の人差し指からスマホガンを振り落とし、右手の小指をクルっと回転させて、二台目を握る。



 最後はバク宙の殺しきれない勢いのまま真後ろに倒れ込みつつ、右手に左手を添えて、、後方12の的。それが両目とスマホガンの真ん中。そこにきた時に、撃った。



「ぐぇっ!」


 後頭部も打った。



「ってて、でも当たったかな?」


 手応えは 有った。


 頭を擦りながら立ち上がり、的に向き直る。と、あらら、そう上手くはいかねぇか。



「左が中心から左下に5。右が左上に20で2の外れ。中央が真下に16でギリギリね」


「わざわざどうも。全部当ててればカッコついたんだけどな」

「的が人なら当たってるし、べつにいいんじゃない?」


 マリは言ってから「しまった」って顔をした。似合わず、なぜかオレに譲歩したらしい。


「もう邪魔だからそれ持って、帰ってよ。壊したら許さないから。だいたい今も投げて」

「そんな早口で言わんでも。お前案外可愛いとこもあんのな」


 一年の数人が大きく首を縦に振った。こりゃ今日の部活は大変だぞ?



「別にさっきのは誉めたんじゃないから。感心もしてないし。皮肉。皮肉だから。ほんとうちの部員にまでエイム馬鹿が移るから二度と来るな。返す時は直接私のところまで来い」


「わーた、わーたよ。とりあえずありがとなマリ。恩に着るよ」


 これ以上刺激すると撃たれかねないし、スマホガンを回収して退散することにした。


 でもやけに顔赤くしちゃって。一か八かだったけど派手な魅せ技をしてよかったかな。



「アリ×マリ。いや……マリ×アリ??」


「うるせぇぞ一年ごらああああ!!!」



 轟音が木造部室全体を震わせていたけれど、オレは構わず戸も閉めずに逃走した。


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